2月2日夜、元プロ野球選手の清原和博容疑者が覚せい剤を所持していたとして現行犯逮捕された。警視庁の家宅捜索により、清原容疑者の自宅からは0.1グラムの覚せい剤が見つかり、本人は使用していたことも認める供述をしているという。
清原容疑者の自宅からは、使用形跡のある覚せい剤吸引用のパイプや注射器などが複数見つかっている。また逮捕後、真冬にもかかわらず薄着で汗をかいている様子から、重度の麻薬依存を指摘する声もある。かつて一世を風靡したスーパースターでも、一度覚せい剤に手を出すと抜け出すことはできないのか。覚せい剤の恐ろしさについて、薬剤師で栄養学博士の宇多川久美子氏は次のように解説する。
【覚せい剤とは】
覚せい剤には、メタンフェタミンとアンフェタミンとがあります。メタンフェタミンは、日本でエフェドリンから合成されたものです。エフェドリンは咳止め効果のある生薬の麻黄(マオウ)の成分で聞いたことがある方も多いと思います。
覚せい剤とほかの薬物(コカインやヘロイン、大麻など)との決定的な違いはその製造方法にあります。それは覚せい剤がまったくの化学化合物であるという点です。そのため、分子構造が安定しており、なかなか分解されず長い間体内に残るため乱用者にさまざまな中毒症状を生じさせるのです。
手造品であって「ストリートスピード」の名で知られる覚せい剤をはじめ、多くの密造覚せい剤はラクトース(lactose乳糖)、エプソムソルツ(エプソム塩といわれる嘔吐剤)、キニーネ、殺虫剤、写真の現像液、そしてストリキニーネなどが混ぜられていることがあります。
覚せい剤に耐性ができてしまっている人は、効き目の弱いクスリでは満足できず、こうした夾雑物がいろいろ入っているものに手を出すケースもあります。
覚せい剤は経口摂取、鼻腔内より吸引、注射などの使用方法がありますが、最も危険な方法は注射することです。この方法は多くの重度の乱用者の間で最も好まれているようです。循環器系統に直接入り込むことによって「瞬時に」快感を生じるので、「スピード」と呼ばれています。
メタンフェタミンは無臭の結晶で水に溶けやすい性質がある、いわゆる「シャブ」です。ほかにも精製の度合いによって「クリスタル」「アイス」などとも呼ばれています。
メタンフェタミンは1941年ごろ「ヒロポン」などの販売名で発売され、第二次世界大戦時には軍需工場の労働者が徹夜作業を行う際に服用していたといわれています。戦後、大量の覚せい剤が民間に放出され、敗戦の虚無感もあり享楽の手段として乱用されました。54年には史上最高の5万5000人が検挙された記録があります。
【覚せい剤を使用すると、どんな状態になるか】
覚せい剤を使用すると、なんでも自分の思いのままに操れるような高揚した気分になります。まるで超人になったような強烈なバイタリティーを感じ、食欲や睡眠欲がなくなります。
初めて使った人のなかには、思っていたようなすごい高揚感ではなく「こんなものか」という感想を持つ人も多いようです。「少し気持ちがスッとした」という程度で、これならすぐやめられると思うようです。だからこそ、また安易に手を出してしまうのです。
【どのような副作用があるか】
薬の効果が薄れるにつれ、気分が落ち込み、不安と狼狽、混乱が一気に押し寄せます。乱用を続けると、高揚感と混乱を繰り返すことになるため、ひどい疲労感といらいらに襲われ、それから逃れるためにまた覚せい剤に手を出すことになります。
そのうち慢性的な精神症状として、幻聴、幻視、幻臭など五感に異常が現れます。続いて妄想、不安、不眠、鬱へと移行してゆきます。さらにこの頃になると、覚せい剤を摂取していないにもかかわらず、使用時と同様の感覚がよみがえったり、禁断症状のように突然不安感や幻覚に襲われるようにもなります。これを「フラッシュバック」といい、薬物をやめても精神に異常を来す原因となっています。
覚せい剤を使用したときの身体的変化としては、心拍数、呼吸回数、血圧の上昇、瞳孔の散大、食欲減退などがあります。乱用者は発汗、頭痛、かすみ目、めまい、不眠、不安なども経験します。
覚せい剤を長期乱用すると、幻覚、妄想、パラノイア(偏執病)などを含む精神異常(サイコシス)を生じることがあります。また、当然栄養の障害から諸々の疾病や細菌感染などが生じやすくなります。注射器を使っている場合には、注射針からの感染としてはウィルス性肝炎による肝機能障害のほか、エイズも心配されます。また水に溶けない不純物を含んだ覚せい剤を注射してしまうと、細い血管に詰まったり、血管を脆弱化させたりする原因となるほか、腎臓病や肺機能障害をも引き起こします。
【睡眠剤との併用】
乱用のパターンでは、睡眠薬バルビツレートとの併用があります。アンフェタミンと交互、あるいは組み合わせて使う場合もあります。覚せい剤を使用してすっかり目が冴えて眠れなくなったときに、自ら鎮静化させる目的でバルビツレートを使用するといった使い方がその一例です。
再び高揚した気分を味わいたいときには、また覚せい剤を使いますので、覚せい剤と睡眠薬を交互に使用するサイクルがつくられることになります。アンフェタミン類とバルビツレートを使用することで、それと気付かないうちにバルビツレートの中毒になってしまうことがあります。食欲不振は拒食症へと進行し、食物をまったく受け付けなくなったり、体重が極端に減少し、物を飲み込むことさえできなくなったりします。
さらに、バルビツレートが凶暴性の誘因となるのみならず、覚せい剤がその凶暴性を実行させる起爆剤として働いてしまうこともあります。
【やめるためにはどのような治療が必要か】
覚せい剤依存症を解消する特効薬はありません。覚せい剤をやめるために精神科を受診して薬を処方されることもありますが、なかには相性の悪い薬もあり、薬を飲むとかえって具合が悪くなってしまうことも多いようです。
「治す」というよりは、依存症を糖尿病や高血圧症のような慢性疾患としてとらえて、薬物を使わない生活を続けるという自己コントロールの継続が目標となります。そのためには、それまでの薬物使用に関係していた状況(人間関係、場所、お金、感情、ストレスなど)を整理・清算し、薬物を使わない生活を持続させることが必要です。
薬物依存症にも認知行動療法の有効性が広く認められていますが、本人が「もう二度と覚せい剤を使いたくない! 使わない!」と強く決心していても、今まで薬物を使っていた場所や、その場のにおいや音など、思い出すきっかけが少しでもあると、また使いたくなってしまうという「条件反射」が出来上がっています。したがって、この条件反射による「渇望」と常に闘い続けることになります。
条件反射を抑制するための訓練としては、「条件反射制御法」があります。
・第1ステージ:キーワードアクション
これから覚せい剤を使用しない時間が続くのだという負の条件反射を設定する
・第2ステージ:疑似摂取
疑似注射器を使って覚せい剤摂取のマネをしながら、体には快感がないという経験を積み上げていく
・第3ステージ:想像
自分が覚せい剤を使用していた典型的な一日を詳細に作文に書いて、それを読み、あえて自分自身を覚せい剤の渇望を引き起こす刺激にさらす
・第4ステージ:維持
これまでの条件反射制御法による治療を定着させ、維持していく
このように、少しずつステップアップしながら治療していくのですが、患者一人で持続することは困難なのが現状です。持続させるためには、これらを体系的に習得させてくれる医療施設や相談所に通い続けることも必要ですし、薬物依存症リハビリ施設のダルク(Drug Addiction Rehabilitation Center)や薬物依存からの快復を目指す者たちの集まりであるNA(Narcotics Anonymous)などの自助活動に参加し続けながら、薬物を使わない生活と新しい仲間をつくることが大切です。
覚せい剤をやめるためには、受け入れてくれる弁護士、精神科医、支援団体などとの連携、そして本人の強い意志が必要です。
【治療後はどうなるか】
多くの場合、覚せい剤を周期的に使用して2~3カ月たつと、幻覚、被害妄想などの病的症状が出てきます。覚せい剤による精神病は発病後、早期に治療すれば比較的容易に治りますが、すぐ治療に結びつかないことがほとんどなので、長期間使い続けることで幻覚などが慢性化・固定化してしまい、完全に治すのは非常に困難となります。
また、早期に治療して治った場合でも、覚せい剤の反復使用による脳内の変化は持続していて、症状が再燃する可能性はとても高いのです。一度、幻覚・妄想などの症状が出てしまうと、その後は治療によって治っても、覚せい剤を少量再使用しただけで以前と同程度の症状が容易に再燃し、時には覚せい剤を使用しなくても、大量の飲酒や心理的なストレスが契機となって、精神病の症状が容易に再燃するフラッシュバックが起こります。
このように、薬物の乱用の害は半永久的に続きます。治療によって表面上は回復しているかにみえても、精神異常が再び起こりやすい下地はずっと残ってしまうのです。
【ダメ。ゼッタイ。普及運動】
「ダメ。ゼッタイ。普及運動」は、新国連薬物乱用根絶宣言(2009~19年)への支援事業の一環として官民一体となり、国民一人ひとりの薬物乱用問題に関する意識を高めるとともに国連総会決議に基づく「6・26国際麻薬乱用撲滅デー」の周知を図ることによって、内外における薬物乱用防止に資することを目的としています。
(注)昭和62年(1987年)に開催された「国際麻薬会議」の終了日の6月26日を「国際麻薬乱用撲滅デー」とし、各国がこの宣言の趣旨を普及する日とされた。また、平成10年(1998年)の国連麻薬特別総会においては、「薬物乱用防止のための指導指針に関する宣言」(国連薬物乱用根絶宣言)が決議された。
【近年の薬物情勢】
2012年中の少年及び20歳代の覚せい剤事犯の検挙人員は2131人と、5年前の65.8%(07年3239人)、少年及び20歳代の大麻事犯の検挙人員は809人と、同じく5年前の50.1%(同1614人)の水準にまで減少するなど一定の成果が見られましたが、薬物情勢全体について見ると、覚せい剤事犯の検挙人員は1万1842人に上り、5年前と比べても横ばいで(同1万2211人)、高止まりの状況にあるほか、再犯者率は61.1%と60%を超え、5年前から5.4ポイント増加し、過去15年間で最高を更新しました。
また、近年は「合法ハーブ」等と称して販売される薬物が蔓延し、これを使用した者が二次的な犯罪や健康被害を起こす事例が多発しています。この種の薬物に対しては、06年の薬事法改正により指定薬物制度が導入されましたが、指定薬物に指定しても新たな未規制の類似物質が次々と出現することに加え、店頭、インターネット等を通じ、容易に入手することが可能となっています。
指定薬物及びこれを含有する物は医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律において、疾病の診断、治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがないと判断される以外の用途に供するための製造、輸入、販売、授与、所持、購入又は販売若しくは授与の目的での貯蔵、若しくは陳列は禁止されており、これらについては、同法に基づき3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金、又はこれを併科(業として行った場合は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金、又はこれを併科)すると規定されています。
【危険ドラッグの乱用の根絶のための緊急対策】
14年、危険ドラッグに起因する死傷事件・事故が相次ぎ、同年6月には東京・池袋において1人が死亡し6名が重軽傷を負う交通死亡事故が発生しました。
こうした状況のなか、危険ドラッグによる被害を防止するため、14年7月、薬物乱用対策推進会議において、「危険ドラッグの乱用の根絶のための緊急対策」が決定され、政府一丸となって対策を講じることとなりました。
政府の「緊急対策」を受け、地方厚生局による検査命令の実施など、関係機関が連携して危険ドラッグ対策に取り組んだ結果、14年3月時点で全国に215店舗存在した危険ドラッグ販売店は、15年7月に全滅したとされています。
また、インターネット上で危険ドラッグを販売しているサイトを発見した場合にも、プロバイダ等に対してサイトの削除要請を行い、14年12月から15年7月までの間に235サイトに削除要請を行い、189サイトが閉鎖又は危険ドラッグの販売を停止したようです。
【再乱用防止対策】
覚せい剤事犯検挙人員の約6割は再犯者であり、再乱用防止対策の強化が喫緊の課題です。薬物の再乱用防止を図るためには、薬物中毒・依存症者に対する対策だけでなく、薬物の中毒・依存に至る前の乱用の段階から、それぞれの薬物乱用者に応じた早期の対応を行うことが重要となっています。また、薬物依存に至った者の再犯防止を図るための対策としては、13年6月に刑の一部の執行猶予制度を導入する法律が制定されました。これによって病院に入院しての治療も受けやすくなりました。
これらを踏まえて、効果的な治療回復プログラムの開発・普及を推進して、関係機関・団体が連携を密にして、薬物乱用者の社会復帰支援や、薬物乱用者の家族への支援を実施していく必要があります。
【薬物の密輸阻止】
覚せい剤など、我が国で流通する乱用薬物のほとんどは外国から密輸入されたものと考えられることから、薬物乱用の根絶を図るためには、その需要の削減を図るだけでなく、供給を遮断することが重要となります。密輸入事犯については、覚せい剤密輸入事犯の摘発が高水準で推移しているほか、外国人が摘発されることが多く、とりわけ近年は薬物の仕出国・地域、ルートが多様化し、従来のアジア・北米を中心とした地域だけでなく、欧州、中近東諸国、アフリカ、中南米を仕出地とする摘発が増加しています。
また、12年の覚せい剤押収量は482kgと過去5年間で最多となったほか、末端価格が値下がり傾向で推移していることから、国内における覚せい剤の安定した供給がうかがわれるなど、依然として厳しい情勢にあります。このため、これまで以上に幅広い諸国との間で連携を強化し、薬物の密輸阻止に向けた国際的な連携・協力体制を構築する必要があります。
【覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?】
現在、薬物乱用問題に関しては「『ダメ。ゼッタイ。』普及運動」が展開されています。
かつて、日本民間放送連盟の麻薬撲滅CMで「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」というコピーがありました。覚えている方も多いと思います。筆者は今でも鮮明に覚えているくらい衝撃的なCMでした。かなりインパクトのあるフレーズですが、これを耳にすることで「覚せい剤に手を出すと人間をやめなくてはならないのだ」という怖さを、若年者の潜在意識にも深く刻み込むことができるのではないでしょうか。
最近の有名芸能人や野球選手の逮捕のニュースを見ても、「初犯なら執行猶予がつく」「逮捕されるなんて運が悪い」といった声を耳にしますが、そこには薬物に対する恐怖感というものがまったく感じられません。
不自由なく物が手に入ってしまう時代、覚せい剤も簡単に手に入ってしまいます。薬物は加害者と被害者で成り立つ、負の連鎖です。絶対に手を出さないということを徹底しなければなりません。
そのためにも「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」と、もう一度、問い直すことが必要なのではないでしょうか。
(構成=編集部、協力=宇多川久美子/薬剤師・栄養学博士)