先週の安田記念(G1)を8番人気のロゴタイプで見事な逃げ切り勝ちを収め、マイル王モーリスの連勝を止めた関東の田辺裕信騎手に称賛の声が集まっている。
抜群のスタートから、武豊騎手のディサイファを制してハナに立った思い切りの良さ。
安田記念の激走は、これらがすべて噛み合った田辺騎手の会心の騎乗だった。
だが、G1という大舞台でこれだけの騎乗をしながら田辺騎手のJRAでのG1制覇は2014年のコパノリッキー以来2度目。近年は毎年のように関東リーディングでも上位に食い込み、重賞も毎年勝っているのだが、どうしても“地味な印象”がついて回っているようだ。
それなりの競馬ファンは皆、口を揃えて言う。「田辺は若手の中で乗れる騎手」であると。
だが、逆にG1で田辺を軸に買ったことがあるかと問われると「記憶にない」「軸にできるような馬に乗っていない」という答えが返ってくる。ちなみに田辺騎手は今年で14年目を迎える32歳。決して若手ではない。その辺も含めて、とにかく印象が薄い。
しかし、やはり田辺騎手は決して下手ではなく、その実力を認めているファンは多い。
例えばこの春、川田将雅騎手騎乗で桜花賞(G1)に出走したデンコウアンジュは、1番人気だったメジャーエンブレムを唯一破った馬として注目された。しかし、最後の直線で行き場を失い、右へ左への大移動。目も当てられない悲惨などん詰まりで10着に沈んだ。
だが、実はデンコウアンジュがメジャーエンブレムを破ったアルテミスS(G3)で騎乗していたのが田辺騎手であることから、レース後にはデンコウアンジュの馬券を買ったファンから「田辺が乗っていれば…」という声が後を絶たなかった。
その声は続くオークス(G1)でも聞かれたが、ファンの声は届かずデンコウアンジュは川田騎手のまま参戦。まあ、主戦騎手なので仕方ない。だが、ファンは桜花賞での不利を重く見ていたようで「まともに走れば……」という思いから、デンコウアンジュは6番人気とむしろ桜花賞よりも期待を集めていた。
しかし、悪い予感はまたも的中する。広い東京コースで今度こそ進路を確保したデンコウアンジュと川田騎手だったが、今度は池添謙一騎手のシンハライトに強烈なタックルをお見舞いされ、またも行き場をなくして9着敗退。
池添騎手は騎乗停止。川田騎手は被害者だが、納得できないファンからは「田辺が乗っていれば…」という声がやはり再燃した。
池添騎手との絡みでは、ロードクエストも挙げられる。
この春、池添騎手の騎乗でスプリングS(G2)を単勝1.7倍の人気を裏切って3着に敗退したロードクエスト。その後の皐月賞(G1)でも、荒れ馬場の中を一頭だけ唯一内を突く奇策に出て8着惨敗。
「左回りのマイル戦」という新潟2歳Sのパフォーマンスを考慮されてNHKマイルC(G1)を目指すことになったが、その新潟2歳S(G3)を勝たせたのも、やはり田辺騎手だった。となれば、ファンの間でその時のイメージを一番持っている「田辺でいいんじゃない?」という流れが起きるのは当然か。
だが、ロードクエストは池添騎手のままNHKマイルCに参戦。まあ、これも主戦騎手なので仕方ない。メジャーエンブレムをあと一歩まで追い詰める2着に激走したことから、一端は田辺騎手を推す声も止んだ。
ところが先述したオークスで池添騎手が騎乗停止になり、日本ダービー(G1)でのロードクエストの鞍上が空白に。
今度こそ、ファンの間では「ここは田辺しかいないだろう」という流れが生まれるが、“中途半端に乗れる騎手”であることが仇となり、すでにプロディガルサンからの先約を受けている田辺騎手……。
結局、ロードクエストは岩田康誠騎手が騎乗することになったのだが、11着に敗れたロードクエストに、3/4馬身差だけ先着したのは田辺騎手の意地だろうか。
だが、田辺騎手の“流れ”は忘れた頃(先週)にやってきた。
一方で昨年の安田記念での3着が見込まれて期待されていたクラレントの馬券を買ったファンは、小牧太騎手の「前に行くつもりで出していったが、(ロゴタイプが)速かったし、しょうがない」というレース後のコメントにがっくり。
その上で聞こえてくるのは、やはり「田辺が乗っていれば…」という声。昨年、クラレントを積極果敢に運んで3着に導いたのも、やはり田辺騎手であったからだ。