秋が深まるにつれて、街を歩く人のファッションも重厚になってきた。近年の筆者は仕事柄、「スーツ姿にリュックサックを背負う人も目立つな」といった、洋服とカバンとのコーディネートにも目を向けるようになった。
男性ビジネスマンに人気のカバンといえば、最初に名前が上がるのが吉田カバン(編註:正式名称は「吉」の「士」部分が「土」)ではないだろうか。若手から年配者まで同社のカバンを愛用する人は多い。生産本数の伸びも著しく、現在では年間約180万本を生産する。
なかでも同社の看板ブランド「ポーター」の「タンカー」シリーズだけで同27万本も生産している。驚くのは、これほどの本数が大規模工場での機械生産ではなく、すべて職人の手作業で製作されることだ。現在、同社の公式サイトでは、タンカーの製作工程である裁断・縫製の作業を動画で見ることができるが、ほかのカバンも同じように手作業で製作される。
今回、筆者は約9カ月にわたり、同社のモノづくり・コトづくりがどのように生み出されるのかを多方面に取材して『吉田基準』(日本実業出版社)という本の上梓にかかわった。我田引水で恐縮だが、その取材を通じて感じた舞台裏を紹介してみたい。
●「クールジャパン」人気でも、真の「日本製」を貫いているか
吉田カバンの最大の特徴は、カバンの商品企画から縫製までを日本国内で一貫して行うことだ。1990年代後半から生産拠点を海外に移したメーカーもあったが、同社は国内生産を守り続けている。
近年は消費者の欧米への憧れも昔ほどではなく、「クールジャパン」という言葉もあるように、日本製がカッコいいという風潮も強まった。だが一部には、これをファッション面でのみ捉える業者もいる。
商品のネームタグに「MADE IN JAPAN」もしくは、「TOKYO・JAPAN」と記す吉田カバンは、そうした手法を取らない。原材料に関しては、これはという素材を世界中から調達するが、製作ではすべての商品を最初から最後まで日本国内でのみ製作する。製作では、外部工房の「職人さん」(同社は、職人を必ず「さんづけ」で呼ぶ)と社員デザイナーが1対1で向き合い、作業を進める。
昔と変わらずこうした手法を取り続ける理由を、吉田輝幸社長は次のように語る。
「まず、創業者の吉田吉蔵(輝幸氏の父)が生前、『絶対に日本の職人さんを絶やさんでくれ』と言い続けていたこと。そして、そうした情の面だけでなく品質面においても日本の職人さんのレベルは高いのです。私どものカバンは、丈夫さとお客様の使い勝手を追求しており、たとえば一般的なカバンが1回縫う箇所でも、当社のカバンは耐久性向上のために5回縫うことがあります。そうした要求に、日本の職人さんは期待以上に応えてくださるのです」
90年代から増加した海外生産にも、同社は一切目を向けない。これも創業者の「海外生産は絶対にやめてもらいたい。オレが死んでもこれは守ってくれ」との遺言に基づくが、「当社の製作手法と海外生産は合わない」と輝幸氏は語り、さらにこう続ける。
「海外での生産は、家電のように工程を管理して行う単一商品の大量生産には向くでしょうが、約4000種類のアイテムがある吉田カバンの多品種少量生産には向きません。
●「吉田カバンにかかわる人ならやっていますよ」と語る職人
同社のカバン製作にかかわる職人を取材すると、言われたこと以上のことを行うクラフトマンシップを感じる。製作中に「ここはこうしたほうが品質も上がる」と考えると(同社と相談をしつつ)自主的に取り組む。たとえば、次のような工夫を施すのだ。
・「ポーター」の牛革ビジネスバッグの製作にかかわった職人は、カバンの「ハンドル」と呼ぶ把手部分を工夫して、テープを下まで伸ばして縫っている。さまざまな荷物を入れて重くなってもハンドル部分が抜けないための工夫だという。さらに、ファスナー部分の先をラウンドさせて、消費者が開閉する時にファスナーがかまない工夫も施した。
・同社では原則として製作した工房が修理も担当するため、修理依頼品を見て「この部分が弱かったんだな」と製作時には気づかなかった弱点を知ると、展開中の商品の場合は、中に入れる芯材を変えて補強した。
この職人は取材の際に「そうした工夫は、吉田カバンにかかわる職人なら誰でもやっていますよ」とさらりと語っていたのが印象的だった。
同社は毎年、春と秋に「新製品展示会」を行うので、新製品の場合、製作期間はおよそ6カ月だ。この短い期間でデザイナーの企画案を基に、最適な素材を調達して裁断・縫製を行い、試作品をつくり、それを細かく修整した製品だけが展示会会場に並ぶ。
最初に職人が仕上げた試作品は「ファーストサンプル」と呼び、使い勝手や持ち方、デザインバランスなど多方面からデザイナーがチェックして修整点を決め、セカンドサンプルが仕上がる。ここでもさらに修整が入り、多くはサードサンプルとして仕上がった品が展示会に並ぶ。
とかく効率性を重視しがちな現代のビジネス社会において、効率性とは程遠い手法で品質重視のカバン製作を行う。だからこそ、同社の商品は「世界一細かい」ともいわれる日本の消費者に人気なのだろう。
●創業者の信念を、現在の役員・社員は受け継いでいるか
創業者の吉蔵氏は、「日本一、クオリティにこだわったカバンメーカーでありたい」という願望があったという。1989年7月16日付読売新聞で、吉蔵氏はこう述べている。
「舶来品に負けないものをと思って、ずうっと頑張ってきましたよ。安くて、似た物ならいいって考える人もいましたけどね」
同社の社是は「一針入魂」だ。野球の造語「一球入魂」にヒントを得たこの言葉は、創業者の口ぐせでもあった。
同社は、この社是を社内外に知ってもらう活動も行っている。たとえば、2012年から続けている新入社員研修に「手縫い製作」がある。参加者は一日で仕上がるペンケースやカードケースなどを選び、自分で針を動かして手縫いで作業を行う。近年の新卒社員は入社前年の秋に内定式を行うが、その内定式が終わって最初の実務がこれだ。
講師役は吉田社長の姉で手縫い職人である野谷久仁子氏が務め、個人差はあるが6時間ほどで製作するという。野谷氏は創業者である父の晩年、10年近くにわたって手縫い技術を直伝された人で、自らの工房で手縫い教室も主宰する。参加者の感想で目立つのが「一針入魂の本当の意味がわかった」「職人さんの仕事の大変さが理解できた」などだ。
また、同社の直営販売店である「クラチカ ヨシダ 表参道」では、店内に併設した工房で職人が作業する姿を見ることができる。訪れる日によって職人は替わるが、取引先の職人ではなく、同社製作部に所属する村林麗子氏と安藤学氏、日によっては野谷氏も作業する。取材の際に村林氏が、「野谷さんを通じて創業者とも対話できている気がする」と話していたのも印象的だった。
創業者の吉蔵氏が亡くなったのは1994年なので、今では吉蔵氏の薫陶を直に受けた同社社員も少なくなった。その理念をなんとか受け継いでいこうとする活動に思える。
業種も規模も違うが、かつて日本をリードした大企業の業績不振や不祥事を見ると、「いまの会社を創業者が見たら、どう感じるか」といった思いを抱いてしまう。たとえば、現在のパナソニックやホンダ(本田技研工業)を、松下幸之助氏や本田宗一郎氏がご覧になったらどう思うのか。「粉飾決算」を行った東芝においては、いわずもがなだ。
吉蔵氏は生前、こうも話していた。
「お客さまに買ってよかったと思われる、喜ばれるカバンをつくること」
「カバンを100個つくったとしても、お客さまにとっては、その方が手に取った1個がすべて。個々を大事にして不良は出さないように1針1針を丁寧に」
90年代半ばに比べて企業規模が倍増した同社だが、吉田社長は「無理な規模拡大はしません。もし品質が損なわれるような恐れが出れば、生産を抑えます」とも語っていた。今後、事業展開を広げる場合、同社にも人材のさらなる成長といった課題は残るが、少なくとも「創業の理念や志に立ち返る」姿勢と「品質の徹底追求」という視点において、多くの企業が参考になる事例ではないだろうか。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
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