本連載第1回は、名のある古生物に焦点を当てよう。

「古生物」と書くと、とかく「恐竜」ばかりが注目を集める。

しかし、もちろん古生物は恐竜だけではない。著名な古生物に絞っても、おそらく「誰もが聞いたことがある」という種がいくつもいるはずだ。

 たとえば、「マンモス」である。マンモスも古生物だ。「マンモス」という単語を聞いただけで、おそらく「ゾウのような姿をした、毛むくじゃらの哺乳類」を思い浮かべる方も多いだろう。日本におけるその知名度たるや「恐竜」に並ぶのではないか、と筆者は思っている。今回は、そんなマンモスについての話を書いていきたい。

●なぜマンモスの毛は二重構造&肛門に蓋?

 まず、一口に「マンモス」と言っても実は複数の種がいた。そもそも、「マンモス」とは「Mammuthus」という学名をもつゾウ類を指す言葉である。

「Mammuthus」の名をもつゾウ類には「Mammuthus columbi」「Mammuthus meridionalis」「Mammuthus trogontherii」「Mammuthus primigenius」などがいる。このうち、日本において「マンモス」の言葉とともに思い浮かべられることが多いのは、長い毛で全身を覆う「Mammuthus primigenius」という種である。日本語で「ケナガマンモス」や「ケマンモス」「マンモスゾウ」と呼ばれることが多い。
この記事では、これ以降「ケナガマンモス」と呼んで話を進めることにしよう。

 ケナガマンモスは、およそ1万年前までユーラシア大陸の北部から北アメリカ大陸の北部という、とても広大なエリアに生息していた。日本でも、北海道から化石が見つかっている。当時は、いわゆる「氷期」にあたり、世界中の気候が冷えこんでいた。

 ケナガマンモスは寒い時代の寒い地域に大繁栄していたゾウ類であり、長い毛のほかにもいくつもの“寒さ対策”がなされていた。たとえば、熱の放出に関わる耳は、同じゾウ類である現生のアフリカゾウやアジアゾウとくらべると極端に小さく、また、体内の熱を逃がさないように、肛門に蓋をすることができた。全身を覆う長い毛も二層構造になっていたという徹底ぶりである。

 通常、古生物のうちの脊椎動物は、骨化石だけが発見されることが多い。そのため、ここで挙げたような毛や耳や肛門などの情報は失われている。しかし、ケナガマンモスを含む一部の氷期の動物たちに関しては、シベリアの永久凍土の中に冷凍状態で保存されていることがある。そうした標本を研究することで、こうした詳しい様子までわかるのだ。

●ケナガマンモス絶滅の理由…有力な2大仮説とは

 広大な地域で繁栄していたケナガマンモスも、およそ1万年前を境に各地で次々と姿を消していった。
ケナガマンモスだけではなく、当時、多くの大型の哺乳類が滅びていった。

 この大型哺乳類の絶滅をめぐって、毎年のように研究者たちが論文を発表している。まず、従来から広く知られている仮説は2つある。人類に原因を求める説と、地球規模の気候変化に原因を求める説である。

 人類に原因を求める説は、「過剰殺戮(オーバーキル)仮説」として知られる。当時の人類は文明こそ確立していないものの、その生息域を大きく広げていた。集団で狩りを行い戦術にも優れた我らが祖先は、大型哺乳類を狩り尽くしてしまったのではないか、というわけである。

 実際のところ、ケナガマンモスは人類にとって“とても都合の良い獲物”だったらしい。大型動物を狩るには、人類側にとってもそれなりのリスクはあったはずだが、ひとたび狩りに成功すれば、それは人々をさまざまな面で支える資源となった。

 特にケナガマンモスは、肉はもちろん食料に、皮は服に、牙は加工して武器や道具となり、骨は住宅の建材となった。人類にとってケナガマンモスは、まさに「ハイリスク・ハイリターンの獲物」だったのだ。ちなみに、東京・上野の国立科学博物館には、ケナガマンモスの骨でできた「マンモスハウス」が復元・展示されているので、未見の方にはぜひ訪問をおすすめしたい。


 大型哺乳類の絶滅に関するもうひとつの仮説が、気候変化に原因を求める説である。当時、地球の気候は氷期を終え、次第に暖かくなっていった。そうした気候の変化に対して、“寒冷地仕様”のケナガマンモスはついていくことができなかったという説である。

●ケナガマンモス絶滅の理由は温暖化や水不足?

 ケナガマンモスの絶滅をめぐる論争は、基本的に従来から、この2つの仮説をいかに“補強”していくかというところになっていく。

 たとえば、2013年にはケナガマンモスの個体数の変動を調べた研究が、スウェーデン自然史博物館のエレフセリア・パルコポウロウたちによって報告されている。この研究によると、ケナガマンモスの個体数はおよそ1万年前に初めて減少を迎えたわけではなく、過去20万年の間の比較的暖かい時期にも減少の傾向が見えていたという。すなわち、気候変化が原因であったという見方である。

 14年には、デンマーク、コペンハーゲン大学自然史博物館のエシュケ・ウィラースレフたちが、北極圏における過去5万年分の堆積物に含まれる植物などを分析するという新たな切り口の論文を発表した。

 この分析によると、約1万年前まではヨモギ、ノコギリソウ、キクなどがたくさん生えていた。しかし、約1万年前にその植生が変わったという。ヨモギなどは高タンパクであり、これらを食べられなくなったことがケナガマンモス絶滅の原因ではないか、という内容が、この論文では示唆された。

 16年には、アメリカ、ペンシルバニア州立大学のルッセル・W・グラハムたちがアラスカのセント・ポール島における研究成果を発表している。
この研究によると、セント・ポール島では、約5600年前までケナガマンモスの生存が確認されており、その2250年前から気候の乾燥化が見られたという。

 そのため、次第に水不足になり、ケナガマンモスの絶滅を招いたのではないか、というわけである。この研究では、約5600年前までに人類がセント・ポール島に到達した証拠は見いだせず、故に人類の影響ではなく気候変化に原因があったことを示唆した。

●実は人類による殺戮説の方が有力?

 こうして見ると、近年の研究発表は、気候変化説を強めるものばかりが注目を集めているように見える。ただし、これはそれだけ「過剰殺戮説」が強固なことも示唆している。

 たとえば、北アメリカにおいては、人類が到着した時期と大型哺乳類の絶滅時期がほぼ一致するという指摘があるのだ。これは、なかなか強力な証拠といえるだろう。もちろん、気候の変化と人類の過剰殺戮との両方に原因を求める指摘もある。結局のところ、明確な結論は出ておらず、すべての研究者が納得するのはまだ先になりそうだ。

 ケナガマンモスの絶滅をめぐる研究は、多くのメディアの注目を集めるようで、しばしばインターネットメディアでも記事になる。そうしたときに、こうした研究史を知っておくと、ひとつだけの研究発表に流されることなく、もっと純粋に記事を楽しむことができるだろう。

 これから、筆者はこうした“古生物ネタ”を中心に、博物館やその企画展の紹介などを交えて執筆していく。
企業情報やビジネス系の記事が多いビジネスジャーナルの中で、まぁ気分転換のネタとして、古生物話も楽しみにしていただけたら幸いだ。
(文=土屋健/オフィス ジオパレオント代表、サイエンスライター)

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