3月25日の開幕に向けて、プロ野球はオープン戦の真っ最中だ。各チームの主力をはじめ、オコエ瑠偉選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)など、期待の新人の名前がメディアを賑わせることも多く、新たなシーズンへの期待が否応なく高まっている。



 そんな中、今もたびたび現状が伝えられ、大きな反響を呼ぶ選手がいる。“ハンカチ王子”こと斎藤佑樹投手(北海道日本ハムファイターズ)だ。キャンプ序盤の紅白戦やオープン戦に登板した際には、打ち込まれたにもかかわらず、関連記事が「Yahoo!ニュース」のトップに躍り出るなど、相変わらずの人気ぶりには舌を巻く。

 斎藤は、早稲田実業学校高等部3年の2006年夏、甲子園球場で行われた全国高等学校野球選手権大会決勝で、田中将大投手(現ニューヨーク・ヤンキース)擁する駒大苫小牧高校と対戦。大熱戦の末に延長15回引き分けとなり、翌日の再試合に勝って全国制覇を果たした。

 その時、マウンド上でハンカチを出して汗を拭く姿が人気を呼び、「ハンカチ王子」という呼び名とともに、早稲田大学、日本ハムとステージが変わっても注目され続けてきた。

 しかし、10年のドラフト1位でプロ入りした後の成績を振り返ると、1年目の11年は6勝6敗、翌12年は5勝8敗。以降は右肩の故障もあって1軍での登板機会はめっきり減り、成功しているとは言いがたい。

 そのため、世間の目は必ずしも温かいものばかりとは限らないが、今も多くの人が斎藤の投げる姿に注目する現実には、ただ驚くしかない。

●大谷翔平に群がる報道陣、その脇を歩き去る斎藤佑樹

 実際、斎藤を取り巻く報道現場の空気感は、プロ入り当初とはだいぶ変化した。今や、日本ハムの報道の主役は、完全に大谷翔平選手にシフトしている。

 身長193センチの大谷が動けば、その後ろには多数のカメラマンが列をなすように続き、囲み取材では人が何重にも織りなして大きな輪ができる。
時には、その脇を斎藤がたった1人ですり抜け、足早に移動する姿も見られるようになった。

 とはいえ、現在も斎藤には登板後などのタイミングで会見の場が用意され、多くの報道陣が集まる。ただ、取材での受け答えは入団当初から一貫して「当たり障りのない内容」に終始しており、大胆なリップサービスなどは少ない。甲子園で全国的な注目を浴びて以降、マスコミに対しては警戒心をゆるめず、一定の距離感で接している印象だ。

 ときどき、現実を無視したかのような前向きすぎるコメントを発して、ファンの間で“プチ炎上”することがあるが、斎藤は元来ポジティブ思考で、強気なコメントは“素”で出ているにすぎない。

 チームの練習を見ていても、“スターかぶれ”で特別浮いた存在というわけでもないため、ある意味“普通の選手”になりつつあるのが現状だ。

 そのような状況を踏まえると、やはり、甲子園で優勝した時の印象があまりに強烈で、その勇姿が野球ファン以外の人々の脳裏にも焼き付いていることが、今も注目を浴びる一番の要因と考えられる。

 その結果、斎藤のニュースは自然と人々の関心を集める。メディア側は、人々の関心が高いことを見越して、定期的に斎藤の情報を発信する。それが、現在の斎藤を取り巻く環境というところだろうか。

●里崎氏「対戦した感覚は、普通のピッチャーの1人」

 では、同業のプロ野球選手は、斎藤の存在をどのように見ているのだろうか。元千葉ロッテマリーンズの強打の捕手として、現役時代に同じパシフィック・リーグで対戦経験のある里崎智也氏(千葉ロッテ・スペシャルアドバイザー)は、「特別な意識をせずに打席に立っていた」という。


「正直なところ、普通のピッチャーの1人という感じでした。先発ローテーションの一角として、シーズン中に何度も対戦するピッチャーであれば、かなり意識して対策を練ります。しかし、対戦機会が少なかったので、試合前のミーティングで直近のデータを見て、傾向をチェックする程度でしたね。

(斎藤)佑ちゃんに限らず、ローテーション入りしていないピッチャーの場合は、みな同じです。彼の攻略を考えるより、ダルビッシュ有(現テキサス・レンジャーズ)や武田勝など、当時の日本ハムの主力ピッチャーの情報を整理するほうが重要でしたから」(里崎氏)

“普通のピッチャーの1人”としての評価も、決して高くはない。

「バッターの力量によって見解は違うと思いますが、私にとっては、“ストレートを待っていて、変化球が来ても対応できるタイプ”でした。変化球はスライダーとフォークがありましたが、これといって特殊な変化をするわけではないし、コントロールが特別いいわけでもない。

 個人的に、プロで通用するか否かの基準は、対戦相手が『あの選手は、○○がいいよね』と即答できるような、人並み外れた武器があるかどうかだと考えています。でも、佑ちゃんの武器ってなんでしょうか? すぐには出てこないんです」(同)

●里崎氏「敗戦処理から出直して、信頼を勝ち取ればいい」

 大卒入団でプロ6年目を迎える斎藤は、今年で28歳になる。しかしながら、通算14勝という現実にも、里崎氏は警鐘を鳴らす。

「いくら人気選手といっても、プロ野球は実力の世界です。もう、下積みなんて言っている状況ではないでしょう。
本人にはプライドや理想があるのかもしれませんが、プロ野球選手がこの年齢になれば、この先、多少スキルが上がったとしても、ダルビッシュや田中、大谷のような“スペシャルな選手”になれる可能性は低い。そして、本人がそれを自覚しなければ、つぶれるだけです。それならば、現実の中でいかに自分を生かすことができるかを考えるべきでしょう」(同)

 では、15年間の現役生活で1000試合以上もマスクをかぶった捕手・里崎の目線から見て、斎藤が今後、実績を挙げるにはどうすればいいのだろうか。

「簡単ですよ。先発で結果が出ないのであれば、敗戦処理から出直して、地道に結果を残して信頼を勝ち取ればいいんです。大事なのは『1軍でチームの役に立つ』ことであり、そのためには先発でなければいけない理由なんてありません。どんな役割であれ、1軍で数多く投げていれば得られることも多いし、そこで安定感を見せれば、ローテーションの谷間や故障者が出た時に、再び先発のチャンスが回ってくることもあるでしょう」(同)

●斎藤佑樹が開花するために必要な意識とは?

 里崎氏は、“強いところ”より“出られるところ”でプレーすることを強く推奨する。

「これは一般社会でもいえることだと思いますが、大企業の中で埋もれるより、小さくても実戦経験を積める会社でバリバリ仕事をこなしたほうがいいこともありますよね? 私は常にその考え方で“隙間産業”のごとく、現場で役に立つためにはどうするかを考えてやっていました。いわゆる『鶏口牛後』の精神です。これは、プロ野球選手が活躍するためには必要な考え方だと思います」(同)

 現在の斎藤は“落ちる変化球”に活路を見いだしているようだが、今後は、どのようなピッチングスタイルを目指していくべきだろうか。

「私は彼のボールを直接受けたことがないので、それはわかりません。ただ、聞いてみたいんですよ。
『何(の球種)が一番得意なんや?』と。もし、本人の抱く理想と現実にギャップがあるのであれば、まずはそれを埋めないといけません。

 現役時代、あるピッチャーのボールを受けていて『この球種、けっこういいな』と思ったのですが、本人が『あんまり得意じゃないんだよね』と言うことがありました。そこで、『いや、お前が思っているより、すごくいいよ』と伝え、試合で使ったら通用した。それが自信になり、その球種が彼の武器になったことがあります。そのように、周囲と話し合いをすることで、意識や感覚をすり合わせることも大事だと思います」(同)

 良くも悪くも、ファンとメディアによってつくられた人気に支えられてきた斎藤。しかし、いつまでも現状を打破できないようでは、プロの選手として後がなくなることは否めない。あの甲子園での歓喜から、今年で10年目。はたして、人気に見合った開花は見られるのだろうか。
(文=キビタキビオ/ライター&編集者)

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