「これだけはわかってほしい。在任中、君がどんなに素晴らしい業績を挙げたとしても、後継者を育てることができなければ、与られるのは最高でも50点だということを」
これは、筆者が45歳でジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人社長に任命された直後、米本社のジェームズ・E・バークCEOから受けた宣告である。
「三流の人は金を遺す。二流の人は仕事を遺す。一流の人は人を遺す」というのは、南満州鉄道初代総裁などを務めた後藤新平の言葉だが、企業は「ゴーイング・コンサーン」(継続企業の前提)であることが必要だ。
理由は至って簡単で、破綻や倒産は多くのステークホルダーに迷惑をかけるからである。筆者は、企業経営者にとって最も重要な責務は、会社を潰さずに長続きさせることだと信じている。そのために不可欠なのが、自分の持っているバトンを渡せる「正しい後継者選び」だ。
ロシアには、「魚は頭から腐る」ということわざがある。決して、尻尾のほうからは腐らない。これは会社も同じで、新入社員や現場の社員から腐るということはない。トップから腐るのだ。会社の器が、社長の器より大きくなることはあり得ない。
アメリカの多くの企業には「後継者養成計画」(Succession Plan)がシステムとして存在する。有名なのが、ゼネラル・エレクトリック(GE)だ。世界中の社員から、将来のCEO候補200人ぐらいのリストを作る。そして、さまざまな課題を与えて競わせ、時間をかけて何度もスクリーニングを行い、最終的に1人に絞り込む。その結果、現CEO社長のジェフリー・イメルト氏はジャック・ウェルチ氏の後を継いだわけだ。
一方、日本企業の多くには、そういったシステムが確立されていない。後継者選びは、現社長による「禅譲人事」や「派閥人事」、個人的な「好き嫌い人事」などで決まる。システムもなく、取締役間での本音の議論もなく、ましてや指名委員会もない場合が多い。また、トップが引退後も院政を敷くため、意図的に操りやすい人物が後釜に据えられることもある。
●パナソニック低迷の本当の理由
岩瀬達哉氏の『ドキュメント パナソニック人事抗争史』(講談社)を読んで痛感するのは、「経営の神様と崇められた松下幸之助ですら、経営者としては合格点をつけられない」ということだ。その理由は「後継者をつくることができなかった」という点に尽きる。
娘婿の松下正治氏が幸之助の後を継ぐが、「頼りない社長」との烙印を押され、16年務めた後に山下俊彦氏にバトンタッチする。山下氏は「世襲反対」を唱え、正治氏の長男・松下正幸氏の社長就任を阻んだ。その後、谷井昭雄氏、森下洋一氏、「創業者の経営理念以外は何を変えてもかまわない」と「破壊と創造」を唱えた中村邦夫氏、大坪文雄氏、津賀一宏氏と続くが、いずれも幸之助時代の輝きはない。
パナソニック低迷の原因は、主に三つある。一つは、松下幸之助が後継者選びで世襲にこだわったことだ。個人の感情としては理解できるが、経営の王道ではない。二つめは、世襲による後継者の人選を間違ったことだ。そして最後は、そもそも「後継者養成計画」が存在せず、血縁や政治的な関係による人選が横行した点である。
これら三つの問題は、すべて「人」に起因している。「戦略やビジネスモデルの失敗が、パナソニック低迷の原因だ」という人もいるが、そもそも戦略やビジネスモデルは人が考え、人が作るものだ。まさに「魚は頭から腐る」のである。現職の津賀社長が「腐らない頭」であることを期待したい。
(文=新将命/国際ビジネスブレイン代表取締役社長)