先週26日のドバイワールドカップデイでは、武豊騎手騎乗のラニが見事UAEダービー(G2)を制覇した。

 史上初の快挙に日本のファンのメディアが歓喜に沸くと、管理する松永幹夫調教師からは、ダートの本馬アメリカ競馬の最高峰となるケンタッキーダービー(G1)への挑戦が高らかに告げられた。



 そんな輝かしい歴史の1ページの陰で、一部の関係者からは同じくUAEダービーに管理馬を送り込んでいた森秀行調教師の手腕に『称賛の声』が集まっている。

「手腕」と述べても、「出走させたユウチェンジとオンザロックスを海外遠征という難しい環境の中で完璧に仕上げた」という単純な話ではない。森調教師が絶賛されているのは、この2頭を「UAEダービーという舞台に出走させたこと」である。

 今だからこそ言えることだが、今回のドバイ遠征組がJRAより発表された際、ドゥラメンテやリアルスティールといった日本を代表する実力馬の中で、ユウチェンジとオンザロックスの2頭は“浮いた存在”だった。

「何故、こんな馬が選ばれたの?」「一体、ドバイに何しに行くの?」一部のメディアやファンからはそんな声が聞かれ、中には「日本の恥をさらしに行くようなもの」という厳しい意見もあった。

 それも仕方ないかもしれない。2頭の内、成績の優れたユウチェンジでさえ6戦して1勝。朝日杯FS(G1)4着の実績があるが、これはリオンディーズやエアスピネルに4馬身以上離された、いわば“負け組”であり、3着から10着までが0.3秒差という大接戦の中、辛うじて得た4着だ。それも当時は、単勝85.9倍の10番人気での激走だった。

 もう一頭のオンザロックスになると、さらに成績が芳しくない。9戦して1勝。きさらぎ賞(G3)5着の実績があるが、これは僅か9頭立てのレースをノーマークで逃げ粘って、なんとか真ん中あたりでゴールした結果でもある。
ちなみに単勝は170.8倍のブービー人気。勝ち馬のサトノダイヤモンドからは1.8秒、約10馬身突き放されていた。

 一方でUAEダービーを勝つことになるラニは早くからダートの才能を認められ、松永幹調教師が早々にUAEダービーの遠征プランを掲げている。結果によってケンタッキーダービーへの出走も視野に入れていたほどの素質馬だ。

 この通り、森厩舎の2頭は本来であれば海外遠征どころか、日本でクラシックに出走することすら極めて難しい“ダメ馬”だった。だからこそ、ドバイ遠征組に選ばれた際の“お荷物感”は多くの人が感じても仕方のないことだった。

 しかし、森調教師には確かな「狙い」があった。一つはこの2頭が前述したように重賞で掲示板に載った実績があるため、ドバイから招待される可能性があること。そして、もう一つが今年のUAEダービーの出走予定頭数が少なかったことだ。

 結果的に森調教師の目論見はまんまと的中し、賞金総額が「200万ドル(約2億2,000万円)」のUAEダービーは「わずか7頭」で争われることに。さらに森厩舎の2頭も無事に招待を受けることとなったため、「遠征費等の諸経費が、全額ホスト持ちになった」ことも大きい。

 ちなみにユウチェンジとオンザロックスに絶望的な差を見せつけた、リオンディーズやエアスピネル、サトノダイヤモンドらが集う皐月賞(G1)の賞金総額は1億7500万円。
フルゲートなら18頭の争いになる。

 これを見れば、森調教師の手腕……言い換えれば、場所を問わない「グローバルな視点」とプランを実行する「経験と判断力」は、十分に称賛されるべきものだろう。仮に国内に残っていたとしても両頭は、皐月賞に出走することさえ極めて難しい立場だったのだから。

 そして、森調教師の抜かりないところは、そんな日本では力の一枚落ちる2頭の馬に「世界最高のビッグチャンス」を用意するだけでなく、僅かでも上の着順を狙うためJ・モレイラ、M・デムーロという世界最高峰の騎手を手配したところだ。

 結果的に、ユウチェンジは3着に入線した。オンザロックスも5着確保で約650万円をゲット。ちなみにユウチェンジが得た3着賞金約2200万円は、朝日杯FSで4馬身以上ちぎられたリオンディーズの弥生賞(G2)2着の賞金とほぼ同額、3着だったエアスピネルを完全に上回っている。

 無論、これら3頭に力の差があることは確かであり、同世代における立場も目指すところも異なるかもしれない。しかし、森厩舎に馬を預けている馬主からすれば、これほどありがたい話は、そうないのではないだろうか。

 確かに近年の森厩舎は全盛期に比べれば成績は下降し、JRAの重賞勝ちも2010年が最後である。

 しかし、競馬雑誌『優駿』に掲載されていた「中央競馬の枠組みの中で戦っている限り、それは定められた総賞金という“一つの山”を何百人かの調教師で奪い合っている。しかし、その枠組みから外に飛び出していけば、山は一つではない。
賞金の上限はそれこそ無限に近くなる」という森調教師の言葉は、所有馬に1円でも多く稼いでもらいたい中小の馬主にとっては本当に心強い言葉だろう。

 その言葉が示す通り、1998年に管理馬シーキングザパールによるモーリス・ド・ゲスト賞(G1)制覇は、日本調教馬として初めてヨーロッパのG1制覇を達成した偉業。勝負になると思えば地方にも海外にもどんどん遠征する森調教師の姿は、まるで中世の海賊のような逞しさを連想させる。

 そんな森調教師のスタイルは、ただ単にクラシックなどの王道を歩むだけが競馬でないことを改めて示してくれている。

 強い馬が強い馬たちと戦うことこそが、競馬の華であることは確かだ。だが、弱い馬にもただ強者に負け続ける以外の選択肢はきっとあるはずだ。

 森調教師が言うように賞金という“お宝”の山は、決して一つではないのだから。

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