ソニーは4月28日、2017年3月期決算を発表した。株式市場はその発表を好感し、直近安値3422円(4月14日終値)から4081円(5月10日終値)へと、4週間で20%も値を上げた。
競合各社と比べても、ソニーに対する株式市場での評価は高い。時価総額をみてみると、5月12日現在でのソニー株式の時価総額は5兆円を超え、5兆1113億円に達した。同日で業界2位というと三菱電機が3兆5000億円、“津賀改革”で業績を回復してきたパナソニックが3兆3000億円、選択と集中でV字回復を遂げた日立製作所がようやく3兆円を超えるくらいである。
なぜ、ソニーへの市場評価がここまで高いのか、16年3月期決算から短期的な要因を、そして12年4月からCEO(最高経営責任者)として同社を率いてきた平井一夫社長が実践してきた経営の戦略から、中長期的な道程をみてみよう。
●営業利益の大幅な伸張
4月28日の決算発表会では、吉田憲一郎副社長兼CFO(最高財務責任者)が淡々と数字を発表していったのだが、それを聞く限りでは、実は17年3月期のソニー業績は減収減益だった。売上高7兆6000億円は対前年比6.2%減で、営業利益2887億円も対前年比1.9%減となった。
一見すると後ろ向きの数字だが、16年期にはいくつかの特異的な業績要因がみられた。すなわち、映画分野の営業権の減損1121億円、カメラモジュールの長期性資産の減損239億円、熊本地震の影響による保険収入相殺後の物的損失等154億円、熊本地震に関連する機会損失343億円や、保有株式(エムスリー)の売却益372億円などで、これらを相殺すると実質的な営業利益は4300億円強にも押し上げられることになる。実質的には前年比で50%近くもの大幅伸張だった。
16年期の実質的に好調な業績を受けて、吉田CFOは18年3月期業績見通しとして売上を8兆円とするとし、加えて「15年2月に発表いたしました、現行中期経営計画の目標である営業利益5000億円以上、ROE10%以上は達成可能と考えております」と述べ、自信を示した。
●総合電気メーカーではない、タコ足コングロマリット
吉田氏は続けて「17年度セグメント別業績見通し」を発表した。
その発表によると、営業利益でもっとも金額が大きいのは「金融」と「ゲーム&ネットワークサービス」の2事業部門で、それぞれが1700億円。後者にはプレイステーションが属する。それに次ぐのが「半導体」の1200億円。これらの3事業で17年度営業利益総額合計の5000億円のうち4600億円となるという。
これらの利益構造をみると、ソニーを総合電機メーカーと呼ぶわけにはいかない、とますます思う。つまり従来型のコンシューマー(個人)向けハード機器による利益貢献など、この会社にはないに等しいのだ。
具体的には、携帯電話(「モバイル・コミュニケーション」セグメント)の17年度予想利益はわずか50億円だし、代表的な家電製品であるテレビが含まれる「ホームエンタテインメント&サウンド」セグメントのそれは580億円にすぎない。
テレビに関しては、5月に入りソニーが有機ELテレビに10年ぶりに参入すると大きく喧伝されたが、実際には韓国LGエレクトロニクスなどからパネルを外部調達することによる展開で、自社による本格的な製造展開ではない。「ブラビア」の主製品である液晶テレビのパネルも、以前から外部調達なのである。
そもそもソニーはテレビ製造販売から撤退するのではないかとの観測も、昨年まではささやかれていた。
●電気「製品」から離れていくことで利益が向上する構造
ソニーは1997年度に最高益を記録して以来、業績凋落の傾向が続き、多くの批判を集めてきた。2011年度に4567億円という過去最大の赤字を計上した直後の12年に平井一夫社長がその舵取りを任され、現在に至っている。
平井社長は12年に「第1次中期経営計画」を発表、実施したのだが、それにより1万人もの社員削減、本社ビルの売却、パソコンなど複数の事業売却などを推し進めた。
この時期、これらの痛みを伴う改革と相まって、平井経営への批判は高まった。ソニーという注目を集め続けている企業に対し、多くの解説本が世に問われ、「ソニー本」と呼ばれている。ソニー本の特徴のひとつは、ソニーOBの方が書いたものが多い、ということだ。
それらの本の多くは、ソニーが昔持っていた輝かしい家電製品のリリースをなつかしみ、エレクトロクス分野(エレキ)での復権を促している。
今回、16年3月期の決算発表を解説した記事にも、たとえば次のような記述がある。
「ソニーがかつて消費者に与えてきた、“モノ(製品)を手にする喜び”を高められているかどうかを考えると、その復活は道半ばと考えられる」(5月9日付ダイヤモンドオンライン記事『ソニー好決算で「逆ソニーショック」は起きるか』より)
しかし、前述したソニーの17年度セグメント別業績予想に関する私の分析によれば家電製品はすでにソニーの本流ではない。そこをめざしても、売上8兆円ものこの巨大企業を導いていけるようなボリューム感のある製品を送り出すことは難しい。
歴代社長を振り返ってみたとき、トランジスタラジオやウォークマンのような斬新かつ魅力的で、一世を風靡するような「家電」製品がソニーから出てくる時代は、大賀典雄社長時代(1982~95年在任)で終わった。そのあと、出井伸之社長(1995~2000年在任)以降は、ソニーの組織内からの社長昇格者となり、彼らのアントレプレナー(起業家)的素養は大きく減じてしまっている。平井現社長はアントレプレナーとしての強みではなく、マネジメント能力で勝負していると私は見ている。
アントレプレナー型ではなく、能吏型の経営者に見える平井社長は、12年から14年までの「第1次中期経営計画」で大不調会社だったソニーの止血作業を行った後、ただちに15年に「第2次中期経営計画」を発表し、実践してきた。
その最終年となる17年度に目標とした5000億円の営業利益を達成しようとしている。CEO在任5年間の通信簿としては、着実に成果を上げてきたと評価できるだろう。
●複合企業のままで走れ
前出ダイヤモンドの記事の執筆者はソニーのOBではないが、ソニー愛は深く、同記事で次のように見解も述べている。
「“ウォークマン”のように人々の心に驚きと興奮を与えるモノを、ソニーが創り出すことは可能だろう。今後のソニーの経営には、収益性を重視しつつ攻める姿勢が必要だ。それはコングロマリットを目指すのではなく、新しい技術を使って、人々をワクワクさせる、より良いモノを創るということだ」
ソニー本などで多くのソニーOBが希求してきたことは、確かにそのようなことなのだろう。同記事ではまた、「新しい技術力を用いた製品のコンセプトをまとめ、それを先進的なデザインと組み合わせることが、ソニーの強さであり、最も強い部分=コアコンピタンスだった」ともしている。異論はなく、ただ私の立場は「そうだった」と強い過去形なだけだ。
「輝けるソニー」が大賀社長時代までだったとしたら、それは20年前の話であり、年商は現在の半分の時代だった。現在、仮にユニークで消費者を真に魅了するようなエレキ製品をソニーが世に送り出せたとしても、この8兆円企業にとってはシングルヒットにしかなり得ない。
プレイステーションは“人に感動を与える商品”という定義に該当しているが、ソニーのOBや旧来のファンは、テレビゲームをソニーの本来的な製品として認めたがらない。それは、プレイステーションが本社ではなく子会社から出てきたという派閥的、組織的な出自が大きくかかわっていると私は見ている。
実際にはプレイステーションが属する「ゲーム&ネットワークサービス」セグメントは、17年度予想では売上2兆円近くとされ、この巨大企業の立派な柱となっているのだ。そんな製品が現存しているのに、多くのソニーOBやファンはないものねだり、あるいは過去への郷愁を表出しがちなのである。
前出ダイヤモンドの記事は「コングロマリットを目指すのではなく」と主張しているが、たとえば「金融」セグメントに目を留めてほしい。17年度予想では収入1兆円以上と大きな柱である。それに、営業利益が1700億円と予想されていて、これは対売り上げで15%にもなる。「半導体」以外の製造セグメント各部門では、対売上営業利益率はせいぜい10%だ。
米ゼネラル・エレクトリック(GE)が15年に金融事業から撤退すると発表し、株式市場はそれを好感し、ソニーもそれを見習うべきとの指摘もある。しかし、20世紀最大の経営者ジャック・ウェルチがレガシーとして残し、GEの金城湯池だった同事業から撤退したのは、ジェフリー・イメルト会長の大きな失政だと私は思っている。
平井社長の「第2次中期経営計画」は17年度に達成される見通しだ。いずれ「第3次」が発表されることだろう。この「凋落ストッパー」経営者が、果たして「中興の祖」とまで呼ばれるようになるか、多いに興味がある。
蛇足だが平井社長の15年3月期の報酬は5億1300万円と公表されている。通常報酬(退職報酬などではない)としては日本人経営者で最高額だ。第2次、第3次中計を実践、達成していき、「報酬10億円日本人社長」の称号を手にしてもらいたい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)