「もし、これを『新本』と言って納品していたら、明らかに詐欺じゃないですか?」

 ある専門家から、このように指摘されて初めて選書リストに潜む奇妙さに気づいた筆者は、この問題の深刻さを改めて痛感した。

 佐賀県の図書館が、極めて価値の低い中古本を大量に購入していたことが発覚し、世間を騒がせた事件があった。

その事件から半年強、別の自治体が同じ轍を踏んだ。

 レンタル大手TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が運営する「ツタヤ図書館」として、佐賀県武雄市図書館、神奈川県海老名市立中央図書館に続いて3月21日にリニューアルオープンした宮城県多賀城市立図書館。

 お洒落なレストランやカフェに、レンタルコーナーを備えた新刊書店を併設。開放感のある吹き抜けスペースの奥には、最大34万冊の収容力を誇る高さ4メートル超の高層書架がそびえ立つ。商業施設顔負けの居心地のいい空間を演出した同館では、開業から2カ月足らずで来場者数が30万人を突破(図書館が入るビル全体のデータ)したと、市民の高い支持を得ていることを懸命にアピールしている。

 しかし、そんな表向きの華やかさとは対照的に、リニューアルオープンまでの舞台裏には、偽装や不透明な取引に関する疑惑など、とんでもなくダークな出来事が隠されていた。市教育委員会とCCCの間で、激しい綱引きがあったことすら伺える。

 インターネット上では、同館を訪れた市民からは、「お洒落」「奇麗」「壮観」といった称賛の言葉が数多くみられるが、注意深く読むと、そのほとんどは施設の見た目についてでしかない。図書館の蔵書については、まったく触れられてないか、「本もたくさんあった」「特に探しにくい分類ではなかった」といった程度の感想しか見当たらない。

●異例の選書数3万5000冊

 実は、表面化しなかっただけで、昨年10月に神奈川県海老名市立中央図書館のときと同じく、多賀城市でも選書問題は起きていたのである。

 3万5000冊にも及ぶ選書リスト全文を入手した。その内容を複数の専門家に分析を依頼すると同時に各方面から取材を進め、ようやく全体像がつかめてきた。


 冒頭の表は、多賀城市立図書館が駅前の新しいビルに移転し、CCCによる管理・運営へ移行するにあたって追加で購入された蔵書に関するデータを簡単にまとめたものである。

 15年6月16日から16年3月2日まで、9カ月に11回にわたって数千冊ずつ購入されており、選書リストとしてCCCから市教委に提出された本の総計は約3万5000冊に上る。そのうち、実際に購入・登録された本は3万2000冊だ。

 公共図書館が、一度にそれだけの数の本を購入するのは極めて異例だ。「東京の図書館をもっとよくする会」の池沢昇氏は、次のように指摘する。

「普通、大図書館と呼ばれる蔵書の多い図書館では、書架をいっぱいに埋めることはありません。毎年買い足していって、順次増やしていくのです。一度に揃えてしまうと、数年後には古い本ばかりになってしまうからです」

 池沢氏は、海老名市立中央図書館の選書リストを分析した記事を『みんなの図書館』(図書館問題研究会/2月号)の誌上で発表して、その鋭い分析が話題を呼んだ図書館の専門家である。

 池沢氏の指摘を裏付けるように、蔵書数が同規模の千代田区立日比谷図書文化館(蔵書17万冊)をみてみると、2014年度に購入された図書は4555冊にすぎない。

 多賀城市立図書館の移転前の蔵書は約19万冊、そのうち開架図書は10万冊あった。さらに3万2000冊もの本を購入する必要はあったのだろうか。池沢氏はこう続ける。


「最大34万冊もの収容力を持った新図書館の建物をプロデュースしたのはCCCです。CCCにとっては、書棚にいっぱい本が詰まっているのがすばらしい図書館だという認識なのでしょう。彼らは、海老名でも同じことをしました。書庫をなくして、書庫にあった本まで表に出してすべて開架にしたのです」

 つまり、図書館としての機能や蔵書ラインナップよりも、ギッシリ本が詰まった高層書架の見た目=インテリアとしての「館内風景」を何より重視したともとれる。リニューアル時の追加購入蔵書数は、武雄市図書館で1万冊、海老名市立中央図書館では8000冊だったので、それらと比較しても多賀城市の3万2000冊は並外れた量を購入している。

 毎日数百冊ずつ選書しなければ、この短期間に3万5000冊も選書することはできない。そのような作業をCCCは行っていたということになる。

●中古本を大量購入

 次に、多賀城市立図書館の選書リストをみて驚くのは、第1回~第3回、第5回の一部で選書した1万3000冊が「中古本」である点だ。

 昨年8月、CCCの運営する武雄市図書館がリニューアルした際に仕入れた蔵書の選書リストが、情報開示請求した市民によって公開された。そのなかには、埼玉のラーメンマップ、浦和レッドダイヤモンズの本、10年前の資格試験対策本、すでに生産されていない古いパソコンの入門書など、市場価値が極端に低くなった“クズ本”を大量に仕入れていたことが発覚した。

 それをきっかけに、10月1日に新装開館を控えていた海老名市立中央図書館でも選書問題が世間を騒がせた。メガネクロスやフライパンなどムック付録がついた料理本が購入予定となっており、また東南アジアの風俗ガイド本などが、すでに蔵書として購入・登録されていたことが判明した。


 そして多賀城市では、最初から古本を仕入れることを堂々と宣言していたのだから、多賀城市民のみならず多くの人に不安がよぎった。

 公共図書館において、蔵書を中古で購入するケースはあるのだろうか。

「東京の図書館をもっとよくする会」代表で、長年自治体直営の館長として運営にかかわってきた大澤正雄氏は、「一般的には、中古で購入することはありません」と語る。

「公立図書館(行政事務)の世界では、会計処理の問題として中古を購入することは基本的にしません。調達は、物品会計規則に則って、原則として物品は必ず入札か見積もり合わせでなければなりません。古本でしか入手できない本を買うことはありますが、その場合には古書組合に依頼して、購入した本が本当にそれだけの価値があることを証明する鑑定書を作成してもらい、それを添付します」(大澤氏)

 前出の池沢氏も、「古本を買うと、公正さが保てないのが一番の問題」と指摘する。

「定価であれば、どこから購入しても不正の余地はありません。ところが、中古の場合には、その価値がわからないため、不正行為の温床になりかねないからです」(池沢氏)

 中古品での蔵書購入を認めると、極端なことを言えば、業者が単価1円で仕入れてきた定価1000円の品を、新品と同じように1000円で自治体に売ることもできてしまう。つまり、税金の使途がとんでもなく不透明になるおそれがある。そのため、公共図書館では、中古の本を買うことはしないのだ。

 また、大澤氏は、「地元企業を育成・保護するという観点から、地元書店との取引も大事にしてきた」と話す。

「図書館の蔵書を専門に扱うTRC(図書館流通センター)から直接新刊を購入する場合でも、地元の書店に配慮する意味で、必ず地元書店組合を通して購入する割合を一定数は残すのが慣例です」(大澤氏)

 県外の業者から、しかも中古を含めて大量の蔵書を一括調達する“ツタヤ方式”は、そうした慣例をすべて無視している。


 次回以降、具体的にCCCがどのような本を購入したのか、驚愕の実態を紹介したい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

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