3~15歳までの子どもが多くの職業を体験できる「キッザニア」というテーマパークがある。2006年の開業直後から大人気となり、多くのメディアが取り上げたのでご存じの人も多いだろう。

読者のなかにも、自分の子どもや知人が体験した人がいるかもしれない。

 10年目に入り、最近はメディアが取り上げる機会は減ったが、依然として高い人気を保つ優良コンテンツだ。今回はそのモノづくりやコトづくり、人材開発の視点から考えてみたい。

●約90種類の職業が自由に体験できる

 日本国内には06年10月に開業した「キッザニア東京」(東京都江東区)と、09年3月に開業した「キッザニア甲子園」(兵庫県西宮市)の2施設がある。両施設ともに完全入れ替え制で、第1部が9~15時の6時間、第2部が16~21時までの5時間を施設内で過ごすことができる。

 いずれも約1800坪の敷地面積の中に60ほどのパビリオンがあり、体験できるアクティビティは約90種類ある。昨年度(14年4月~15年3月)の来場者数は東京が約85万人、甲子園が約75万人となっており、開業以来の累計来場者数は1150万人に達した。

 入場すると、目の前に広がるのは現実社会の約3分の2の街並みだ。実在する企業がスポンサーとなったパビリオンが並び、1回20~35分、さまざまな職業が体験できる。

 たとえば「ピザショップ」(出展企業はフォーシーズ)では、ピザ職人となってピザをつくり終了後に食べることができる。「飛行機」(同ANA)ではパイロットとなって操縦訓練を受けたり、キャビンアテンダントとして乗客への機内食サービスなどを担当する。

 また「消防署」(同アメリカンホーム・ダイレクト)では消防士となり、火災発生の知らせを受けて防火服に着替え、消防車で現場に急行する。
電気で視覚的につくった炎に包まれた建物に向けて放水して消火活動を行う。ほかにも理容師、ガソリンスタンドのサービススタッフ、宅配便のセールスドライバー、ファッションモデル、マンガ家など、多種多彩な職業が用意されている。実在の建物を模した街並みの中で、実際の職業を体験できるのが特徴だ。

 キッザニアを運営するKCJ GROUP株式会社・経営企画本部・ブランド管理部長兼広報部長の関口陽介氏は、次のように説明する。

「パビリオンは時々入れ替わります。昨年はキッザニア東京に『地下鉄』(同東京メトロ)が、キッザニア甲子園に『ホースパーク』(同日本中央競馬会)が誕生しました。地下鉄では運転士、車両整備員、軌道作業員が体験でき、ホースパークでは実物大のリアルな馬の世話をするきゅう務員、健康管理をする獣医師の職業が体験できるほか、乗馬も体験できます」

 関口氏は大学卒業後に銀座の老舗商業施設・和光やダイヤモンドの加工・卸売会社デビアスなどで販売・マーケティングを学び、KCJ GROUPに転じた後、開業に向けたスポンサー獲得から集客戦略、メディア広報などを担当してきた。

●保護者と離れた「職業・社会体験」で自主性を培う

「キッザニアのコンセプトはエデュテインメント(education+entertainment)で、職業・社会体験というエンターテインメントを通じて、さまざまな学びと気づきを与える空間です。『子どもが主役の街』ですので、わかりやすさと実現性を重視しています」(同)

 その象徴が、ひとつの仕事を終えると報酬として支払われる「キッゾ」という専用通貨だ。受け取ったキッゾは施設内のサービスを受けるときに支払ったり、買い物に使ったり、銀行に預金して次回来場時に引き出すこともできる。仕事をして「稼ぐ」、消費者として「使う」、生活者としてお金を「貯める」――。大人と似た環境を整備して職業体験ができ、成果物や報酬を得るからこそ夢中になり、リピーターも多いのだろう。


「大人が思うよりも、子どもはいろいろなことを考えています。年齢による興味を持つ職業の違いをよく聞かれますが、年齢よりも個人による差が大きいです。機械系の職業を選ぶ子もいれば、リピーターのなかには、必ず毎回新聞記者を体験するといった子もいます」(同)

 自主性を促すために、基本は保護者から離れての参加だ。大半のパビリオンが1回につき5~6人の定員なので、仲良しグループでの参加は難しく、その場で集まった同士の参加となる。中学生が一緒に参加した幼稚園児の制服の着脱を手伝うこともあるという。スーパーバイザーと呼ぶスタッフは、あまり口出しせずに体験サポートに徹する。先生や保護者がいない場所で、自分で考えて自由に行動できる仕組みだ。

 そんなキッザニアの開業エピソードについても簡単に紹介しよう。もともとの創業地はメキシコで、メキシコ人のハビエル・ロペス氏が35歳の時、1999年に設立した。

 キッザニア東京は海外拠点の第1号で、きっかけとなったのは日本ダブリュー・ディー・アイ(現WDI)元社長で現KCJ GROUP社長の住谷栄之資氏の問題意識だった。

「前職では社員研修を担当する機会が多く、業務に関する知識やスキルを教えることはできても、『自ら問題意識を持ち、本当のホスピタリティを持って他人と接することを社内研修で教えるのは難しい』と感じていました。言われたことはこなすけど、自ら進んでやろうとしない若者が増えた風潮も気になっていました」(住谷氏)

 社長退任後もそうした問題意識を持っていたところ、米国人の知人から「メキシコに面白い施設がある」とキッザニアの存在を聞いた。
そこで当時4歳と7歳だった孫を連れて現地に行き体験させたところ、スペイン語がわからないのに目を輝かせて楽しんだという。「これを日本に導入して職業体験に一石を投じたい」と行動を起こし、実現させたのだ。

●早い時期からの職業体験効果が、今度どうなるか

 同社を取材する直前、毎年恒例の「大人になったらなりたいもの」(第一生命保険調べ)の最新調査が発表された。結果は男の子の1位は6年連続でサッカー選手、2位は野球選手、女の子の1位は19年連続で食べ物屋さんだった。男の子では電車・バス・車の運転士、医師、消防士・救急隊などもランクインし、女の子は看護師、お店屋さん、デザイナーなどもランクインしている。

 サッカー選手や野球選手、食べ物屋さんは、子ども時代から地域クラブや自宅での手伝いなどで体験できるが、多くの職業は体験することが難しい。キッザニアのような職業体験型施設はそうしたニーズに対応できる一面もある。

 新たな取り組みも始まった。昨年には同社と東京大学大学院教育学研究科(牧野篤教授)が共同で「キッザニア効果」を調査した。調査前に同教授は、「仕事体験をすることで、子どもの自己肯定感が高まるだろう」と仮説を立てた。実際にはそれもあったが、「親子(保護者)関係に強く作用していた」という。

 見守る親や保護者が、子どもと目が合うと相づちを打ったり、終了後に「よくがんばったね」とほめるといった効果だ。
親や保護者は子どもの仕事体験を通して、その成長を感じるのだそうだ。

 こうした教育効果や共同研究はまだこれからの段階だが、開業から10年たち、当初に小学校高学年で体験した子どもが実社会に出始める年齢となってきた。「1~2回体験したくらいでは大した影響は出ない」という意見もあるだろうが、「子ども時代の体験は大人になっても色濃く残る」一面は見逃せない。

 主に大学生向けに実施されるインターンシップ体験と比べ、幼い頃の職業体験が職業選択や人格形成においてどのような影響を及ぼすのか。学校や教育団体の注目度も高く、14年度は約1400の学校が来場したという。KCJ GROUPも英語教育や金融教育などのプログラムを開発して訴求している。

 企業現場では、若手社員に「本当の専門性とは何か」を教育する時代となった。少なくとも「自ら考える」「自分で行動を起こす」という視点で、子どもの時期の職業・社会体験がもっと研究開発されていく価値はありそうだ。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

編集部おすすめ