●デ・ブランディングとは
デ・ブランディング(debranding)とは、ブランド名を使わないブランド戦略のことです。ある場合には、ブランド名を使わずロゴやマークだけでマーケティングを行うケース、また、親ブランドを隠すブランド戦略もここに含まれます。
このコンセプトが話題になったのは、コカ・コーラ社の「Share a Coke(コークをシェアしよう)」キャンペーンにおいてです。2011年にオーストラリアで発案・実施され、13年に英国など欧州と日本で、14年に米国で、また15年にはタイなどのアジア諸国でも展開されています。日本では人の名前ではなく西暦の年号が入れたイヤーボトルの年にヒットした曲を中心に10曲がプレゼントされる「Share a Coke and a Song」というかたちで展開されました。
このキャンペーンでは、ふだんコカ・コーラのロゴが記載されているラベルの中心部分に、購入者がBettyやJeffといった人のファーストネーム、あるいはFriends やFamilyといったなじみのあるワードを書き込むことができる「ネームボトル」が使用されました。このキャンペーンは世界的に成功をおさめました。
驚くべきことは、巨大なソフトドリンク市場をもつ米国で、コカ・コーラは14年の8月までの12週間に、売上量で0.4%、売上金額で2.5%も増加させたことです。売り上げが下降し続けてきたこの11年間で、初めてそれが上昇に転じた出来事だったのです。つまりコカ・コーラにとっては画期的なキャンペーンだったといえます。
●なぜ成功したのか
成功のひとつの要因は、パーソナライズされたボトルが、フェイスブックやツイッター、ピンタレストなどのSNSなどで写真付きで拡散され、口コミを通じて話題が喚起されたことにあります。
ある若者は「結婚してください」というプロポーズの言葉をこのボトルでつくり、それを冷蔵庫に並べ、ガールフレンドにそれを発見させて成功したというので話題になりました。また、ちょうどロイヤルベビーが産まれた英国ロンドンでは、ピカデリーサーカスに「Share a Coke with Wills and Kate」というデジタルサインが掲示されて話題になりました。つまり、ボトルに記された企業名ではなく「パーソナルタッチ」が、消費者に大いに受け入れられたのです。
前述のとおり、これはデ・ブランディング=ロゴからブランド名を消したキャンペーンの成功事例として、のちに語られるようになりました。
といっても、この場合、ブランドが完全に消されたというわけではありません。コカ・コーラという著名ブランドの、それもよく知られたコンツアーボトルのラベルに人の名前が印刷されているので、ある意味では強いブランドによって支えられたキャンペーンであるともいえます。
しかしながら、コカ・コーラのもっとも重要な資産であるブランド名にとってかわって、ラベルの真ん中に別の名前が載るということは、それ自体画期的な出来事だったといわなければなりません。ブランド名の露出がマーケティング活動上、もっとも優先されるとは限らないことをこのケースは示しています。
ここからわかることは、デ・ブランディングとは、マスプロダクトである商品から「コーポレート」色をいったん払拭し、パーソナルなタッチを回復するための戦略であるということです。こうすることで、消費者間のコミュニケーションと絆が促進され、結果として商品も売れるということなのです。
●ナイキとスターバックス
このほかのデ・ブランディング事例をみてみましょう。実はデ・ブランディングの最初と考えられる事例は、20年ほど前にさかのぼります。
それは1995年に米ナイキが自社のロゴからブランド名を取り去り、スウッシュ(Swoosh)と呼ばれるマークだけに変化させたことです。このとき、ナイキはすでに確立したブランドとなっており、そのマークはよりシンプルになり視覚的に見やすいデザインになりました。
似た事例が、米スターバックスにも見られます。
これらの事例に共通していることは、ひとつにはブランドがよく知られるようになり確立したとき、ブランド名を取り去ってマークだけで顧客への露出を図るという意思決定がみられることです。
もう一点、これらの事例で共通していることは、ナイキもスターバックスも、自社の商品カテゴリーを拡張して、より広い商品ラインを提供しようとしていた時期に当たることです。すなわち、ナイキはアスリートシューズだけでなく、さまざまな運動用具やファッションを提供しようとしていましたし、スターバックスもコーヒーだけでなく、フードなどのサービスを拡張しようとしていたのです。
ここから、デ・ブランディング戦略とは、それまでの自社のありようをいったん否定して、新たな装いで新しい価値を提供しようとする時期に有効な戦略であることがわかります。
●3番目のデ・ブランディング
デ・ブランディング戦略は、実は上記の例だけにとどまりません。それは、親ブランドを戦略的に「隠す」戦略です。
トヨタ自動車は「レクサス」を発売しています。このケースは、米カリフォルニア大学バークレー校ハースビジネススクール名誉教授・デビッド・アーカー氏の用語を借りれば「シャドー・ブランディング」と呼ばれたりもします。つまり、レクサスは独立したブランドでありながら、トヨタというビッグブランドを背景にもっており、トヨタがレクサスを「陰ながら」支えている、という構図になります。
こうしたシャドー・ブランディングも含めて、デ・ブランディング戦略を考えてみたいです。前述したコカ・コーラ、ナイキ、スターバックスのケースは、ブランドをまったく隠してしまうわけではなくて、ブランドの露出の仕方を変更した事例です。
しかし、レクサスの例は、ある意味で「積極的に」親ブランドを隠しています。もちろんレクサスがトヨタのブランドであることは、大半の人が知っており、そのブランドを保有する企業の存在があるからこそ、レクサスはいっそう素晴らしいブランドであるわけです。こうしたより戦略的なデ・ブランディング戦略に、今後は注目する必要があります。
その理由は、ブランドや企業のM&A(合併・買収)が盛んになるにつれて、ブランドは親ブランドとは無関係に売買され、新しいオーナーのもとに育成されるケースが多くなっているからです(レクサスの事例はM&Aによるものではありません)。
たとえば、カネボウは花王のブランドであり、ボルボ(乗用車)はかつての米フォードの保有を経て現在は中国・吉利汽車の保有であり、ジャガーとランドローバーは同じくフォードを経て、現在はインド財閥系のタタグループに属しています。スポーツ飲料・エナジードリンクのルコゼードはもともと英グラクソ・スミスクラインの保有でしたが、現在はサントリー食品インターナショナルが保有しています(日本未発売)。ネスレのキットカットはもともと英ロントリーという企業のブランドでした。
これらの事例にみられるように、個別ブランドは親ブランドとは切り離されて、親ブランドを隠す(あるいは、積極的には明らかにしない)という意味でのデ・ブランディングを行わなくてはいけない状況が増えています。そこにおいて、シャドー・ブランディング、つまり親ブランドをそこはかとなく示すやり方、あるいはまったく隠してしまう戦略の2つが選択肢としてあります。
デ・ブランディングは今後、多くの企業が取らなくてはならない戦略として、検討しなければいけない課題になってきたといえます。
(文=田中洋/中央大学ビジネススクール教授)
【参照文献】
Debranding: why Coca-Cola's decision to drop its name worked
The Guardian 2013/Aug/6
'Share a Coke' Credited With a Pop in Sales
Marketing Campaign That Put First Names on Bottles Reversed Downward Slide Sept. 25, 2014
The Share a Coke story
#ShareaCoke Marriage Proposal Goes Viral