かつては多くの百貨店で、エレベーターの乗降客を案内していたエレベーターガール。日本にこのエレベーターガールが登場したのは1929年、東京・上野の松坂屋が最初とされており、当時はまだ手動で操作しなければならなかったエレベーターを操作する人員として配置されていた。

だが、現在では人件費削減の対象となったのか、エレベーターの全自動化が進んで不要になったためか、一部の百貨店や混雑時にのみ見られる存在になってしまったようだ。

 しかし、外国人からの受けはいいらしく、2014年5月3日付米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルの記事「外国人感銘させる日本の『おもてなし文化』―至れり尽くせりのサービス」という記事には次のように記されていた。

「エレベーターには非常に気が利く礼儀正しいスタッフがいて、階から階への移動というありきたりで面倒なことを華麗なショーに変えてしまっていました」

「確かにやりすぎかもしれない。お辞儀や手振りは必要ないかもしれない――東京に来ている顧客はエレベーターの乗り方ぐらい心得ている――が、店内に入った瞬間から、従業員が完全にあなたに気を配っているというメッセージは伝わってくる」

 このように日本ならではの「おもてなし」精神を手放しに誉めているのだ。

 そんなエレベーターガールが現在も活躍している意外な場所が新宿にある。紀伊國屋書店新宿本店だ。JR新宿駅東口からほど近く、新宿通りに面した同店の1階にはエレベーターの乗降口付近にエレベーターガールが1人常駐し、また3基あるうちの一番右側のエレベーター内にも別のエレベーターガールが1人乗り込んでいる。

 平日の夕方に同店を訪問してみたが、エレベーターに乗る前からその業務は始まっているように感じられた。

 会社帰りの人々などでエレベーターの前は大変な賑わいとなっていたのだが、まず1階に常駐しているエレベーターガールが上へ行く来店客と下へ行く来店客を誘導していたのだ。

 一方、乗り込んでみると同乗しているエレベーターガールがしっかりと自動ドアを押さえ、客が挟まれないようにしたりと行き届いたホスピタリティを発揮。行き先階を告げると、指の動きが見えないほどのスピードとブラインドタッチで各フロアの表示されたボタンを押しつつ、「かしこまりました」と丁寧な返答。ほかの乗降客の中には階数ではなく「レシピ本のあるフロア」と告げた人もいたが、そちらの階もしっかりと把握しているようで淀みなく対応をしていた。


 フロアに到着すると「○階、××書のフロアです」と告げてくれるのだが、百貨店にいるエレベーターガールとなんら遜色のない丁寧な案内には好感が持てる。

●売り上げとも関係?

 もちろん紀伊國屋だけでなく、エレベーターガールを配置している店は現在でもいくらか存在する。日本橋三越本店や日本橋タカシマヤ、新宿ならば小田急百貨店、池袋ならば東武百貨店や西武池袋本店にはエレベーターガールがおり、実際に乗ってみるとやはりその“おもてなし”されているという感覚は、百貨店のホスピタリティを体現したもののように感じられた。

 近年、百貨店は“衰退産業”と揶揄されることも多く、実際にピーク時よりかはかなり売り上げが下がってしまっている。だが、今年の1月19日に日本百貨店協会が発表した全国百貨店売上高概況を見てみると前年比0.3%増の6兆2124億円で、これは3年連続で微増している結果となっている。もちろん訪日観光客の増加がその売り上げ推移を支えているということもあるだろう。

 だが、前述したウォール・ストリート・ジャーナルで触れられているように、日本特有のホスピタリティである“おもてなし精神”を百貨店で体験してみたいという人も少なからずいるのではないか。

 エレベーターガールを常駐させることで当然人件費がかかるわけだが、そもそも百貨店や書店の来店客はエレベーターを操作するくらいのリテラシーは持っているはずだ。それにもかかわらずエレベーターガールを雇用し続けるのは、 “おもてなし”への矜持のようなものを感じずにはいられない。
 
 日本出版販売株式会社が今年発売した『出版物販売額の実態(2015)』を覗いてみると、昨年の書店の売上高で約1067億円と1位となっているのが紀伊國屋。出版不況と呼ばれる昨今、書店の売り上げももちろん厳しいものとなっているのだが、なんと紀伊國屋の13年度の経常利益は7億1400万円(前年比86.5%増)と大幅増益、当期純利益は6億7400万円(同30.4%増)で、7年連続の黒字決算となっている。

 一見、利益を度外視した“おもてなし”サービスであるが、それにより顧客満足度が高まり、結果として利益につながっているのではないだろうか。

(文=編集部)

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