書店に行くと、「体を温めれば健康になれる」という本があふれ、雑誌でも「体を温めるショウガ料理特集」などが組まれている。当然のように、患者さんのなかには「自分は低体温なのだが、大丈夫なのだろうか」という深刻な不安感に悩み、相談してくる方も多い。

さながら、「低体温恐怖症」が世に蔓延しているように見える。

 では、本当に低体温は体に悪いのだろうか?

 実は、長寿の人、いわゆる「百寿者(センテナリアン)」を分析してみると、次の3つの特徴が見られる。
 
 1つ目は、インスリンというホルモンの血中濃度が低いことだ。インスリンが高いことは動脈硬化につながり、寿命を短くする要素になる。血糖が高い人や糖尿病の人は、血液中にたくさんの糖があふれている。血糖が高いと、膵臓からインスリンというホルモンがたくさん分泌され、血液中にあふれる糖を細胞の中に押し込んで血糖を下げようとするのである。このインスリンが低い人のほうが長寿なのである。

 2つ目が、DHEA-S(デヒドロエピアンドロステロンサルフェート)というホルモンが高いことだ。これは副腎から分泌されているホルモンで、このホルモンの血中濃度が高い人ほど寿命が長い。男女ともに、DHEA-Sは寿命を推定する目安になることがわかっている。このDHEA-Sはストレスや過労で下がってしまう。血液をとるとDHEA-Sはかんたんに測れるので、いちどクリニックなどで測ってもらうといい。
もしDHEA-Sが低かった場合には、あなたの寿命には赤信号がともっていると考えていい。自分のライフスタイルや人生観をじっくり見直してみる必要がある。

 そして、3つ目が、「体温が低いこと」なのだ。低体温が長寿につながるという論文はたくさんあるが、逆に高体温が長寿になるという論文はひとつもない。寿命にとって、低体温は有利に働くことがわかっている。

●活性酸素

 その理由を説明し得る要素のひとつが、活性酸素だ。

 人間は酸素を吸ってATPというエネルギーをつくって生きている。この過程で、どうしても活性酸素という細胞毒がつくられてしまう。ミトコンドリアというエネルギー工場から漏れ出てくるこの活性酸素が過剰にあると、人体にさまざまな障害をもたらす。活性酸素は病的な老化をもたらし、動脈硬化、がん、認知症、前立腺肥大、胃潰瘍などさまざまな病気の素となるのだ。
 
 人間は、酸素がなくては生きてはいけないが、同時に酸素を利用することで活性酸素もつくり出し、病的な老化を進めたり病気になるという矛盾を抱えた存在なのだ。それを証明するように、ラットの寿命は3年だが、100%酸素のもとでラットを飼うとなんと3日で死んでしまう。
人間でも人工呼吸器で100%酸素を投与すると、あっという間に肺はボロボロになり死に至る。酸素があるとロウソクは華やかに燃焼するが、その分、ロウソクは早く短くなる。これと同じことが人間の中でも起こっている。つまり「酸素は毒」なのである。過剰な酸素を吸うことは控えたほうがよい。

 では、低体温と活性酸素の関係はどうなっているのか。実は低体温の人のほうが、活性酸素が少ないのだ。

 体を機関車に例えよう。高体温の人は、石炭をボイラーにどんどん入れてガンガン燃やしている機関車のようなもの。エネルギーは出るが、その分、活性酸素という「スス」が出て健康に支障が出やすい。

 一方、低体温の人は、ソロソロとエネルギーをエコに使って進む自転車だ。活性酸素が生じにくく、クリーンである。
長生きのためには、ボイラーをガンガンに燃やしオーバーヒートするようなことを防止するのが大事ということ。ボイラーの燃焼を少し抑えてあげることが長寿には有効だと考えられている。

 では、このような体の「クリーン運転」をするにはどうしたらいいのだろうか。

 その方法がいくつか解明されてきているが、ひとつがカロリー制限である。摂取カロリーを通常摂取の70%に抑えると、低体温になり、アカゲザルでは寿命の延長が確認されている。

 ほかには、サプリメントではグルコサミンが有効ということがわかってきた。グルコサミンというと膝関節症に効くというイメージがある。意外にも、最近の権威ある医学誌「Cell」の報告によれば、グルコサミンはミトコンドリアの働きを少し抑えて、ボイラーの過剰回転を抑え長寿に導くことがわかった。ほかにもレスベラトロール(ブドウの皮に含まれるポリフェノール。赤ワインに豊富に含まれる)にも同様の効果がある。

 従って、低体温だからといって必要以上に恐れることはない。むしろ長寿になる素質を持っていると思って、自信を持っていただきたいというのが医学的な結論である。

 
 ただし、低体温の人は高体温の人と比べて、感染症に弱いという弱点はあるようだ。体温は免疫に関わる。低体温の人が気をつけなくてはいけないのは、ビタミンD欠乏である。ビタミンDは日光に当たることで合成され、カテリシジンという抗ウイルス物質を活性化してインフルエンザなどの感染症にかかりづらくしてくれる。ただし、冬場や高緯度の地域では日照時間の低下からビタミンDの不足が生じ、感染症にかかりやすくなってしまうのだ。1日15分間は日光に当たることが重要であり、冬場はビタミンDのサプリメンテーションも考慮しよう。

●活性酸素の消去を心がける

 逆に高体温の人は、活性酸素が生じやすい。活性酸素を積極的に消去する生活を心がけたい。

 ビタミンA、C、EやコエンザイムQ10などの抗酸化物質を積極的にとろう。アメリカ農務省(USDA)が発表している「活性酸素吸収能(ORAC)」の値が高い食物を覚えておこう。活性酸素を吸収してくれる食品は、チョコレート、シナモン、レーズン、バジル、玄米、ふすま、ぬか、ココア、松の実、クローブ。特にチョコレートには活性酸素の消去におすすめだ。


 「チョコレートの国別消費量とノーベル賞の受賞者数は比例する」という論文が権威ある医学誌「Lancet」に掲載されている。チョコレートは脳を活性化する。脳の海馬の機能を活性化し、認知症予防にも効果が期待される。研究では、1日20グラムのミルクや砂糖の少ないダークチョコレートを、週3回とるというのが一番動脈硬化を抑える効果が高かった。

 薬剤ではバイアグラの活性酸素低下作用が注目されている。バイアグラを週1回、6カ月間服用すると、活性酸素が3分の1まで低下することがわかっており、バイアグラ、シアリス、レビトラ、ザルティアなどのPDE5阻害薬は、単なる勃起不全薬ではなく、アンチエイジング薬として働くのだ。

 もちろん、低体温の人が積極的に体を温めることは悪いことではない。しかし、人間にはホメオスタシスという体を安定に保つ作用があり、「高体温になろう」と思っても高体温の体質に持続的に変わることはできない。

 以上のように、自分の体温に沿った体のケアをしていくことが重要だ。低体温の人も高体温の人も、よく対処法を知れば、有効な健康リスクマネジメントができるということである。
(文=江田証/江田クリニック院長、医学博士)

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