植物工場は、都市の限られた空間で効率良く野菜生産ができるという意味で、究極の都市農業なのかもしれない。しかし、高コストに加え、栽培方法が確立されず、普通の野菜との差別化も曖昧という三重苦に悩んでいる。
今年1月の「起きるべくして起きた」、また6月末の「起きるはずがないのに起きた」2つの倒産劇から、植物工場の悩める姿が見えてくる。我々は、野菜の未来を植物工場に託すことができるのだろうか。
●「起きるべくして起きた」倒産
1月初旬、東日本大震災の復興のシンボルと期待された、宮城県仙台市の被災農家3人による植物工場経営の「さんいちファーム」(2011年11月設立)が、約1億3200万円の負債を抱えて倒産した。【編注1】
同ファームでは、植物工場建設などの資金である約3億5000万円のうち、約7割が補助金(2億5200万円=国1億6800円+県8400万円)だった。しかし、農家3人には、通常の畑での野菜栽培の知識・経験はあっても、植物工場で行う水耕栽培のそれはない。同ファームは施設や設備などのハード面は豪華で、特に水耕栽培装置は根の水温を調整するだけの最新型だった。しかし、メーカーからの技術指導は不十分であり、経営に必要なソフト面が伴っていなかった。
その結果、安定した温度調節ができずに発育不良障害が多発し、取引先の注文に応じきれず、赤字が累積して再建を断念したという。これは、大きい花火を打ち上げて復興への希望を燃え上がらせただけの「補助金蕩尽型の瞬間芸」である。現場に植物工場経営に関するノウハウが皆無で、「起きるべくして起きた倒産」の典型例といっていいだろう。
●「起きるはずがないのに起きた」倒産
一方、以下の倒産については「まさか」と受け止めた業界関係者も多かったのではないだろうか。
6月末、第三次植物工場ブームを牽引するトップ集団の農業ベンチャー・みらいが東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請して倒産した。
同社は04年、植物工場・水耕栽培装置の研究開発と、植物工場での野菜生産・販売を目的に設立された。【編注3】
創業者の嶋村茂治元社長は千葉大学大学院で蔬菜園芸学を専攻し、大手企業との共同開発などを経て、大学発ベンチャーとしてみらいを設立した。
設立後、水耕栽培装置を全国の10都道府県12カ所に導入し、07年には南極の昭和基地に栽培技術システムを提供した。13年にはモンゴルに現地法人を設立して植物工場を稼働させるなど、実績を積みながら話題性も提供し、業界の広告塔的役割を果たしてきた。
その間の09年、農林水産省と経済産業省の共同プロジェクト「農商工連携研究会植物工場ワーキンググループ」が立ち上げられた。これを機に、千葉大学を拠点に9つのコンソーシアム(企業連合)が形成され、植物工場の第三次ブーム勃発のきっかけとなった。
その際、同社はその中のひとつである「低コスト未来型人工光利用植物工場」コンソーシアムのリーダーになり、当時の麻生太郎首相が同社を視察に訪れたこともある。
昨年6月、みらいの2つの植物工場が本格的に稼働した。ひとつは、経産省の補助事業として建設され、先のさんいちファーム同様に東日本大震災の復興のシンボルとなった、宮城県多賀城市の「みやぎ復興パーク」内のものだ。全面的にLED照明採用の植物工場としては世界最大規模で、日産1万株のレタスが収穫可能だ。
もうひとつが、千葉大学の植物工場部門の拠点である環境健康フィールド科学センター近くに建設された「柏の葉第2グリーンルーム」だ。
みらいは、この2つの工場の稼働で足場を築き、産官学の期待を背に、未来の都市農業に向かって大きく羽ばたこうとしていた。しかし、その矢先の倒産劇である。
帝国データバンクによると、同社は業容拡大を見越して前述のように14年中に2工場を増設したが、野菜の生産が当初の予定通りに安定せず、売り上げが想定を下回り、大幅な営業赤字を計上した。【編注4】
そして、設備投資資金などの返済期限が迫り、6月末の決済資金のめどが立たずに倒産した。順風満帆のはずの同社に、何が起きたのだろうか。残念ながら、詳細は不明だが、あらためて同社の会社概要を見ると実に興味深い。例えば、以下のような文言が並んでいる。
「弊社代表の嶋村茂治は、日本を代表する植物工場の研究者」
「世界最先端の科学技術によって、進化し続ける株式会社みらい」
「みらいの植物工場は、構造、機能、栽培システム、栽培ソフト、衛生管理、これらの技術をすべて自社開発しました」
「植物の生育に必要な温度・光・水・養分などの環境を、最適に制御して栽培することを可能にした施設です」
それならば、「野菜の生産が当初の予定通りに安定しなかった」という事態は起こり得なかったはずだが……。
もちろん、情報が少ない中で速断はできない。しかし、さんいちファームのような幼稚園児クラスも、みらいのようなベテランの大学教授クラスも失敗してしまうのが、植物工場ということだろう。
●赤字が普通で、撤退や倒産も珍しくない植物工場ビジネス
実は、植物工場の撤退や倒産は珍しいことではない。
例えば、オムロン(01年撤退)やユニクロ(04年撤退)、エコファーム・マルシェ(10年解散)、田園倶楽部奥出雲(11年倒産)、シーシーエス(12年撤退)などが挙げられる。
「週刊エコノミスト」(毎日新聞出版)での筆者の取材に対し、植物工場の動向に詳しい千葉大学の古在豊樹名誉教授(NPO法人植物工場研究会理事長)は、以下のように語っている。【編注6】
「現在、植物工場に参入している企業は200社弱で、うち黒字が確実なのは15%で、黒字化しつつある(単年度では黒字だが、工場建設の減価償却はまだ)のが10%。残りの75%は赤字です」
●植物工場の3つの課題
さまざまな情報を整理すると、植物工場の経営を難しくしている要因のひとつが、コストの高さだ。
農水省と経産省の報告書【編注7】では、植物工場と施設生産(ビニールハウスでのホウレンソウなどの養液栽培。養液栽培は土壌ではなく、養分を溶かした養液で栽培する。水耕栽培と同じ)の10アール当たりのコストを比較している。
それによると、設置コストは施設生産の1800万円に対し、植物工場は約17倍の3億1000万円だ。運営コスト(光熱費)は施設生産の40万円に対し、植物工場は約47倍の1860万円となっている。
これだけコスト差があると、いくら植物工場をうまく稼働させて、高品質の野菜を効率的かつ安定的に大量生産したとしても、採算を取り続けるのは難しい。単価の高い果物や花などならまだしも、野菜は単価が安いからだ。
だからこそ、植物工場は補助金頼みになる。第三次ブームが起きた09年以降、農水省と経産省だけで約500億円の補助金が出されているという。
第二の課題が、植物工場における野菜などの栽培方法と、植物工場の管理・経営ノウハウが確立されていない点だ。
植物工場は光や温度、養液などをコントロールして光合成を促し、効率的かつ安定的に野菜を成長させるが、植物は生き物だ。工業製品のように、すべてを施設や設備任せにはできない。日々観察し、微調整を行い、対応する必要がある。そのため、植物の生理などに関する基礎的および体系的な知識が欠かせないが、それらが不足している。
第三の課題が、野菜のマーケティングと販路の拡大だ。種まきから収穫までの生産工程管理をきちんとコントロールできれば、栄養成分や形・大きさ・重さなど、野菜の品質・規格を一定にすることが可能だ。
加えて、土壌や空気を介した雑菌汚染が少ないため無農薬栽培が可能で、傷みや品質低下が軽減されるので、「収穫後の日持ちが良い」「水で洗わずに食べられる」といった付加価値がつく。消費者からは、それなりの支持も得られそうだ。経産省の消費者調査には、以下のような内容がある。
「植物工場野菜をすでに購入・利用している理由」として、「安心・安全(農薬・害虫の心配がない)」がトップ(29%)で、次いで「規格・品質が安定している(味・色・形など)」(17%)、「新鮮」(15%)などが続く。
●植物工場の未来は、特殊用途にこそあり?
しかし、円安で食品の値上げが続く中、野菜の購入や選択における消費者の目は厳しくなっている。植物工場産の野菜は割高なため、一般の野菜との価格競争は厳しくなるばかりだ。
そういった価格競争に巻き込まれることなく、存在感をアピールできるような植物工場産野菜は、どれだけあるのだろうか。実に心もとないといわざるを得ない。
これらの事情を鑑みると、植物工場の野菜ビジネスには、根本的に無理があるのではないかと思う。では、逆に植物工場にとって無理のない分野はなんだろうか。倒産したみらいが行っていた事業に、その答えがある。前述した、昭和基地とモンゴルだ。この2つの場所には、農業不適地という共通点がある。
農業不適地での野菜栽培というのは、いわば特殊用途だ。そして、スーパーマーケットなどへの流通という一般用途ではなく、そういった特殊用途にこそ、植物工場野菜の本領が発揮されるのではないだろうか。
このような公共的要素の強い特殊用途ならば、植物工場は存在価値がある。たとえ高コストで、それを補助金でカバーするかたちであっても、国民の理解を得られるのではないだろうか。植物工場の未来は、そこにあるような気がしてならない。
(文=石堂徹生/農業・食品ジャーナリスト)
【編注1】(「週刊エコノミスト」(毎日新聞出版)2015年5月5・12合併号、P90~91「植物工場は『金食い虫』不安定な生産とコストが課題」)
【編注2】帝国データバンク「大型倒産速報」
【編注3】みらい公式サイト
【編注4】(【編注2】と同じ)
【編注5】
1.NPO法人イノプレックス「植物工場ビジネスの将来性―調査レポート『植物工場の6割赤字/収支均衡3割の現状を打破するためには』2011年2月改変」
2.野村アグリプランニング&アドバイザリー調査部の佐藤光泰主席研究員「植物工場のビジネス化に向けて」(2011年7月)p6に、総合プランニング「2011年植物の工業的栽培市場の現状と将来展望」(2011年2月)を出所として、「参入している企業の70%が、現在、赤字」とある。
【編注6】(【編注1】と同じ)
【編注7】農林水産省、経済産業省「植物工場ワーキンググループ報告書」(2009年4月)
【編注8】経済産業省「植物工場に対する意識調査」(2009年10月)