定年退職後も「会社で偉かった自分」を忘れられず、家庭内で上司のように振る舞い、家族に偉そうに命令し、ついには家族に愛想を尽かされる「家庭内管理職」が注目を浴びている。

 この言葉が注目されたきっかけは、1月13日付読売新聞朝刊の投書欄「人生案内」に掲載された、40代男性による悩み相談だった。



「同居する父が、管理職だった有名企業を数年前に退職後、家でも管理職のように振る舞い、困っています」

 定年退職した父親が家事にもこまごまと口を出し、家族が反論すると嫌みを言い続けるため手がつけられない、というのである。この投書は週刊誌でも取り上げられ、3月17日には『ノンストップ!』(フジテレビ系)でも「家庭内管理職夫」の特集が組まれた。

 なぜ今、「家庭内管理職」がクローズアップされているのか。『他人を平気で振り回す迷惑な人たち』(SBクリエイティブ)などの著書を持つ精神科医の片田珠美氏は、「団塊の世代の退職とともに、『家庭内管理職』の問題が表面化するようになった」と語る。

●こんな人は危険?家庭内管理職の特徴と共通点

 片田氏によれば、団塊の世代のなかには定年退職後も会社の顧問や相談役を務めたり、パートタイマーとして働いたりしていた人が多いという。

「ところが、団塊世代が一斉に退職してから数年がたち、今や彼らも70代にさしかかっています。そうした人たちがずっと家にいるようになり、家庭内管理職の行動に悩まされる家族が、ここ数年で一気に増えている印象です」(片田氏)

 確かに、筆者と同世代であるアラサー、さらには少し上の世代を見わたすと、定年退職した父親の言動に困り果てている人は意外なほど多い。

「母や私の一挙一動を細かく監視していて、一瞬でも私物をリビングに置いていたら『今すぐ片付けろ』と怒鳴り散らす」

「意見したら、『今まで育ててやったのは誰だと思っているんだ』と激高する」

 周囲に聞き取りを行うと、こんな話が続々と出てくる。定年退職した団塊の世代の父親たちは、なぜ家庭内でこれほど偉そうに振る舞うのだろうか。

 片田氏は「家庭内管理職にはいくつかの特徴がありますが、ひとつは『自分自身を過大評価している』という点が挙げられます」と話す。

「家庭内管理職のなかには、『自分がどれほど偉かったか』を語り、成功体験を周囲に繰り返し話す人がいます。『どうしてこんなに勘違いできるのか』と周囲があきれるほど、自分自身の能力を実際よりも高く評価していることが多いのです」(同)

 また、家庭内管理職には「自分は特別という特権意識」を抱いているケースも非常に多いという。


「彼らの特権意識が学歴や役職などの具体的な根拠に基づいていることもありますが、特に根拠がなく、単に勘違いしているにすぎないこともあります。彼らが家庭内管理職となって自分のルールや価値観を家族に押し付けるのは、『自分は特別だから絶対正しい』『誰よりも賢い』と勝手に思い込んでいるためです」(同)

 さらに、自分の言動が家族や他人にどんな影響を及ぼすかを理解しようとしない「想像力の欠如」も、しばしば認められるという。そして、片田氏が「家庭内管理職に共通する傾向」として挙げるのが、「自己愛が強い」という点だ。

 自己愛が人一倍強い人は「認められたい」という承認欲求も強いので、定年退職して「会社という偉そうにできる場」がなくなると、満たされない思いにさいなまれる。そのため、家庭内で承認欲求を満たそうとするわけだ。

●現役時代にダメ社員でも家庭内管理職になる?

 問題は、家庭は会社とは違うということだ。家庭における彼らは、もはや命令したり指示したりする立場ではなく、家族も彼らの部下ではない。

「つまり、承認欲求を満たせない環境に置かれているわけですが、家庭内管理職はその現状を受け入れられず、相変わらず家族に対して上司のように振る舞い、自分の欲求を満たそうとする。そこに、まず問題があります」(同)

 家庭内管理職に陥りやすいのは、現役時代に会社でバリバリ働き、多くの部下に指示していた人だけではない。やっかいなことに、現役時代にそれほど大きな成果を挙げられなかった人も、家庭内管理職になることがあるという。

「そういう人が陥りがちなのが、現役時代に『こうだったらよかったのに』と思っていた願望を現実と思い込む『幻想的願望充足』というパターンです。現役時代の自分が理想通りではなかったからこそ、定年退職後に自分自身を過大評価し、ことさらに『俺は偉かったんだ』と強調して、家庭内管理職として振る舞ってしまうのです」(同)

 そして、親が家庭内管理職の家庭で育った人の場合も、「同一化」というメカニズムが働き、自分も同じように振る舞う可能性が高くなる。
会社で偉かったか否かにかかわらず、承認欲求をこじらせると、誰でも家庭内管理職に陥る可能性があるわけだ。

 家庭内管理職が家族に押し付ける命令は、「正論」に聞こえるかもしれない。だが、根底に潜んでいるのは「自分がいかにすごいか、認めてほしい」という願望のみである場合が多い。それだけに、彼らの言動に振り回される家族にとってはいい迷惑といえる。

●定年後では遅い!家庭内管理職にならないために

 片田氏によれば、特に家庭内管理職の実害が大きいのが妻だという。

「子どもなら、経済的に自立すれば家庭内管理職の親と離れることができます。一方、妻は夫から逃げることができません。私の外来に通院している患者さんのなかには、夫が定年退職して以降、動悸が激しくなり、眠れなくなったと訴える女性もいます」(同)

 なかでも、60歳以上の女性は専業主婦の割合が高く、経済的な自立が難しいので、なかなか離婚に踏み切れない。家庭内別居のような冷え切った関係になっても、「もう少しの辛抱だから」と自分に言い聞かせ、家庭内管理職の夫と一緒に住み続けるケースが多いという。

 誰にとっても不幸な結果しか招かない家庭内管理職。では、自分がこの先、そうならないためにはいったいどうすればいいのか。片田氏は「自分自身の承認欲求を見つめ直すことが大切」だと語る。


「その上で、会社だけで認められようと思わず、何か没頭できる趣味などを持ち、承認欲求を満たすことのできる場を広げるといいでしょう。現在の社会では、会社で満足のいく結果を出せる人というのは少数派。特に、40代以降になると自分の着地点も見えてきます」(同)

 片田氏が面談を行っている会社員のなかには、30代後半で出世コースから外れた後、絵画を習い、展覧会に出品するなどして交友範囲を広げている人がいるという。

「正直言って、定年退職してから仕事以外で生きがいを見つけるのは難しい。できれば、会社に勤めている間に視野を広げておきたいところです」(同)

 自己愛や「自分を認めてほしい」という欲求は、誰でも持っているものだ。重要なのは、そのやっかいな欲求とうまく折り合いをつけて生きること。定年後に家庭内管理職というモンスターになってからでは遅いのである。
(文=喜屋武良子/清談社)

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