公共のトイレで手洗いした直後、どうやって濡れた手を乾かすだろうか。自身のハンカチや布タオルで水分を拭き取るのでなければ、トイレに備えつけのペーパータオル、もしくはハンドドライヤーに頼ることになる。
どの方法を選ぶかによって清潔度が変わるが、しばしばハンドドライヤーがもっとも不衛生だと指摘する声も聞かれる。手の水滴を風で吹き飛ばして乾かすため、手に残っていた菌が飛散してハンドドライヤー内部の壁に付着してしまうのではないかとも想像される。
国内外では、ハンドドライヤーと菌の関係を調査した実験がいくつも行われている。一例を紹介すると、第24回日本環境感染学会総会(2009年)の記録には『ハンドドライヤーの細菌汚染状況について』という演題を確認することができ、防衛医科大学校検査部(当時)の西園寺克氏が以下のようにコメントしている。
「今回、ハンドドライヤーの水受トレーから高率に菌が検出され、ジェット温風により飛沫することが明らかとなった。ハンドドライヤーは細菌汚染の温床となる可能性があるため、易感染患者が利用する病院等では注意する必要があると思われる」
●着眼点は菌と水分の結びつき
しかし、今回話を聞いた衛生微生物研究センター主任研究員の李新一氏は、「健康な人間が普通に使用する分には、ハンドドライヤーを問題視しなくてよい」と語る。
「洗った手を乾かすためにハンドドライヤーで強い風を当てれば、菌が少なからず飛散してしまうのは当たり前だといえます。また、そもそも手洗いという行為により、手に付着しているすべての菌を落とすことはできません。入浴や歯磨きも、菌をゼロにしているわけではないのです。
私たちの身体には常在菌と呼ばれる菌がいて、他の菌が身体に侵入しても感染を防げるように共存しています。トイレのあとに手を洗うのは大腸菌など、病原性のある余分な菌が付着していたら困るからなのです」(李氏)
また、ハンドドライヤーの周囲に菌が飛散しようと、危険はさほど大きくないという。
「菌が増えてしまう一番の原因は水分なので、飛散した菌も、水分がない限りは害になりません。
とはいえ、ハンドドライヤーのトレーに水が溜まっていたり、風の吹き出し口にぬめりが発生していたりすると、菌で汚染されている可能性は高いと思います。周りの壁も水滴が飛んで濡れているかもしれませんし、そういった箇所に触れるべきでないのは事実といえるでしょう。それはつまり、ハンドドライヤーが悪いというより、施設側の管理の問題だと考えられます」(同)
ハンドドライヤーを使用する際は極力、余計なところに触れてしまわぬよう手を慎重に出し入れするのが好ましいということか。
●人間とハンドドライヤーの相性は状況次第
それでは、ハンドドライヤーを使用することで衛生面に問題が起きやすいのは、具体的にどのようなケースなのだろうか。
「病院はもちろん、菌に対する衛生レベルを他の環境よりも上げなくてはなりません。免疫力の落ちている方が多く集まっていますので、ハンドドライヤーによる菌の飛散でも感染する恐れがあります。
食品を扱う施設の場合も、水滴が食材に飛んでしまいそうな位置にハンドドライヤーを設置するのは不適切。万一にも食中毒を起こしてしまったら元も子もありません。
微生物学の観点でいうと、もっとも衛生的なのは使い捨てのペーパータオルで手を拭くことです。未使用のペーパータオルにはほとんど菌が付着していないため、拭いた手に菌が移ることはありません。
また、手に付着する菌の数を比べると、日常的に使用しているハンカチ(布タオル)とハンドドライヤーとでは大きな差がないとのことである。
「ハンカチ(布タオル)も、洗濯して日光で干したばかりのものならペーパータオル同様に清潔なのですが、一度でも手を拭いたあとに濡れたまま放置すれば菌が増える時間を与えてしまいます。少なくとも一日に一回は交換したほうがいいですね。
結局、ハンカチ(布タオル)の状態によってはハンドドライヤーで手を乾かしたほうが清潔なこともありますし、施設側がハンドドライヤーの管理を怠っていたら逆のことがいえるわけです。一面的な見方しかせずに『ハンドドライヤーを使ったらどうなるのか?』などと白黒つけたがる方々も多いですが、潔癖症すぎても無頓着すぎてもいけないのです」(同)
ハンドドライヤーは確かに菌を飛散させるが、決してリスクが高いわけではない。水分を定期的に拭き取り、清潔な管理下で使うよう心がけていれば、やはり便利な機械といえるだろう。
(文=森井隆二郎/A4studio)