長崎ちゃんぽん専門店ととんかつ専門店を運営するリンガーハットの再成長が鮮明になってきた。
リンガーハットが4月8日に発表した15年2月期連結決算は、売上高が前期比3.9%増の382億円、営業利益が同26.2%増の22億円、純利益が同35.8%増の10億円だった。
リンガーハットは今でこそ両業態合わせ678店(長崎ちゃんぽん専門店570店、とんかつ専門店108店/15年2月末現在)を安定的に運営する中堅外食チェーンだが、過去10年の間に4回も赤字に沈むなど経営が迷走した。特に09年2月期は上場以来最大の赤字に沈み、経営危機に陥っていた。同社は、いかにして窮地を脱したのか――。
●「プロ経営者」招聘で窮地に
リンガーハットが主力メニュー「長崎ちゃんぽん」を再値上げすると発表したのは09年9月のことだった。東日本では450円から500円へ、東京23区内は550円へ、西日本は490円へ地域別に値上げするとの発表だった。業界内では「この時期に再値上げとは、時代錯誤も甚だしい」との批判が渦巻いた。それも無理はなかった。リンガーハットがその年の4月に発表した09年2月期の大赤字の原因が、3年前の06年9月に実施した399円から450円への同メニュー値上げにあったからだ。
消費低迷を背景に「外食大競争時代」といわれた03年頃、他社に先駆けて低価格競争を仕掛けたリンガーハットは、業績の赤字と黒字を繰り返す「ジェットコースター経営」に陥っていた。その打開策として同社が選んだのが、「プロ経営者」の招聘だった。
05年5月、実質的創業者の米濱和英氏が社長から代表権のない会長に退き、日本マクドナルド元社長の八木康行氏が同月から新社長に就任するとの電撃トップ人事を発表した。
「八木氏は前任の日本マクドナルドでハンバーガーの値下げと値上げを繰り返して日本マクドナルドのブランドを失墜させ、業績悪化を決定的なものし、任期途中で引責辞任に追い込まれた経営者だったからです。そんな経営者をリンガーハットがなぜ拾い上げたのかと、当然話題になりましたが、米濱氏が沈黙を貫いたため真相は不明のままです」(業界関係者)
そんな関係者たちの不安は的中した。
八木氏は新社長に就任するやいなや、経営改革と称して断行したのがオール電化調理システムの導入と値上げだった。麺を生麺から冷凍麺に変更、具とスープも冷凍し、それを一人前ずつ冷凍庫に保存、注文を受けるとつくり置きした「冷凍ちゃんぽん」を電磁調理器で過熱して配膳するオペレーションに変更した。
八木氏は「これで客の待ち時間が平均10分から8分へ2分ほど短縮し、顧客満足度が向上する」と説明したという。ファストフードの即席調理法を無定見に郷土料理の長崎ちゃんぽんに応用したのは明らかだった。冷凍ちゃんぽんは、生麺を茹でて中華鍋で野菜などの具を炒め、それらをスープで合わせる従来の調理法と比べ、味が段違いに劣っていた。そこに399円から450円への値上げが加わり、客足が一挙に遠のいた。
すると八木氏は07年夏、日本マクドナルドで失敗を経験したクーポンを集客の目玉に導入した。クーポンを持参すると一皿450円のちゃんぽんが100円引きとなり、「値上げ前より安い350円で食べられる」と人気になり、味をあまり気にしない客層の足が戻った。これで成功と過信した八木氏は、クーポン発行を常態化した。
しかし、クーポン発行の常態化は消費者に実質的な値下げと受け止められ、やがて「長崎ちゃんぽんはまずかろう、安かろう」のイメージが定着、その安さも間もなく消費者に飽きられていった。
08年になると既存店の約30%が赤字に転落、半年間で454店中48店も閉鎖に追い込まれ、誰の目にも経営危機が明らかになった。09年2月期の連結決算は売上高が前期比3.3%減、営業利益が71.8%減の減収減益、純損24億円は上場以来最大の赤字幅だった。
●再値上げ宣言
八木氏は任期途中の08年9月に引責辞任に追い込まれ、米濱氏が会長兼任で社長に復帰した。「値下げによる集客は邪道」と周囲に漏らしていたといわれる米濱氏は、社長に復帰すると真っ先にクーポン発行を廃止、地に堕ちたブランド再生に取り組んだ。
それから1年。公の場で鳴りを潜めていた米濱氏の第一声が先の再値上げ宣言だった。ただし、これには「リンガーハットは09年10月1日から日本国内で採れた新鮮な生鮮野菜しか使いません」と「国産野菜100%採用」宣言が付随していた。
05年5月、会長に退いた米濱氏は06年から08年までの2年間、日本フードサービス協会会長を務め、業界活動に専念していた。その時、全国各地の野菜産地を巡る機会があり、国産野菜のおいしさを再認識していた。その経験から、地に墜ちた「長崎ちゃんぽん」ブランドを再生するためには「おいしくて安全・安心な国産野菜100%の長崎ちゃんぽん」をウリにするしか道はないと決断していた。
かくして米濱氏が国産野菜100%採用構想を社内で打ち明けたのは、08年9月下旬に行われた定例の役員合宿の席上だった。
米濱氏はその時の心境を「日経レストラン」(日経BP社/10年3月4日号)で次のように語っている。
「兄たちと始めたこの商売がどうしてここまで大きくなったのかと考えたら話は簡単。新鮮な国産野菜のみを使い、とにかく『おいしい』ちゃんぽんをお客様に提供してきたからだ。だったら、もう1回原点に戻ればよい。もちろんコストや調達など不安要素を数えたらキリがない。だから、『ごちゃごちゃ言っていないで、とにかくやれ』と役員たちの反対を押し切った」
●国産野菜調達への挑戦
当時、ちゃんぽんに使っていた野菜7品目のうち、国産はキャベツ(全量契約栽培)とモヤシ(自社栽培)のみ。後の5品目は中国産の野菜を現地で冷凍加工したものを輸入していた。中国産野菜は安全面の懸念に加え、野菜は冷凍すると芯がしおれてしまう。そのため、冷凍野菜では生鮮野菜特有のシャキシャキ感と旨みが出ない。
そこで米濱氏の厳命を受けた商品開発部門は生鮮野菜特有のシャキシャキ感と旨み、色合い、スープとの相性などちゃんぽんに合う国産野菜を選定するため、50品目以上の試食を繰り返した。その結果、キャベツ、モヤシ、ニンジン、コーン、タマネギ、青ネギ、オランダサヤエンドウの7品目をちゃんぽんの定番野菜に決めた。
次の問題は、これら国産野菜の通年調達だった。当時の年間必要量はキャベツ6000t、モヤシ4000t、ニンジン400t、コーン200t、タマネギ1000t、青ネギ400t、オランダサヤエンドウ200tの合計1万2200tだった。
キャベツとモヤシ以外は、すべて新規調達しなければならなかった。例えば、国産コーンは当時年間約6000tが流通していたが、販売先はほとんど決まっていた。そんな既存市場で200tものコーンを調達できるわけがなかった。オランダサヤエンドウに至っては、需要が少ないため、当時の国内生産量はわずか50tしかなかった。和歌山市を中心とした農家が細々と栽培しているだけだった。
このため、国産野菜調達プロジェクトチームは北海道から九州まで100カ所以上の産地を駆け回り、契約栽培してくれる農家を探し続けた。そうした苦労の末、全国15道県・40カ所の産地を確保できた。また、野菜は産地ごとに収穫時期が異なるので、定番7品目を通年で安定調達するための産地リレーも独自に構築した。
こうした調達システムをわずか1年でつくり上げ発表したのが、再値上げと国産野菜100%採用宣言だった。これで客足が戻らなければ万事休す。社員の口からは「これでこけたらもう立ち直れない、無理を承知で引き受けてくれた契約農家にも顔向けができないなどの声が漏れ、期待感より悲壮感が漂っていた」とリンガーハット関係者は振り返る。だが、それは杞憂に終わった。
国産野菜100%のちゃんぽん全店発売から1カ月たった09年11月になると明らかに客足が増え、12月には1年9カ月ぶりに既存店売上高が前年同月比プラスに転じた。消費者は「中国産冷凍野菜の数十円の安さ」よりも「数十円高くても、おいしくて安全・安心な国産生鮮野菜」を選んだのだ。こうして経営危機から脱出し、消費者に支えられて経営を安定成長軌道に乗せた。
●次なる課題
とはいえ、課題はまだ多い。その典型が売上高営業利益率、すなわち粗利の低さだ。15年2月期のそれはわずか5.9%。同社と売り上げ規模が同等で業態も似ているハイデイ日高の同期11.8%と比べると、明らかに見劣りがする。リンガーハットも収益性重視の観点から「売上高経常利益率10%」をかねてから目標に掲げているが、こちらも同期5.8%にとどまっている。
証券アナリストは「国産野菜100%採用という鮮やかな方向転換でブランド再生に成功した。今期からは、売上高営業利益率をどれだけ上昇させられたかが市場から厳しく問われるだろう」と指摘する。
最大の危機を脱したリンガーハット、次は高収益企業への変身という挑戦に挑む。
(文=福井晋/フリーライター)