証券アナリストの見立てが株式市場に与える影響は大きい。金融大国の米国では、最も収入が大きい専門職のひとつである。



 日本のアナリストたちが所属する業界団体は、日本証券アナリスト協会。3月17日現在、個人会員が2万6373人いる。厳しい試験を行い金融・資本市場のプロを育てることになっている。

 一口に証券アナリストといっても、その属性からセルサイド・アナリストとバイサイド・アナリストに分かれる。

 業界用語でセルサイドとは証券会社のこと。レポートを書いて株の売買を盛り上げ、自社の手数料収入を増やすことで業績に寄与する。メディアにコメントを寄せたり投資家のための講演会で講師を務めるのがセルサイド・アナリストである。

 一方、バイサイドとは運用会社のこと。運用会社に所属するのがバイサイド・アナリストだ。運用会社は顧客から預かった資産を運用している。仕事はすべて顧客のためにレポートを書くことで、彼らの分析が外部に明らかにされることは、まずない。

 同じアナリストでも、その機能と役割は全然違う。
セルサイドは業績を分析して株価の動向を予想する。一方、バイサイドはファンドマネージャーを陰で支えて、機関投資家が利益を上げるのに貢献する。そのためバイサイド・アナリストは、機関投資家が相場で損を出したりすると職を失う。顧客は多額のフィー(報酬)を支払って資金の運用を委託しているのだから当然のことである。

 アナリストはキャリア・アップ(高い地位と給与)を求めて転職を重ねる。アナリストの職業寿命は15年といわれている。才能と努力が大切なことは言うまでもないが、運と勇気がモノをいう世界でもある。ここぞというときに予測が的中すると、アナリストとしての評価が高まる。不確実な未来を予測するため、長い間高い評価を得ることは極めて困難なのである。

●ランクから姿を消した有名アナリスト

「日経ヴェリタス」(日本経済新聞社/3月20日号)は、『第28回人気アナリストランキング』をまとめた。機関投資家の運用担当者によるアナリストの番付表といえるものだ。上位にランクされると、アナリストの評価が高まる。
アナリストたちは、意外と自分の順位を気にしているものだ。この日だけ「日経ヴェリタス」を購入するアナリストも少なくないといわれている。

 機関投資家によるアナリストの評価基準は「売り・買いの推奨の的確性」だ。買い推奨したり売り推奨した銘柄のパフォーマンス(実績)を業種別ベンチマーク(市場平均)と比較する。それぞれのアナリストの業績予想が同業のほかのアナリストより、どれだけ的確だったかという観点で、各アナリストの部門別と総合力について評価している。

 アナリストの評価は浮き沈みが激しい。例年、トップが入れ替わる激戦部門もあれば、傑出したアナリストが10年以上圧勝を続ける部門もある。

 業種別など個別32部門のランキングを見ると、家電・AV機器、電子部品、自動車、銀行、小売り、商社、中・小型株、REITの8つの部門で、今回トップアナリストの交代があった。

 異変が見られたのは銀行。2015年まで11年連続トップで、2位に倍近い得票差を付けてきた野崎浩成氏が姿を消した。同氏はあさひ銀行出身で、ABNアムロ証券、HSBC証券を経て04年にシティグループ証券に入社。金融セクター担当のアナリストとして活躍してきた。


 だが、15年4月から京都文教大学教授として総合社会学部で経済学と金融論を教えている。野崎氏は「もともと大学で教えることを考えていた。14年間銀行に勤め、アナリストを14年間経験した。人生は一度きり。いろんなことを経験しなければ損」と語っている。

 栄枯盛衰は世の習いである。バークレイズ証券は16年1月27日に日本の現物株取引から撤退し株式調査業務も終了した。精密機械・半導体製造装置部門で5年連続トップの中名生正弘氏(なかのみょう・まさひろ)氏や、運輸・倉庫部門で3年連続首位の姫野良太氏のバークレイズ証券勢は、来年のランキングからは姿を消すことになるのだろうか。

 所属会社別では、みずほフィナンシャルグループが3年連続で首位だった。トップアナリストの人数では、みずほ証券、野村証券、SMBC日興証券が各6人で並んでいる。野村は自動車、銀行、商社で新たにトップアナリストが生まれ、昨年比で倍増の大躍進を遂げた。

●人気アナリスト総合首位は、みずほ証券の渡辺英克氏

 企業アナリストの総合評価部門では、みずほ証券の渡辺英克氏が前年に続き首位となった。
1990年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、野村総合研究所に入社。98年野村證券に転籍、2000年に興銀証券(現みずほ証券)に転職しヘルスケアを担当している。

 渡辺氏は医薬品・ヘルスケア部門で3年連続トップの評価を受けている。中・小型株部門でもトップになった。同氏が高い評価を得たのは、テルモについての見通しが的中したからだ。

 テルモの株価は12年5月30日に2756円まで下落、09年2月以来3年3カ月ぶりの安値をつけた。3月下旬には4000円を上回る場面もあったが、株価が急落したのは5月10日に、12年3月期決算と13年同期の見通しを明らかにしたからだ。13年同期の営業利益の見通しは前期比5%減の600億円と市場予測を大きく下回った。

 アナリストはカテーテルの国内外での成長による増益を期待していたから、減益の見通しが明らかになり、失望売りが出て株価は急落した。

 この時、渡辺氏は「品質システムへの投資は一時的なもの。14年3月期は増益になる」との見通しを示した。そして実際、その通りになった。
テルモの13年3月期の営業利益は会社見通しを大幅に下回る532億円まで落ち込んだが、14年3月期は652億円と大幅な増益に転じた。

 アナリストは四半期決算の数字に目を向けがちだ。渡辺氏は中長期的な視点に立った分析で評価を高めた。これが総合ランキングでトップになった理由だろう。

 総合評価部門で渡辺氏とトップ争いしているのが、ドイツ証券の村木正雄氏だ。証券・保険・その他金融部門で9年連続のトップである。

 総合評価部門では渡辺氏と村木氏が他を圧倒する高い評価を得ている。今後も2人のデッド・ヒートが繰り広げられることになりそうだ。

●市場分析アナリスト木野内栄治氏は「株高」の予想

 東京株式市場は年初から株安が進む。株価がどうなるか気になるところだ。アナリストの予想を見てみよう。

 市場分析アナリストの人気ランキングのトップは大和証券の木野内栄治氏。
13年連続で市場分析部門のトップを獲得している。88年に成蹊大学を卒業、大和証券に入社。大和総研などを経て99年に大和証券に戻る。大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。12年に第28回高橋亀吉記念賞優秀賞を受賞。景気循環学会の理事を務める。

 木野内氏の見立てでは、今年の「日本株は『意外高』の年になる」という。人民元安を起点にデフレが世界に広がる。金融緩和や財政出動などの国際的な協調姿勢が強まり、株式市場に資金が流入することをその根拠にしている。新年度入りしてからも株価が低迷している。木野内氏の言うように今が買い時になるのだろうか。

【業種や市場部門のトップ】

※以下、業種・部門、氏名(所属)、トップ歴

産業用電子機器、山崎雅也(野村証券)、6年連続
家電・AV機器、中根康夫(みずほ証券)、初
電子部品、佐渡拓実(大和証券)、8年連続
自動車、桾本将隆(野村証券)、初
自動車部品、松本邦裕(SMBC日興証券)、7年連続
医薬品・ヘルスケア、渡辺英克(みずほ証券)、3年連続
化学・繊維、竹内忍(SMBC日興証券)、2年連続
ガラス・紙パルプ・その他素材、桑原明貴子(メリルリンチ日本証券)、2年連続
鉄鋼・非鉄、山口敦(UBS証券)、15年連続
機械、齋藤克史(野村証券)、2年連続
精密機械・半導体製造装置、中名生正弘(バークレイズ証券)、5年連続
造船・プラント、大内卓(SMBC日興証券)、5年連続
食品、高木直実(UBS証券)、7年連続
銀行、高宮健(野村証券)、初
証券・保険・その他金融、村木正雄(ドイツ証券)、9年連続
小売り、小場啓司(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)、初
商社、成田康浩(野村証券)、初
建設、水谷敏也(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)、4年連続
住宅・不動産、沖野登史彦(UBS証券)、14年連続
電力・ガス・石油、新家法昌(みずほ証券)、3年連続
運輸・倉庫、姫野良太(バークレイズ証券)、3年連続
通信、増野大作(野村証券)、3年連続
放送・広告、岩佐慎介(みずほ証券)、4年連続
インターネット・ゲーム、小山武史(みずほ証券)、2年連続
ビジネスソリューション、菊池悟(SMBC日興証券)、2年連続
レジャー・アミューズメント、森田正司(岡三証券)、2年連続
中・小型株、渡辺英克(みずほ証券)、初
REIT、鳥井裕史(SMBC日興証券)、初
ストラテジスト、阪上亮太(SMBC日興証券)、3年連続
市場分析アナリスト、木野内栄治(大和証券)、13年連続
クオンツ、吉野貴晶(大和証券)、15年連続
エコノミスト、佐治信行(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)4年連続
(資料:『日経ヴェリタス』<3月20日号>「第28回人気アナリストランキング」)

(文=編集部)

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