2015年11月13日、フランスのパリで同時多発テロが起き、130人以上が死亡した。この衝撃的な事件は、私たちが、この世界に生じているさまざまな矛盾(富の超一極集中、貧困、戦争、環境破壊、異常気象など)から逃れられない事実を突き付けたといえる。



 国内においては、昨年9月の安全保障関連法の成立により、戦後の安全保障体制はターニングポイントを迎えた。また、相続税や消費税の増税など、政府による国民の富の収奪は激しさを増している。

 このような状況に対して、「諸悪の根源は、世界の中央銀行を支配しているロスチャイルドら国際銀行家にある」という説が、一部で流布している。株価や為替の変動も、戦争も、大統領選挙も、世界の政治や経済を動かす大きな出来事の裏には、国際銀行家の「陰謀」が存在するというものであり、そうした陰謀論者は、「問題を解決するには、彼らから通貨発行権を奪って政府に移すしかない」と言う。

 しかし、主要国政府は本当に、中央銀行を通して通貨発行権を握るユダヤ国際金融資本家に支配されているのだろうか。本当に、諸悪の根源は彼らにあるのだろうか。

 こうした状況に対して、「信頼に足る陰謀論は、不公正な競争によって富を収奪する勢力から、市民が権利・財産・自由を守り、成功の機会を獲得する上で重要な言論になる」との考えを持ち、文献を中心にさまざまな資料やデータを調査しているのが、「マネー陰謀論を研究する会」だ。

 同会では特に、国内では見逃されている欧米の資料に当たり、中央銀行と通貨発行権問題を検証してきたが、15年12月に、その成果をまとめた『世界金融 本当の正体』(サイゾー)が出版された。

 世界は、本当にロスチャイルド家に支配されているのか? 経済危機を生み出す元凶はなんなのか? 著者であり、マネー陰謀論を研究する会代表の野口英明氏に

・ロスチャイルド家の正体
・陰謀論の判断方法
・世界の金融支配の実態

などについて、話を聞いた。

●世界はロスチャイルド家に支配されているのか

--陰謀論には、世界を支配するという謎めいた集団や一族が登場します。その中でも、圧倒的な人気を誇るのがロスチャイルド家(18世紀ドイツを発祥の地とする、欧州のユダヤ系金融財閥)ですね。マネー陰謀論を研究する会は、陰謀論を尊重する立場ですが、本書では、まるで陰謀論否定論者のように、冒頭でいきなり「ロスチャイルド伝説=ロスチャイルド家が世界を動かしているという説」の真偽をはっきりさせようとしています。


野口英明氏(以下、野口) 最初にお伝えしたいことがあります。陰謀論は、私たち一般市民が、さまざまな出自の人間によって構成された政府上層部(政治家、官僚、彼らと利害関係で結ばれた業界団体のトライアングル)による権利・自由の侵害から自らを守る上で、有力な助けとなる重要な言論です。

 にもかかわらず、世の中には「陰謀論」と聞いただけで眉をひそめ、嘲笑する人たちがいます。言論人の中にも、同様に反射的に「嘘だ」と決めつける人がいます。そんな状況がある中、伝説や思い込み、決めつけではなく、事実を基にした陰謀論を展開することで読者の信頼を得たいという思いから、まずロスチャイルド伝説の真偽に迫りました。その上で、本書のテーマである「中央銀行の通貨発行権による世界支配説は本当なのか」というテーマに取り組んだわけです。

 ちなみに、陰謀論という言葉が負のレッテルとともに広まったのは、アメリカ政府諜報機関の工作によるものです。本書では、「ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の犯人は、政府上層部だ」と主張する陰謀論者に対抗するため、CIA(中央情報局)が陰謀論を貶めるプロパガンダ作戦を指示した文書「一〇三五-九六〇」を掲載しています。

--どんなロスチャイルド伝説を検証したのか、教えてください。

野口 ロスチャイルドを語る上で避けて通れないのが、「ワーテルローの戦いで大儲け伝説」です。1815年6月18日、フランスのナポレオンが英国・オランダ・プロイセン連合軍に大敗しました。その際、当時のロスチャイルド家当主のネイサン・メイアー・ロスチャイルドが、ナポレオン敗北の知らせを独自の密使によっていち早く入手、その情報を隠し、英国債の取引で莫大な利益を上げたというものです。


●「ワーテルローの戦いで大儲け」伝説の真相

--調査の結果、何がわかったのでしょうか。

野口 この伝説は、3点に分けて調べる必要があります。第一に、戦争の結果がロスチャイルド家にもたらした影響です。ハーバード大学教授で経済史が専門のニーアル・ファーガソンは、ロスチャイルド家は連合軍の勝利で「大儲けをするどころか、もう少しで破産するところだった」と指摘し、「彼らの財産は、ワーテルローの戦いによってではなく、この戦いがあったにもかかわらず築かれた、というほうが正しい」と述べています。これがどういう意味なのかは、本書をご覧ください。

 第二は、ナポレオン敗北の情報をネイサンが英国政府に対して隠蔽したのかどうかという点です。実際には、ネイサンは手に入れた情報を直ちに政府に伝えたのですが、「公式情報に反する」として、信じてもらえませんでした。

 第三は、ネイサンがたった1日の債券取引で莫大な利益を稼いだのかどうかという点です。ネイサンは、独り占めした情報によるインサイダー取引まがいの短期売買で儲けたのではありません。終戦が英国の財政と経済に及ぼす影響を分析し、その読みに基づき、周囲の意見に逆らって英国債を辛抱強く保有し続け、17年の末に債券市場が40%余り値上がりした時点で手放した。つまり、長期の投資で利益を得たのです。

 疑似科学や陰謀論を批判するライターのブライアン・ダニングは、ウェブサイト「スケプトイド」で、「ロスチャイルドがワーテルローの戦いで大儲けしたという歴史的記録は、1940年の反ユダヤ的ドイツ映画『ロスチャイルド家』まで存在しない」と述べています。


●ロスチャイルドが中央銀行を支配することはできない

--ロスチャイルド伝説の検証は、これだけではなく、ネイサンの父であるマイアー・アムシェル・ロートシルトの「英国の通貨供給を管理する者が大英帝国を支配する。そして、私は英国の通貨供給を管理している」発言や、「ロスチャイルド一族が米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)を支配している」説などの真偽にも迫っています。

 特に、後者については、ベストセラー陰謀論本が記す、ニューヨーク連邦準備銀行設立時の株主の誤りを指摘した上で、こう述べています。「連銀の株主が民間銀行であるというのは事実である。しかし、民間企業の場合と異なり、ロスチャイルド財閥など外国の銀行が株式を大量に取得し、それによって連銀を支配することは制度上できない」【註:本書では、米国の中央銀行組織を示す言葉として、理由を述べた上で、連邦準備制度理事会(FRB)や連邦準備制度ではなく、連邦準備銀行(連銀)を使っている】

野口 もちろん、連銀が民間銀行からの政治的圧力と無縁というわけではありません。むしろ、第5章「中央銀行と通貨発行権問題の正体」で明らかにしたように、連銀は発足当初から現在に至るまで、米国内の民間銀行から強い影響力を受けてきました。しかし、それを欧州のロスチャイルド家と結びつけるのは、明らかに飛躍しています。

--読者は、これまでとはまったく異なるロスチャイルド像と金融の仕組みに驚くのではないでしょうか。

野口 詳しくは本書に譲りますが、まとめると、連銀は「民間と政府の共同経営」です。元米連邦下院議員で、連銀廃止論者として知られるロン・ポールも「民間企業の最悪の部分と公的機関の最悪の部分を併せ持った特殊な組織」と痛罵しています。いずれにせよ、ずさんな陰謀論者が主張するような「完全な私有企業」というのは誤りです。このように、中央銀行陰謀説には荒唐無稽で事実に反するものが多数ありますが、真実もかなり含まれているので注意が必要です。


--どういうことでしょうか?

野口 そもそも、中央銀行制度の特色のひとつは、銀行間の競争や新規参入を制限し、既存の銀行が一定の利益を確保できるようにすること。一言でいえば、合法的なカルテルです。

--カルテルの成立によって、大銀行は中小銀行や新規参入者との競争に脅かされることなく、融資を大幅に増やすことが可能になったということですね。

野口 銀行間に自由な競争があれば、長い目では健全な経営を行う銀行が生き残る一方、無駄な融資を増やした銀行は倒産し、淘汰されます。しかし、中央銀行制度の下では、貸出金利や預金準備などの競争条件が統制されるため、個々の銀行の経営状態に差がつきにくくなります。

 しかし、それは必ずしも「どの銀行も健全な経営を行う」ということと同義ではありません。むしろ、中央銀行が金利水準を下げすぎたり、預金準備率を過度に低めに設定したりすれば、すべての銀行が一斉に不健全な融資拡大に走ります。

--日本も、1980年代のバブル時代に経験していますね。

野口 それでも、「不健全な経営を行っていると、いつか倒産する」という緊張感があれば、銀行経営者も過剰な融資に歯止めをかけるでしょう。しかし、実際は銀行、特に政治力の強い大銀行が倒産の危機に瀕すると、政府が税金を投入して救済してしまいます。

●政府・中央銀行こそ、経済危機を生み出す元凶

--それが当たり前になると、もはや銀行経営に規律は働かなくなります。いわゆるモラルハザードの状態ですね。


野口 中央銀行の後押しを受けて銀行が過剰に融資を膨らませると、経済にも悪影響を及ぼします。融資の拡大で世の中に出回るお金が増え、それによって企業が投資を増やしたり、個人が消費を活発にしたりすると、一時的な好景気が訪れますが、それは人為的につくり出されたバブル景気なので長続きしません。やがて崩壊し、反動で不況や恐慌を招くことになるのは、歴史が証明しています。

--経済危機は、資本主義の「暴走」が原因という解説をよく耳にします。

野口 資本主義が原因ではありません。政府・中央銀行こそ経済危機を生み出す元凶です。事実、米国における不況は、連銀の設立前より後のほうが頻繁に発生し、その程度も戦前の大恐慌や最近のサブプライム・ショックをはじめ、より深刻になっています。中央銀行の金融政策が景気を安定させるという看板は、偽りだといわざるを得ません。

 ずさんな陰謀論者は、政府が中央銀行から通貨発行権を取り戻せば、不況や貧困など経済問題のすべてが解決すると信じています。しかし、その考えは、中央銀行が私企業に支配されているわけではないこと、政府と中央銀行はすでに一体に等しいことから、間違っています。

 問題の根源は、通貨発行を独占する組織が過剰なお金を刷り、人々の持つお金の価値を薄めることにあります。通貨発行権が中央銀行から政府に移ったとしても、お金を刷る量に歯止めをかけなければ、問題は解決しません。


--日本では現在、中央銀行の日本銀行による異次元の金融緩和政策が採られています。

野口 中央銀行がお金を無制限に刷ることを許すと、政治圧力を受けて政府の野放図な借金(国債)をいくらでも肩代わりできるようになります。そして、現在の日米欧各国にみられるように、軍拡や福祉に金をつぎ込むことで、政府の財政がどんどん悪化するのです。

 経済評論家の中には、「自国通貨建ての借金で財政破綻することはない」と主張する向きがあります。確かに、形式的には正しいかもしれません。政府は中央銀行にお金を刷らせさえすれば、国債の利子や元本はとりあえず払うことができるからです。

 また、増税することで元利払いの原資を集めることもできます。円がいまだに安全資産といわれるのも、こうした手段を使えば、国が財政破綻する恐れは低いと思われているからでしょう。

 しかし、そのツケはいずれ、大増税や超インフレというかたちで国民に押しつけられます。実際、すでにその兆候が表れています。近い将来、年金の受給年齢が80歳からとなり、「支給するのだから、財政破綻はしていない」と強弁される可能性もあります。また「一億総老後崩壊」という言葉もよく聞かれるようになりました。一億人すべてというのは言いすぎにしても、国民の7~8割の生活が破綻したら、それは財政破綻より悪い事態といえます。

●権力を操る企業と、権力を握る政府の共謀を見抜く

--では、どうしたらいいのでしょうか。

野口 本書に着手した時点で、その問いにたどり着くことは必然だったのでしょう。ロスチャイルド伝説の検証から始まり、「では、どうしたらいいのか」の答えにたどり着くまでに、400ページ以上を要しました。

 ずさんな陰謀論者がお金について論じる際、その背後には単純な善悪二分論が見え隠れします。「政府は善、私企業は悪」という思考です。通貨発行権を政府に移せばすべてがうまくいくかのように主張するのは、意識しているかどうかは別として、政府を無条件に善だと考えて信頼するからです。しかし、これはあまりにも無邪気な態度といわざるを得ません。

--強欲なグローバル企業が世界を滅ぼす、という意見も聞かれます。

野口 確かに、過去や現在において大企業が強い政治力を持ち、それを利用して自分たちの利益を上げてきたことは事実です。政府の規制に守られ、割高な商品を売りつけたり、劣悪なサービスを無理に使わせたりして、本来ならとっくに市場から淘汰されるべき大企業がゾンビのように生き残っていたりします。

 そうしたことが可能なのも、権力を持つ政府が協力するからです。つまり、政府が協力しなければ、私企業は影響力を行使したくてもできない。一部の大企業は不公正な利益を得るために権力を操るけれど、権力を握っているのは政府です。本書によって、世界金融の本当の正体に最終決着がついたかどうか、「陰謀論」と聞いて眉をひそめる方にこそ、一読いただき、判断していただければと思っています。
(構成=編集部)

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