本連載前回記事では、「セグメンテーション」の意味はしばしば誤解されており、それは製品ではなく顧客を分割することであると書きました。実際そう理解したほうが、マーケティング戦略のもう1つの柱である「ポジショニング」との違いが明確になって好ましいといえます。

ポジショニングとは、繰り返しになりますが「自分たちの製品やブランドが誰と競争するのか(競争しないのか)を考えること」です。

 顧客に対する戦略的な意思決定は、セグメンテーションとターゲティングの2段階に分かれています。しかし、製品・ブランドに対してはポジショニングの1段階しかありません。一見どうでもいいことのように思えるかもしれませんが、少なくとも筆者としてはアンバランスな感じがするので、以下のように整理してみます。

●セグメンテーションとポジショニング

 顧客のセグメンテーションとは、潜在顧客をいくつかのグループ(セグメント)に分けることで、ターゲティングとはそこから優先するセグメントを選ぶことです。前者は全体としての構造を把握することで、後者はそこから狙うべき対象を選び取ることです。製品・ブランドに対する戦略的意思決定についても、このような2段階に分けることはできないのでしょうか。

 実は、ある市場の製品・ブランドを競争関係の強弱でサブマーケット(単にカテゴリなどと呼ばれることも多い)に分割する、市場構造分析とか市場の規定といわれる手法があります。これは、前回紹介したように製品セグメンテーションと呼ばれることもあるので、これを顧客に対する意思決定におけるセグメンテーションに相当するものと見なしても問題なさそうです。

 市場構造分析では、同じサブマーケット内では製品間の競争がより激しく、サブマーケットが異なると競争が弱くなるよう製品が分割されます。ただし、このような分割は、顧客のセグメンテーションほどうまくいかないことがよくあります。そうした場合、互いに大なり小なり競争し合う製品群を、1つの空間における位置の違いで表す方法がよく用いられます。
お互いに競争しているほど近い位置になるよう、各製品の布置(マップ)を決めるのです。

 このようにして製品・ブランドの競争関係の構造を把握できたら、今度は顧客セグメントに対するターゲティングのように、攻めるべきサブマーケットなりポジションなりを選択します。これをポジショニングと呼ぶなら、以下の表のように、対顧客と対製品・ブランドの意思決定はいずれも2段階になります。

【詳細図表はこちら】
http://biz-journal.jp/2015/06/post_10265.html

 ただし、この表では市場構造分析とポジショニングの境界が破線で、しかも少し上にずれていることに注目してください。ふだんマーケターがポジショニングと呼ぶ行為は、製品・ブランドの競争構造の把握まで含むことがしばしばあります。つまり、ポジショニングという概念のあいまいさが、このようなズレを生んでいるということです。

●ポジショニング競争が差別化をなくすというパラドクス

 さて、マーケターは競争相手との差別化を目指して、自社の製品・ブランドのポジショニングを行います。1つの理想は、自社の製品しかない(それでいて十分な顧客がいる)サブマーケットを構築することでしょう。これを、高名なマーケティング学者であるデービッド・アーカーはカテゴリー・イノベーションと呼んでいます。Android陣営が参入する以前、iPhoneしか存在しなかったスマートフォン(スマホ)市場は、アップルによるカテゴリー・イノベーションであったといえます(『カテゴリー・イノベーション―ブランド・レレバンスで戦わずして勝つ』<デービッド・A・アーカー著/日本経済新聞出版社>より)

 新たなサブマーケットを生み出すところまでいかなくても、製品が競争する空間で、需要が多くてかつ競争相手が近くに存在しない場所を選び、そこにポジショニングすれば、差別化に成功すると期待できます。ただ問題は、競争相手も同じことを考えているかもしれない、ということです。実際、そのことで意図したような差別化が実現できない可能性があります。


 iPhoneが創り出したスマホのサブマーケット(カテゴリ)に、時をおかずAndroid OSの端末が参入してきます。その代表格はサムスンのGalaxyです。Android端末はiPhoneとは違う特徴を持っているとはいえ、その外観やユーザインターフェースはiPhoneを真似た部分が少なからずあるように思えます。それをめぐっては、激しい訴訟合戦が繰り広げられています。

 どのようなスマホを導入するかについて、ポジショニングのフレームワークで考えてみましょう。話を単純にするために、製品の特徴は一次元の空間で表されるとすると、サムスンは下図の線分上のどこに自社製品をポジショニングするかを考えることになります。差別化という意味では、iPhoneのポジションからは外れていたほうがいいように思えます。

【詳細図表はこちら】
http://biz-journal.jp/2015/06/post_10265.html

 Galaxyが上の図のようなポジショニングを行ったとします。すると、Galaxyより左側のポジションを好む顧客を獲得し、GalaxyとiPhoneの間のポジションを好む顧客をiPhoneと分け合うことになります。ここでGalaxyがもっとiPhoneよりのポジションに動くと、iPhoneユーザを獲得できます。同様にiPhoneは、Galaxyよりにポジショニングを変えると、顧客を奪い返すことができます。両者が顧客を増やそうと競争すると、結局両者は同じポジションに到達し、スマホの顧客を分け合うことになります。


 お互いに競争した結果、その特徴が似てくることは「最小差別化の原理」と呼ばれています。なぜそうなるかについては、拙著『マーケティングは進化する―クリエイティブなMarket+ingの発想』(同文舘出版)の3章で詳しく説明していますので、興味のある方はぜひお読みください。この原理はどんな時にも成り立つわけではありませんが、現実のある側面を見事に描いています。

 筆者は最近iPhone 6を購入しましたが、その大きさや丸みを帯びたデザインなど、Galaxyに似てきた印象を持ちました。アップルもサムスンも公式には相手を模倣していることを否定するでしょうが、競争する二者が似てくるという現象は、現実にしばしば観察されます。

 このように、ポジショニングは競争相手があってのことなので、なかなか思惑通りには行きません。セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングのSTPは、マーケティング戦略の定石としてマーケターに愛用されてきましたが、教科書通りに事が進まないケースは多々あります。次回もまた、これについて論じてみたいと思います。
(文=水野誠/明治大学商学部教授)

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