今、豆腐業界が危機に瀕している。町の豆腐店が次々と廃業しているのだ。
スーパーマーケットやドラッグストアなどの安売り競争にさらされていること、事業主が高齢化していることが主な原因だ。また、卸主体の豆腐メーカーも苦境に立たされている。今年1月には、首都圏を中心に高い知名度を有する豆腐メーカーの大山豆腐が倒産した。
日本の食卓に馴染みの深い豆腐は、これからどうなるのか。唯一の法人化した豆腐の業界団体である全国豆腐連合会(全豆連)業務執行理事の橋本一美氏に話を聞いた。
●深刻な後継者不足とダンピング競争
――大山豆腐が倒産するなど、豆腐業界が苦境に立たされています。現在の概況は、どのようなものでしょうか。
橋本一美氏(以下、橋本) まず、お豆腐屋さんは、町の豆腐店に代表される「製造小売」と、スーパー・量販店などに販売する「製造卸」に分けられます。
実は、東京都内の町の豆腐店には新潟県出身者が多い。当時、長男は家に残りますが、次男や三男は地元を離れて仕事を探すことを余儀なくされ、馴染みのある豆腐は起業しやすかったのだと思います。
豆腐業界は、昭和30~40年が最盛期。
ちなみに、大山豆腐は会員企業ではないため詳しくは存じ上げませんが、聞くところによれば、かなりの安売りをしていたようです。安売りは体力勝負なので、いつかは限界が来ます。
――豆腐業界の課題としては、どのようなことを認識していますか。
橋本 町の豆腐店は、後継者を確保することができていません。おおよそですが、確保できているのは3割ほどではないでしょうか。あとの7割は、休廃業の道をたどることになるかもしれません。
お豆腐屋さんの事業主は年齢構成が高く、団塊の世代またはそれより少し上の世代の方が起業して今日に至っています。元気なうちはいいですが、家族経営ですから、家族が体調を悪くして、そのまま店を閉じるというケースも多いです。
もうひとつは、厳しい価格競争にさらされていることです。
一方、卸主体の豆腐メーカーも、スーパーからの要請にこたえるかたちでダンピング競争に巻き込まれてしまいます。価格帯はスーパーが指値で決めますが、豆腐メーカーには交渉の余地が少なく、そのまま安値を受け入れる会社も少なくありません。仮に「その値段では売れない」と言ったところで、スーパーは別の豆腐メーカーと交渉するだけです。
また、ドラッグストアは「薬で儲ければいい」というビジネスモデルで、豆腐に関しては「赤字になっても、広告宣伝費と思えばいい」というきらいがある。そのため、より安く売る方向に流れています。
――やはり、中小・零細企業が多いという性質上の問題も大きいですね。
橋本 原材料である大豆や油の価格は上がっており、どこも経営は厳しいです。また、もうひとつの問題は食品表示制度が改正されたこと。加工食品に関しては「栄養成分表示」の義務化に加え、新たに「遺伝子組み換え表示」「原料原産地表示」が検討課題にあがっており、町の豆腐店にとっては大きな負担になります。
「栄養成分表示」については、2020年3月末までの猶予期間がありますが、中小・零細企業が多い豆腐業界には、「現実的に対応が可能かどうか」という不安が広がっています。
●そもそも明確な定義が存在しない「豆腐」の正体
――安値競争については、改善策はありますか。
橋本 農林水産省は、豆腐・油揚製造業を対象とした食品製造業と小売業との適正取引の推進を目指した「食品製造業・小売業の適正取引推進ガイドライン ~豆腐・油揚製造業~」を食品業界で初めて策定しました。
店頭での特売の対象となりやすい豆腐について、豆腐業界からの強い要望を受けて取引の実態を調査したところ、関係法令に抵触する恐れのある11の取引事例が報告されました。それを踏まえて、健全な取引慣行や豆腐店とスーパーとの商売上の取引が独占禁止法の「優越的地位の濫用」などに該当しないように策定されたものです。
農水省はガイドラインのパンフレットと動画も制作して、普及に努めています。全豆連としても、5月29日に農水省の食料産業局企画課長等を講師に招いて説明会を開催するなど、ガイドラインの普及を行っています。
一方では、全豆連と日本豆腐協会などの豆腐事業者から構成される「豆腐公正競争規約」設定委員会が、豆腐の定義をしっかりと定めることで、消費者にわかりやすい表示となるよう努めています。定義案では、「大豆固形分」を基準に、10%以上を「とうふ」、8%以上を「調製とうふ」、6%以上を「加工とうふ」として分類。加工状態や硬さに応じて「木綿」「ソフト木綿」「絹ごし」「充てん絹ごし」「寄せ(おぼろ)」と5つの分類も設けます。
実はこれまで、豆腐そのものの定義はありませんでした。豆腐業界が定義案を示して消費者庁や公正取引委員会の認定を得ることができれば、豆腐の定義は国からお墨付きを得ることにもなります。
――スーパーで販売される激安豆腐は別として、町の豆腐店が販売する価格には「このくらいが適正」というのはありますか。
橋本 ほかの製品も同様ですが、独禁法に抵触するため豆腐には定価はありません。標準小売価格といったものを作成したいと考えましたが、現行法上では不可能です。ただ、町の豆腐店の希望としては、「労力や原価などを考慮すると、1丁100円くらいでないと、とてもやっていけない」という話はよく耳にします。
――豆腐業界の危機的な状況を受けて、国会議員も議員連盟を結成しました。
橋本 2016年5月20日に、豆腐業界史上最大規模の「豆腐業界危機突破全国大会」を挙行し、同時に「日本の豆腐文化を守る議員連盟(豆腐議連)」が創設されました。会長は元農水大臣の林芳正参議院議員です。全豆連は豆腐議連の総会でガイドラインの作成を要請していましたが、今回はその動きが実ったかたちです。
●スーパーに“本物”の豆腐は売ってない?
――あるグルメ漫画においしい豆腐の話が登場しますが、特別においしい豆腐というのはあるのでしょうか。
橋本 スーパーで“本物”の豆腐に出会うのは難しいです。実は私も、全豆連に勤務する前は「そんなにおいしいものではない」と思っていました。しかし、全国豆腐品評会に出品される豆腐は、本当においしい。
――これからの豆腐業界に必要なものは、なんでしょうか。
橋本 団結です。大手・中堅ではオーナー企業が減少し、サラリーマン社長が増えています。すべてではありませんが、そのような社長たちは「業界で団結して、豆腐業界の地位向上を図ろう」と呼びかけても、なかなか参加してくれません。確かに同じ業界内での競争相手でもありますが、一方ではみんなで団結して業界をよくしようという働きかけが大切です。
幸い、マスコミ関係の取材を受ける機会が多いですが、これも地位向上の一環であると思います。個人的には、町の豆腐店の休廃業が相次ぎ、大手が業界団体に参加しなくなると、今後は業界として何かをやろうとしても難しくなるかもしれません。もちろん、それは豆腐業界に限った話ではありませんが。
今後の展望としては、まずガイドラインの豆腐業界への浸透・徹底を図ります。そして、豆腐の公正競争規約を定め、消費者のみなさまに豆腐の違いを理解いただき、その結果として不当廉売を防止していく。
――ありがとうございました。
(構成=長井雄一朗/ライター)