宅配大手のヤマトホールディングス(HD)は4月28日、2018年3月期に傘下のヤマト運輸が手がける宅配便事業で引き受ける荷物の総量を、前期比で約8000万個(4%)減らすと発表しました。それより前、ヤマト運輸はアマゾンの当日配送サービスの受託から撤退するとも報じられました。
さらに、割引率の高い大口取引先のなかで「採算性の良くない会社」を1000社リストアップし、「大口のお客様にフォーカスを当て、優先させて交渉を行っている。大幅な値上げをお願いしている」(長尾裕・ヤマト運輸社長)といいます。1000社に対しては、値上げと合わせて引き受ける荷物の総量を減らす交渉を進めるほか、お中元の時期や12月など繁忙期での出荷調整も求めるようです。
このように、ヤマトHDでは、大口業務の契約の見直し、撤退、業務量の縮小が行われているようですが、実は同社ではかなり深刻な事態が生じていました。まず、ヤマトHDの2017年3月期の損益計算書データをみてみると、売上高は1兆4668億円と前年比504億円増であるにもかかわらず、営業利益は348億円と同336億円減となっており、じつに利益が半減していることがわかります。
それ自体深刻なことですが、これを事業種類ごとにみる必要があります。ちなみに、ヤマトHDは下記の事業を営んでいます。
・デリバリー事業:一般消費者、企業向け小口貨物輸送サービス
・BIZ-ロジ事業:企業向け物流サービス
・ホームコンビニエンス事業:引越などの個人向け生活支援サービス
・e-ビジネス事業:企業向けASP・情報システム開発などの情報サービス
・フィナンシャル事業:企業、一般消費者向け決済などの金融サービス
・オートワークス事業:運送事業者向け車両管理一括代行サービス
各々の事業の成果を前年末と当年度末で比較すると次のようになります。
なんと、業績悪化の最大の原因は、ヤマトHDの大半の稼ぎを叩き出してきたデリバリー事業、つまり宅配便事業だったのです。同事業は1兆2175億円もの売上高を獲得しながら、利益額は56億円に縮んでしまったのです。ちなみに16年3月期におけるデリバリー事業の売上高は1兆1779億円であり、利益額は381億円でした。ということは、売上高が前年比で396億円増加(3%増)したのに、利益額は同325億円も減少(85%減)してしまったのです。
常識的に考えて、売上高が1兆円を超えている事業で、たったの56億円の利益しか生み出せないということは、完全にその事業が利益を生めない体質になってしまったという事態です。これを打破できないのであれば、ヤマトHDは衰退の一途をたどるしかありません。そうであるからこそ、ヤマトHDは冒頭で紹介した抜本的な打開策を打ち出したのです。
●過去の抜本的な打開策
実はヤマトHDがこのような大掛かりな打開策を打ち出したのは、今回が初めてではありません。1979年に当時最大の得意先であった三越(現三越伊勢丹ホールディングス)の配送業務から撤退したという歴史があります。それまでの三越は、「三越さんには足を向けて寝られない」と創業者の小倉康臣氏がいうほどの重要な得意先でした。
しかし、三越の社長に岡田茂氏が就任した頃から、その関係は変わります。まず、三越は自社の業績悪化の対応策として、配送料金の値下げを要求しました。それだけでなく、ヤマト運輸の三越専属車両が三越の配送センターを利用していることを理由に駐車料金を徴収し、さらに配送担当の社員が三越の施設内に常駐しているとして事務所使用料を払うよう要求しました。
こうした要求は三越の業績回復までという条件だったため、ヤマト運輸はこれを受け入れましたが、いつまでたっても改善されることはありませんでした。それどころか、三越主催の海外ツアーにも参加を強要され、絵画や別荘地、プロデュースした映画の前売り券などの購入を強制されるようになりました。
その結果、ヤマト運輸の三越出張所の収支は赤字となりました。
企業経営においては、ときにそのような決断が求められるようなことがあります。最近、よく「Win-Win(ウィンウィン)」の関係という言葉を聞きます。これは、取引する双方が勝者になる関係を意味しますが、当時の三越とヤマト運輸の関係は「Win-Lose」の関係になってしまっていたのです。しかし、実態としてはこのような「Win-Lose」の関係は少なくありません。
●お客様は神様ではない
前号でも紹介しましたが、お客様は神様ではありません。お客様が神様ならば、その神様の言うことにどんなことでも従わなければなりません。しかし、お客様というのは、パナソニック創業者の松下幸之助氏の言葉によれば、王様です。
松下氏は、「王様は、ときには家臣や人民に理不尽なことを要求することもある。そういう場合には、王様にそれは理不尽であるとお諫めすることも必要だ」と言いました。それでも、王様が理不尽な要求を止めないのであれば、国外に逃亡したり、反乱を起こすのが正常な民の行動です。
今回、ヤマトHDの得意先は、かつての三越ほど阿漕な要求をしたわけではありませんが、事業を守るべき方策として一部撤退や値上げに踏み切ったのです。
現実には、それができない企業が多いのです。たとえば、本連載前回記事で紹介した「てるみくらぶ」は、それができずに破たんしてしまった例です。ヤマトHDは、そういう事態を回避すべく、今回の打開策を講じたのです。
●犠牲者を生み出さないための経営
ヤマトHDが今回の打開策に踏み切ったもうひとつの重大な理由は、人手不足と労働環境の悪化が挙げられます。同社は4月、インターネット通販の急拡大に伴ってドライバーの長時間労働が常態化し、サービス残業が生じていたとして、過去2年間の未払い金190億円を支払うと発表しました。対象者はグループ全体で約4万7000人に上ります。
いうまでもなく、これは慢性的な長時間労働によってドライバーが相当疲弊していることの現れです。この190億円という負担額は、前述した配送事業セグメントの利益である56億円を大きく上回る負担です。ということは、宅配事業は実質的に赤字に転落していたということが露わになったのです。
もし、ヤマトHDが残業代を払わず無理な経営を続けていれば、そのしわ寄せは必ず「弱者」にいきます。
どんなに安く提供されるサービスでも、これにかかわる働き手が犠牲者になるような過当競争は、けっして経済社会によって好ましいものではありません。そういう意味で、あえて顧客に対して主張を行うヤマトHDの行動を、筆者は一消費者として支持したいと思います。また、このような決断がどのような会社をつくるのか、そういう点で、ヤマトHDのこれからの経営は大いに注目すべきです。
(文=前川修満/公認会計士・税理士、アスト税理士法人代表)