6月1日、ファンや業界を驚かせた、とある一連のツイート。

「結論! 今回の販促計画とは 『一巻印税全部ぶち込んでメディア広告連発するぜ!』です!(震) 大丈夫です! 頭は正気です!」

「当然編集部の許可をいただいたうえで、著者主導でありとあらゆる販促をおこなっていくとだけ、今はお伝えをしておきたいと思います! 具体的にどんなことをやるかは、本日以降、随時ツイッターで告知していきます!」

 書き込んだのは、ライトノベル作家の柚本悠斗氏。

7月15日に発売される自著『学園交渉人 法条真誠の華麗なる逆転劇』(画:米山舞/GA文庫)を盛り上げるために、その1巻の印税収入すべてを広告費として使用すると堂々宣言。

 自身のTwitter(@yuzumoto_H)で熱く作品を紹介しながら、Q’sEYE(渋谷駅前スクランブル交差点の屋外ビジョン)などで作品のPV映像を放映するといった、実施した販促活動を次々と報告。精力的な展開に、ライトノベルのファン以外からも注目が集まっている。

 自作の宣伝に熱心な作家やクリエーターは多いが、通常はTwitterやブログなどSNSで作品を紹介したり、インタビュー取材への協力や書店などで行われるサイン会に出席するといったレベルにおさまるもの。寡聞にして、印税すべてをつぎ込んで作家主導で販促活動を行うといった例は聞いたことがない。

 一体何を思い、何を考えて、こんな面白いことを始めたのか。柚本悠斗氏に聞いてみた。

●「“受賞作”“人気作家”という肩書きがないなかで、いかに注目してもらえるか」

――Twitterで『一巻印税全部ぶち込んでメディア広告連発するぜ!』と発表・公開されてからの、周囲の反応はいかがでしたか?

柚本悠斗(以下、「柚本」) おおむね好意的な反応が私のもとに届いています。デビュー作『姉と妹の下着事情。』(GA文庫)の読者の方々からの応援メッセージはもちろんですが、意外だったのは作家さん方や出版に携わる方々からも興味を持っているというお言葉をいただきました。

 背景にあるのは、現在のライトノベル市場における著者の抱える悩みに対して、ある種、一石を投じる取り組みになるかも、という期待も込められているのだと思います。

――そもそも、販売促進を作家主導で行うというアイデアは、どういう経緯をたどって発想されたものなんですか?

柚本 どうすれば売れるか? という単純な相談を、広告代理店に勤める友人にしたのがきっかけです。
先ほども触れましたが、現在のライトノベル市場においては初速(発売直後の売上げ動向)がかなり重要です。どうすれば認知・注目され、購入してもらえるのか、というのはどの作家の方も抱えている悩みだと思います。

 新人賞などの受賞作や人気作家という肩書きがないなかで、注目材料をどう作り出すか、そのために作家個人で行える広告は何があるのか――といったところを友人と話し合い、まず大型ビジョン広告の利用という案が出まして。

 その時点では、Q’S EYEなど、巨大なビジョン媒体を使って宣伝してみたい、という話をしていましたね。作家自身が大型広告を利用する例はあまりなく、その活動自体も注目を集められると考え、「作家が宣伝していること自体が宣伝」となるよう、1巻の印税をすべて投入すると決断したんです。

 作品の認知について自分たちは「顧客・潜在層とのタッチポイントの増加」と呼んでいました、とにかく作品の存在を知ってもらうことを重視した広告展開を行おうと。それに伴い、友人には販促代理人として活動してもらい、私のサポートを依頼しました。後に、正式に広告代理店へ依頼をすることになったのですが、窓口の大半は彼にお願いをしていました。

――ちなみに通常の新作ライトノベルでは、どういった展開が行われるものでしょうか?

柚本 編集部にてPV、書店向け販促ツールの作成などが行われ、お配りするなど、書店さま主導にて売場展開をしていただくのが一般的ですね。

【註 GA文庫編集部】
出版社によっても異なるかと思いますが、通常決まっている予算の中から、想定される読者層に対して有効だと思われる展開を行っています。大枠として「書店」「ネット」での告知用宣伝物に加え、雑誌媒体やプロモーション映像、TVCMなどでの宣伝も行うことがあります。今回の「学園交渉人」では通常の宣伝に追加するような形で、柚本先生からご提案いただいた宣伝を実施している次第です。


――それ以外にも、さまざまな広告展開を行われています。まとめて紹介していただけますか?

柚本
・Q’S EYE(7月10日、15日放映)
 私自身が最初に思いついた案です。交差点の通行人数は1日50万人近くにのぼるため、多くの人の目に触れられる場所であること、GA文庫では毎回新作のPVを作成するため、それを利用できうるというのもポイント大でした。

・アルタビジョン動画広告(7月10日放映)
 そこから大型ビジョン2基同時放映の案が浮かびました。待ち合わせによく使われる場所であり、1日平均20万人前後が通行する場所でもあります。ビジョン広告の2基同時放映で最大効果を狙いました。

・Twitter広告
 ビジョン広告は既存のライトノベル読者以外をターゲットとした販促でしたが、Twitter広告は既存の読者をターゲットとした販促です。SNSの中で特にエンタメ分野との親和性も高く、過去に同様の販促を行っていた作家の方もいらっしゃいます。
 タイムライン上に違和感なく広告を表示できるので、多くの人に知ってもらえるのでは、と考えました。Twitter広告の機能である細かな視聴者セグメントを行い、広告効果を高めました。刊行点数が多いライトノベルのなかでタッチポイントを増やすよい広告だと思います。

・駅貼りポスター 7月10日掲載開始
 ビジョン以外の大型広告として、やはり通行者数の多い駅のポスターは外せません。
インパクトを重視し、細かく多くの駅で貼り出すよりは、なるべく大きなポスターをひと駅に貼り出しました。現在貼り出しているポスターはB0サイズを2倍にしたかなり大きなもの。場所は秋葉原駅にしようと発案時から決まっていました。

・YouTube広告
 皆さんもご覧になったことがあるかと思いますが、YouTubeの動画再生前に流れる広告です。ビジョン広告にも利用しているPVを使用。ポイントは全部(15秒)視聴しない限り広告料金が発生しない課金形態で、興味がなく飛ばされた場合は費用がゼロ円です。こちらも視聴者セグメントを行い、既存のライトノベル読者層への作品認知を狙いました。

●「収入を自作の宣伝のために使うのは普通の販促方法」

――これだけ多様な媒体に出稿すると、意外に高価、反対にこれは安価だと驚かれるシーンもあったのではないですか?

柚本 TwitterやYouTubeは細かな設定ができるわりに、1日当たりの単価を設定できたりと、ある程度こちらでコントロールが効くのはメリットでしたね。ビジョン広告が意外に安価だったのに対して、駅貼りポスターは高かったですね。ただ、今回駅貼りポスターとビジョン広告を取りまとめていただいた広告代理店の方が、興味を持って協力いただけたので、それはうれしかったです。

――経済面ももちろん、販促物のアイデア出し・制作・諸々のチェック作業などの負担も大きかったと思いますが、一番苦労した、というのはどういったところですか?

柚本 販促費用の面においては、色々とご意見をいただいているのが正直なところです(笑)。ですが私としては、個人事業主として得た収入を、次作のために使用していくということ自体は、どこの企業でも取られている普通の販促方法と捉えています。
ただ、これまでライトノベル作家として行ってきた方がいなかっただけなのですが、結果こうして取材をしていただけるので、ありがたいことだなと思っています。

 アイデア出しについては販促代理人と一緒に夜な夜な楽しく進めてまいりました。新しい取り組みというのはそれだけで楽しいもので、調子にのって販促費をちょっと上積みしてしまったほどです(笑)。とはいえ、たしかに制作に関する各方面への調整は難儀でした。そこは販促代理人に全力でがんばっていただいてます。ご縁に恵まれて実現できた販促企画であって、原稿・販促・営業すべてをやるようなものですから、ひとりでは間違いなく実現不可能でした。

――作家主導の宣伝ということでキングコング・西野亮廣氏の『えんとつ町のプペル』を、自分などは連想しました。またライトノベルであれば「小説家になろう」など、Web投稿(内容を公開)を経て発行に至るケースも多いですが、あれらも販促といえば販促の一種と捉えられなくもないですが、柚本さんはそれらの作品群にはどんな印象をお持ちですか?

柚本 取り組みのベクトルは違えど、西野氏の取り組みもまたひとつの販促企画というのが印象の全てです。また「小説家になろう」をはじめとするweb系小説投稿サイト経由の刊行については、それもまたひとつの作品を世に送り出すツールと考えています。

 ただ、私自身はweb系小説投稿サイトを利用しないと思います。日々更新をすることが重要な場所だと思いますが、兼業作家ですので、スケジュール的に不可能だと思いますし。ただ読者目線で言えば、購入前に作品を読める点や応援していた作品が刊行されるという魅力は大きく、著者にも読者にもメリットのあるシステムだと思います。


――最後に、せっかくなので本作のPRをお願いします!

柚本 7月15日発売の『学園交渉人 法条真誠の華麗なる逆転劇』は拝金主義の毒舌主人公と、正義感と借金で溢れた少女が学園内の問題を解決していく物語です。

 執筆に当たり意識したのは、誰もが問題の理由は想像できても、誰も想像できない解決方法の提示。まさにどんでん返しや逆転劇を意識しました。個性豊かなキャラクターが示す一手に注目しながら読み進めていただけるとうれしいです。きっとあなたもお金を払ってでも助けてほしくなりますよ!(笑)

 いわれてみれば大量に広告費を投入するのは普通の企業であればよくあること。業種によっては得た収入の半分以上を広告費に回し、「とにかく話題となること」に血道を上げる企業もあるわけで、その点において『学園交渉人 法条真誠の華麗なる逆転劇』はすでに大成功している。兼業作家の柚本氏は、本業のほうでは仕事のできるエリートサラリーマンだったりするのではないか、そんな作家が描く「交渉」がテーマという作品は実におもしろそう――そう思わせられてしまうあたりにも、柚本氏のクレバーさを感じた次第。ぜひその内容を、本編を読んで確認してみたいと思う。
(取材・構成=編集部)

●『学園交渉人 法条真誠の華麗なる逆転劇』
7月15日発売
著:柚本悠斗 画:米山舞
出版:SBクリエイティブ
ISBN:978-4-7973-9290-6
文庫版:610円+税

●GA文庫 公式サイト http://ga.sbcr.jp/
●柚本悠斗Twitter @yuzumoto_H

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