罪を犯して逮捕され、その後有罪となったら、永久にインターネット上に自分の名前と事件が残り、人生は終了――。そんな世の中が変わるかもしれない。
検索サイト「グーグル」で検索すると、児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕されたという過去の報道が表示されるのは人格権の侵害だとして、当事者の男性が記事の削除をグーグル側に求める仮処分申し立てをした。これに対して、さいたま地方裁判所は「過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」として削除を認める決定を出したことが話題を呼んでいる。
検索結果の削除を認めた司法判断は以前にもあったが、今回は「忘れられる権利」についてはっきりと言及したという点で大きな意味を持つ。
そもそも忘れられる権利とは、具体的にどのような権利なのか。ネット上での誹謗中傷・風評問題に詳しい阿部有生也弁護士は次のように話す。
「忘れられる権利は、EUにおいて『データ管理者に対して個人データを削除してもらう権利』として考え出されたものです。その後、日本においても忘れられる権利という言葉を見かけるようになりました。その意義は『一度、公開された情報を世間に忘れてもらう権利』といった意味合いが一般的かもしれません」
つまり忘れられる権利は、個人的な情報を自らコントロールする権利である「プライバシー権」に類似すると考えられるが、今回さいたま地裁があえて忘れられる権利について言及したのはなぜだろうか。
「これまで、情報の削除などは名誉権やプライバシー権などに基づいて行われ、個人の公開されたくない情報に関しては、プライバシーの侵害との考え方で対応してきました。しかし近年、ネットが広く活用されるようになり、一度情報が公開されると永久に残り続けてしまうという新しい問題が生じました。こうした『いつまでも忘れてもらえない』というネットの特殊な性質のために、情報を公開した時点ではプライバシー侵害がなくとも、時の経過やその後の事情の変化によって、公開され続けている状態が不適切となる場合が出てきたのです」(阿部弁護士)
●グーグルは不服申し立て、高裁へ
今回の事件で申し立てをした男性は、児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金50万円の略式命令を受けたことがある。このような刑事事件の実名報道には公益性があるため、プライバシー侵害はないとも考えられる。
しかし、その一方で報道した記事が残ることは実害が生じると阿部弁護士は指摘する。
「逮捕の事実を公表された人も、執行猶予判決を受けた場合や服役を終えた後は社会に復帰しますから、その後何年も何十年も逮捕歴を公表され続けてしまうと、就職が難しくなるなど社会生活を平穏に営むことが阻害されるという問題があります」(同)
今回の判決でも、「逮捕の報道があった人も更生を妨げられない利益がある」と明確に述べている。
では、ネット社会から生じたともいえる忘れられる権利は、今後普及していくのだろうか。
「忘れられる権利を明らかに認定した本決定が契機となり、今後当該権利が広く認められていく可能性もないとはいえません。しかし、権利自体の内容、表現の自由・知る権利とのバランスなど、議論されなければならない事柄もまだ非常に多いのが現状です」(同)
削除命令を受けたグーグルは仮処分に不服を申し立て、現在東京高等裁判所で審議中だ。忘れられる権利を過度に保護すれば、一方でネット上の情報が一部消滅するわけで、利便性を損なうという不利益が発生するともいえる。
そう考えると、忘れられる権利が名誉やプライバシーと同様に定着するまでには、しばらく時間がかかりそうだ。
また、今回さいたま地裁が認定したのは、「ある程度の期間が経過した後は、過去の犯罪を社会から忘れられる権利」であり、あくまで逮捕歴についての判断だ。常識外れの行為をTwitterやFacebookなどにアップして社会問題化したようなケースにまで適用できる権利かどうかは微妙だ。
忘れられる権利は、ネットによる情報爆発時代に犯した過去の失敗をフォローする有効な武器となるのか。今後の裁判例の展開が注目される。
(文=Legal Edition)
【取材協力】
阿部有生也(あべ・ゆうや)弁護士
宮城県角田市出身。
「敷居が低く、相談しやすい環境」をポリシーに、民事事件・刑事事件とも幅広く取り扱っている。風評被害対策にも力を入れ、個人・企業を問わず、インターネット上での誹謗中傷・風評問題の相談を受け付けている。