首都圏に住まわれている皆さんが地方へ行くと、「やたらパチンコ店のCMがテレビで流れている」と思ったことはありませんか。

「それは、地方ではパチンコ店が儲かっているからだ」と思う人も多いでしょう。

確かにそれも一理ありますが、もっとややこしい理由があります。

「レジャー白書2015」によると、2014年のパチンコ人口は1150万人、パチンコホールの市場規模は24兆5040億円に上ります。

 今回は、成人の約2割を占めるターゲット人口と、日本の国家予算の約3割に相当する市場の中核を支える「地方パチンコホール」の広告展開から、腑に落ちるテレビCMのマーケティング戦略を解説したいと思います。

●「パチンコメーカーのCM」と「パチンコホールのCM」は似て非なり
 
「東日本大震災以降はあまり見られなくなったとはいえ、東京でもSANYO、サミー、ニューギン、平和などのCMが結構流れている」という意見もあるでしょう。

 確かに震災直後、節電を名目にやり玉に挙げられたパチンコは、CMオンエアが自粛状態になりました。そして何より、「パチンコ機種のCM」を近頃見なくなったのは、業界が「企業イメージのCM」に限定することにした自主規制によるものです。

 一見すると、同じパチンコのCMのように思えますが、地方で大量にオンエアされている一般的なパチンコ店の「ホールのCM」と、「メーカーのCM」は違うものなのです。では、なぜ大金をかけてまで、ホールではなくメーカーがCMをする必要があるのでしょうか。

 ではわかりやすく、パチンコ台そのものの「パチンコ機種のCM」が可能だったころで考えてみましょう。

 メーカー側は、お客様に自社がつくったパチンコ台で遊んでほしいという狙いもありますが、最終的にはホールにその機種を導入してほしいというのが目論見です。

 家で「海物語」のCMを見て、歩いていたら店先の旗めくノボリが目に入り、ついパチンコ店に吸い寄せられ、海物語のパチンコ台に没頭したような経験のある人もいるのではないでしょうか。

 つまり、海物語のホールでの稼働率が上がることで、ホールの経営者は定番機種としてバージョンが変わるごとに新台を導入することになります。
そして、店にとっては人気機種の存在は有効な“客寄せ”材料となるのです。

 このことは、ある意味、お店への集客CMとして「パチンコホール」の肩代わりの機能を果たしているといえます。

 当時、東京キー局で流れていたのは、放送局の考査による規制もあり、マルハン、ダイナムなどごく一部の大手チェーン店のみです。どうして地方ではパチンコホールのCMがあれほど流れているのに、東京ではこれほど少ないのでしょうか。

●東京キー局と大阪キー局の放送エリアは「爆発的」に広い

 いわゆる、東京キー局・大阪キー局といわれる存在ですが、我々が「エリアマーケティング」を組み立てる際に大きなポイントや障壁になります。

 わかりやすく東京周辺に絞って話を進めますが、東京キー局は日本テレビ、TBSテレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京(名称は通称)の5局を指します。

 東京キー局で、電波が届きテレビを視聴できる主な地域は、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県の1都6県と静岡県東部です。かつては、東京タワー(東京電波塔)からの電波で、約2000万世帯、4000万人以上が住むこの広いエリアをカバーしていました。

 これは影響力が大きく、広告を一気に伝播させるには都合が良い半面、カバーエリアが大きいためオンエア料金が非常に高くなってしまいます。

 例えば、埼玉県を中心に展開しているパチンコホールがあったとしましょう。そこが東京キー局でCMを流すと、埼玉だけでなく関東全域にも流れ、その分の料金まで支払うことになります。それは、店がないエリアにCMが流れるという「無駄打ち」を意味するだけでなく、店舗のないエリアに住むパチンコファンが他店に駆け込む効果を生む可能性すらあるのです。


 一方、地方テレビ局は、その多くが県単位でのオンエア範囲となっています。つまり、特定されたひとつの県以外にはCMが流れないため、エリア外に対する無駄打ちが少ない広告展開ができるということなのです。

 また、地方のパチンコホールがチェーン化し、県単位で店を展開している場合も多く、地方テレビ局のカバーエリアと合致していることも大きなポイントとなります。

●CM1本のオンエア料金がたった5000円のローカル地域も

 例えば、CMをオンエアするテレビ番組の視聴率を5%と仮定すると、東京キー局では15秒CMを1本流すのに40万円くらい。それに対して、地方放送局では5000円といった県単位地域もあります。東京キー局に対してなんと80分の1です。

 これならば、地方によっては「誕生日おめでとう!」といった個人的なメッセージも気軽に流せそうです。実際は、テレビ局の考査があるため、このようなCMは困難ですが、それくらい安価になっています。

 この価格差は、対象となる人口・世帯数が小さいということもありますが、リーマンショック後、地方局のCM価格が極端に下がったことも要因です。つまり、視聴対象者1人当たりのコストも地方は極端に安いのです。

 また、パチンコホールのCMを“大量投下”している地方ではディスカウント率が高く、東京キー局ではパチンコ関連のディスカウント率は低めに設定されているので、実際はその差はもっと開きがあるでしょう。

 中高年の方々には、パチンコ店は新聞のチラシ広告で見たイメージが強いかと思われます。
パチンコファンとなるターゲットがあまり新聞を読まなくなったという背景もありますが、現在はほとんどパチンコホールのチラシ広告を見かけません。

 これは、チラシをまくよりもテレビCMを使ったほうが「到達効率」が格段に良いということの裏返しでもあるのです。つまりは、ターゲット1人当たりが広告に接触するのに、チラシよりもテレビCMのほうが安いのです。

 そして「新台入れ替え」「開店時間」など、パチンコファンに伝えるべきことがある程度決まっているパチンコホールでは、チラシでいろいろ書き立てるよりも、そのホールの名前をテレビCMでしっかりと想起させることで集客に十分につながるのです。

 また最近、芸能人をパチンコホール自体に招いてイベントを開催することがはやっています。芸能人からしてみると、いわゆる“おいしい”地方営業です。そういった告知でも、テレビCMはタレントの顔をアイキャッチにするなど、クオリティの高い映像面が活用できる点で親和性が高いことも見逃せません。

●自由な発想による“大胆な”CMクリエイティブ

 繰り返しになりますが、パチンコホールのCMは、まずその店の名前を思い出させれば良いのです。もちろん、好意的なイメージを醸成したり、オープンの告知をしたりと、周辺情報はあるかもしれませんが、一般的な商品CMと比べたら訴求内容は大いに絞り込まれます。

 すなわち、CMのクリエイティブが「インパクト型」で「名称訴求」さえ確保されれば、アミューズメント性を軸足として相当自由度が高いといえます。

 では、秀逸なローカルCMを集めたサイト「ぐろ~かるCM研究所」での、ランキングポイントの高いパチンコホールのCMを見てみましょう。現地に行かないとなかなか接する機会のないCMですので、是非とも「動画」で「音声もオン」にしてご覧ください。


(1)静岡県/コンコルド/コンコルゲン夫婦

 仲睦まじい新婚生活を経て、喧嘩や仲直りといった夫婦の日常ドラマが描かれるなか、唐突に「コンコルゲン夫婦」という言葉が入ってくる。しかし、それがいったいなんなのかは一切説明されません。そもそもなんのCMかも一見しただけではわかりません。しかし、この不思議な世界観が静岡の人には、暗号のように心の底まで入り込んでいくようです。

(2)鹿児島県/ワンダーランド・タイラグループ 

「九州の笑顔に、挑む。」そんな壮大なコンセプトで展開するCM。この「鹿児島に、挑む」篇では、徹底的に鹿児島弁で攻め込まれます。ご当地名物「しろくま」「きびなご」とローカル色が満載。英国の特撮テレビ番組『サンダーバード』を彷彿とさせるクリエイティブは、コミカルでテンポがよく見飽きない、とてもクオリティの高いCMです。

(3)山形県/ZEST GROUP(ゼストグループ)

 可愛らしい女性たちがこちらに向かって語りかけてくるのは、どうやら山形弁。聞きなれない人にとっては頭に「?」が浮かびますが、どうやら「行かないとね」と言っているようです。CMの最後には、そんな彼女たち「ZEST GIRLS」から世の中のお父さんたちへ「大サービス」が待っています。

 いかがでしたか? パチンコホールのCMだからこそ成立することが、きっと納得できることと思います。


 今回は、テレビCMを使ったエリアマーケティングの話として、パチンコホールの展開を取り上げました。これは、地域性の高い「量販店チェーン」や「百貨店」、「アミューズメント施設」などにも当てはまります。

 そういった意味では、企業側も「エリアを考えたテレビCMの上手な使い方」を今一度、考えて効率を再検証してもよいかと思います。

 そして視聴者の皆さんは、「このCMは、誰を対象にしているのか」だけでなく、今後「どこのエリアをターゲットとしているのか」を考えるのも、いろいろなCMを見るうえで楽しいかもしれません。
(文=鷹野義昭/CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター)

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