TENGA、革命的アダルト神器はいかに誕生?“血のにじむような”開発、世界中で大ヒット

 圧倒的な使用感と斬新なデザインで幅広い人気を集め、自慰行為の概念を変えたとまでいわれるアダルトグッズの「TENGA」。7月で発売10周年を迎える今、累計販売数は4000万個を超え、アダルトショップのみならず、全国のドラッグストアでも7000店舗以上で取り扱われている。

 また、早くから海外進出にも力を入れており、現在では42カ国に出荷、着実にマーケットを拡大している。

 製造元・株式会社TENGAの創業者であり、「TENGA」開発者でもある松本光一社長に

・「TENGA」開発までの道のり
・「TENGA」がヒットした要因
・「TENGA」の今後の展開

 などについて聞いた。

--松本社長は37歳の時の2005年に株式会社TENGAを設立しましたが、それまでの経歴を教えてください。

松本光一氏(以下、松本) 少年時代はスーパーカーブームだったのですが、私は特にランボルギーニ・カウンタックに憧れていました。改造車がたくさん登場する『マッドマックス』(ワーナー・ブラザーズ)という映画の影響を受けたこともあり、中学生の頃から車関係の仕事に就きたいと思っていたのです。中学校を卒業したらすぐに働くつもりで、いろいろな工場を見て回りました。当時はエンジンがキャブレターからインジェクションを使用したコンピューター制御への移行時期だったのですが、現場の人は「コンピューターについてよくわからない」と言っていました。そこで、私は工業高校の電子科に進学して、卒業後は愛知県の三菱自動車整備専門学校に通いました。専門学校時代は夏休みの1カ月間、三菱のトラック整備工場で働きました。早く技術を覚えたい一心だったので、「無給でいいからやらせてください」と頼み込んだのですが、それがすごく勉強になりました。やはり、座学と現場では、学べるものがまったく違うのです。

--専門学校卒業後は、やはり三菱系の会社に就職したのですか?

松本 三菱自動車に内定していたのですが、辞退してフェラーリやランボルギーニを扱うチューニングカーのディーラーに就職しました。当時、自分の好きな車を扱っているお店に通っているうちに、「こういう車を扱う仕事がしたい」と思ったのです。一流自動車メーカーに勤めることで得られるステータスや安定より、細かい調整からエンジンのオーバーホールまですべてを経験でき、車好きのお客さんとじかに接することのできる仕事に魅力を感じたのです。当時から、世界中を相手に仕事をしたいという気持ちがあり、もともと他国の文化に興味があったことも手伝って、どんどん輸入車に惹かれていきました。車も国によって感性が違うのですが、さまざまな車を扱っているうちに、文化の違いがわかったりして、すごく面白かったです。

--「TENGA」海外進出の萌芽は、その時点で生まれていたわけですね。

松本 しかし、バブル崩壊の影響もあって会社が傾き、クラシックカー専門の整備会社に転職しました。そこでは、クラシックカーをバラバラに分解して、お客さんと相談しながら仕上げていくのですが、大変喜んでもらえました。その時、「すごく価値のある仕事だな」と実感し、お客さんに提供する面白さを知りました。それが現在のモノ作りへの想いにつながっています。ただ、当時私は責任者だったのですが、この会社も別の事業で失敗して、半年ぐらい給料の未払いが続きました。そうなると、光熱費や家賃が払えなくなり、借金もかなり作ってしまいました。完全に生活ができなくなり、地元の静岡県に戻り、今度は国産中古車のセールスを始めたのです。

●アダルトショップで感じた違和感

--同じ自動車業界ですが、今度は技術職ではなく販売の仕事を選んだのですね。

松本 他の販売員より車に詳しかったので、営業成績は入社した月から辞めるまでの3年間、ずっとトップでした。商談の際、お客さんに今までの知識と経験を元にきちんと説明できたのがよかったのだと思います。それまでは金銭的に苦しかったですが、その会社は歩合制だったのでかなり稼ぐことができ、借金を完済、貯金もどんどんできました。ただ、生活の安定と反比例するように「モノづくりをしたい」「新しいものを生み出したい」という欲求が日々強くなっていきました。

--具体的に「何を作りたい」というのは頭の中にあったのですか?

松本 その時点では何も決まってなかったのですが、暇さえあれば家電量販店やホームセンター、カー用品店など、ありとあらゆるお店を回りました。それまでは貧乏だったので買い物とは無縁で、車以外のことはほとんど知らなかったため、とても新鮮でした。ただ漠然とお店に並ぶ製品を見るのではなく、「これは、どういう人たちに、何を提供したくて作ったのか」と考えながら見ていたので、クタクタになりましたが、そのうち「コンセプトが明確なものほど売れている」ということがわかってきました。とりわけ、日本の製品は高性能な上にデザインも良く、保証もしっかりしており、あらためてそのクオリティの高さに感心しました。半年ぐらいそういう生活を続け、久しぶりにアダルトショップに入った時のことです。中に入った瞬間、ものすごい違和感を抱きました。

--どういう違和感だったのでしょうか?

松本 それまで見てきた、いわゆる一般製品は、ブランドが明確化されていて、スペックもわかりやすく紹介されていました。例えば、パソコンの場合、初心者でも使えるように、丁寧に製品説明がされています。しかし、アダルトグッズはブランドも価格もよくわからないし、問い合わせ先はおろかホームページアドレス、バーコードすら書いていない。消費者のための情報が整理されていなかったのです。また女性の裸や少女のイラストが載っていたり、製品自体が女性器の形を模したものだけでした。最大の違和感は、「自慰は卑猥で猥褻なことだから、より猥褻な気持ちになって使って下さい。」というメッセージを発していたことです。自分の周りの男性はみんな自慰行為をしているし、そういう会話もします。しかし、そこにいると、自慰はまるで特殊なこと、いかがわしい行為のように思えてきました。後で調査したところ、男性の95.4%は自慰行為をしています。そもそも、性欲は根源的な欲求なのに、それを解消するためのアダルトグッズが猥褻で特殊なモノ扱いになっている。この状況は間違っていると感じました。「世の中に一般プロダクトとしてのアダルトグッズがないのなら、自分で作ろう」という結論が出ました。アダルトショップに入ってから、ほんの15分ぐらいの出来事です。

●アダルトグッズ購入者は、たった1%

--それまで、アダルトグッズに興味はあったのですか?

松本 それなりの知識はあり、以前から「面白いジャンルだな」と思っていました。当時、自分が作ることは考えていませんでした。

--一種の天命のようなものですね。

松本 調べてみると、当時はアダルトDVDを購入やレンタルするのは10人に1人、アダルトグッズを実際に買うのは、さらにその中の10人に1人という割合でした。つまり、世の男性の100人に1人しかアダルトグッズを買っていなかったのです。逆に考えると、99人が未開拓ということになるので、「品質が良く、安心して使えるものを世に出せば、その99%の人たちがユーザーになってくれる可能性がある」「誰もやらないんだったら、自分でやろう」と思いました。

--その後、すぐに行動に移したのでしょうか?

松本 早かったです。周囲の反対を押し切って会社を辞め、1000万円の貯金を元手に、1人で自主制作を始めました。退社した翌日から、朝6時に起きて深夜2時まで制作する日々が続いたのですが、とにかくつらかったです。「仕事をしていない=社会に貢献できていない=遊ぶ資格はない」と思い、盆も正月もなく制作に没頭しました。例えばボールペン1本でも、お店で買えば安いですが、自分で一から作るとなると大変です。自主制作というのはそういうもので、時間とお金がどんどん消えていきました。1カ月かけて作ったものが、結果的に全くダメだった時は本当に愕然とします。しかし、簡単に解決できることであれば誰かがすでにやっているわけで、苦労するのは当たり前です。あきらめずに必死にやることで、世の中にない革新的なものが生み出されるわけです。

--具体的には、どのように制作を進めていたのですか?

松本 アダルトグッズに関しては素人なので、とにかく世に出ている製品を片っ端から買って調べていきました。それぞれ2つずつ買い、ひとつは分解して、もうひとつで試してみるのです。そして、分解したものを見本に、分析していきました。そうすると、製品の悪いところがわかってくるので、それらはすべて改善していきます。

--挫折しそうになったことはありますか?

松本 常に不安はありました。闇の中を手探りで前に進むようなもので、自分が進んでいるかどうかさえわからないのです。周囲からは「できるわけがないから、早くやめたほうがいい」と言われました。実際、1年半ぐらいたって何の成果も出ず、「まだ貯金が残っているから、今なら社会復帰できるのではないか」という考えが頭をよぎりました。しかし、ここでやめると「アダルトグッズを作ろうとして失敗した人」になってしまいます。それは嫌だったし、なによりアダルトグッズの現状が変わりません。追い詰められた末に、「どんなことがあっても成功するまでやればいい」と覚悟を決めました。

●発売1カ月で10万個を売り上げ

--どうやって製品化にこぎ着けたのでしょうか?

松本 先ほどお話ししたアダルトショップの店長から、「今日、(AVメーカーの)ソフト・オン・デマンド(SOD)の営業マンが来ますよ」という連絡をもらったのです。それですぐにショップに行きましたが、その時はお忙しく話を聞いてもらえませんでした。その後、何度もショップに足を運んで、やっと営業の方と話をすることができたので、「私は、自主制作でアダルトグッズを作っているのです」と説明しました。それに営業の方が共感してくれて、「本社で企画を提案してみます」と約束してくれたのです。しかし、その後、具体的な進展がないまま1年近くが過ぎました。その間、何度も試作品を送ったり、東京の本社へ足を運んだのですが、なかなか前には進みませんでした。ところが、自主制作から2年近くがたった頃、SOD様から「一度だけ、会議に来てください」と言われたのです。私は、「これが最初で最後のチャンスだ」「後悔のないように、今まで作ってきたものと自分の思いを精いっぱい伝えよう」と参加しました。試作品を見せながらプレゼンテーションをしていると、当時、代表取締役だった高橋がなりさんに「上京の意思はありますか?」と聞かれました。会議が始まって30分もたっていなかったと思います。もちろん、二つ返事でOKして上京、それから1年ほどの準備期間があり、05年7月7日に「TENGA カップシリーズ5種」が発売されたのです。

--最初の売れ行きは、どうだったのでしょうか?

松本 当時、「アダルトグッズは5000個売れれば成功」といわれていました。発売前に小売店向けのプレゼンテーションを行ったところ、5万個の予約発注をいただいたので、最初の3カ月間で10万個を販売目標としました。しかし、ふたを開けてみると、1カ月で10万個を売り上げたのです。そして発売から1年で100万個の販売を記録しました。

--「TENGA」は、その品質の良さに定評がありますが、それ以外にヒットした要因は何だと思いますか?

松本 それまでのアダルトグッズの寿命は3カ月、長くて半年といわれていました。中身は同じようなものでも、パッケージを新しくすれば売れるので、メーカー側も次々に新製品を出すのです。一つひとつ作り込むことなく、次々に出していく、という構図です。しかし、それではただ消費されていくだけでリピーターが生まれづらく、成長性もありません。「TENGA」も、当初は「すぐに売り上げが落ちる」という声が多かったのですが、ありがたいことに10年間成長し続けています。初代「TENGA」も、時代に合わせて新しい技術を取り入れているので、少しずつ改良しています。改良は、一般製品では当たり前のことです。アダルトグッズでも、当たり前のことを当たり前にやるということが大切なのだと思います。

●女性向けも発売、医療の現場でも活用

--製品開発は、どういう体制で行っているのでしょうか?

松本 最初は私が中心でやっていたのですが、今は若いスタッフも増えており、チームを組んでいます。若い人には若い人の発想があり、私には経験があるので相乗効果が生まれるのです。3月末に、私が考案した新製品「バキュームコントローラー」が発売されましたが、これは「ディープスロート・カップ」に装着すると電動で吸引してくれるというものです。吸引されることで、自然に挿入することができます。これは、3年前から構想があり、ようやく製品化となりました。新しい快感を味わってもらいたいというのも理由ですが、性機能障害の治療にも役立てていただきたいという思いが出発点です。

--女性向けアイテムの「iroha」も、松本社長のアイデアですか?

松本 自主制作時代から女性向けのアダルトグッズは考えていて、実際に開発を進めていたのですが、結果的にすべてボツにしました。「iroha」のテーマは、「女性が女性のために作る」「女性が本当に心地よく使えるもの」です。開発チームは女性だけで構成し、男性スタッフは女性たちが望む形や質感、機能などをカタチにする技術的なバックアップに回りました。和モダンのデザインなどに代表されるように、すべてが女性の感性で作られているのが「iroha」です。

--カップル向けの「VI-BO」もユニークなアイテムです。

松本 女性向け同様に、カップル向けのアイテムも当初から考えていました。「すべての人が性を楽しめる」というのが「TENGA」のコンセプトですが、それは男性だけを指しているわけではありません。男性も女性もカップルも夫婦も、「TENGA」や「iroha」を使うことで、よりよい性生活を送ってほしいと思っています。性生活が豊かになると、心も豊かになって幸せになります。だから、従来のアダルトグッズとは、そもそもの立ち位置が違うと思っており、他のメーカーはライバルという認識ではありません。アダルトグッズというカテゴリについても、いずれはその概念や扱いが変わっていくと思います。

--「TENGA」の登場以降、アダルトグッズメーカーも増え、業界全体が変わったように思います。

松本 それまで、どちらかというとアダルトグッズは日陰の存在でしたが、「TENGA」によって多くの人に認知していただきました。アダルトグッズのメーカー数も増え、全体的に品質も良くなったことで業界が活性化したと思います。アダルトグッズに対する意識も変化してきており、「エロいもの」「恥ずかしいもの」という感覚だけではなく、楽しく前向きに受け止めてくれる人が増えました。イベントなどで「TENGA」を配布する際、以前は断る人もいましたが、今では喜んで受け取ってくれます。また、性機能障害のある方に使用していただいたり、前立腺摘出後のリハビリに「TENGA EGG」を使っていただいたり、医療の現場でも活用されています。始まりはアダルトグッズですが、使用用途がどんどん広がっていくことはうれしいです。これからも、製品に思いを込めて、「あったらいいな」と思える未来を、少しでも提供できるメーカーでありたいです。
(構成=猪口貴裕)

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