2014年に公開された、「忍者女子高生」という「サントリーC.C.レモン」のインターネットCMを観たことがある方も少なくないだろう。制服姿の女子高校生たちが熱海の街へ飛び出し、本物の忍者のようにバク転や飛び込み前転などのアクションを交じえながら追いかけっこするという、インパクトの強い内容だ。

動画共有サイト「YouTube」での再生数は850万回(2017年7月時点)を超えている。

 しかし、このCMの彼女たちのアクションが、パルクールというフランス発祥の移動術(スポーツ)だったことを知っている方はどれくらいいるだろうか。

“走る・跳ぶ・登る”といった動作を組み合わせ、街中や公園などの障害物を次々と乗り越えていくのがパルクール。心身の鍛錬にも用いられており、パルクールに取り組む人々は「トレーサー」と呼ばれる。

 そして、くだんのCMにおいて忍者風のアクションをこなしていたのは、スタントウーマンではなく、泉ひかりさんという当時18歳のトレーサーだったのだ。

 11月で22歳になる泉さんは現在、米カリフォルニアの大学に留学しているものの、ここ最近は女性版『SASUKE』といわれるスポーツエンターテインメント番組『KUNOICHI』(TBS系)に2大会連続で出場。数々の障害物を流れるようにクリアし、圧倒的な成績で完全制覇まで目前に迫る快進撃を見せ、ニューヒロインとして一躍脚光を浴び、パルクールの認知度アップに大きく貢献している。

 今回、夏休みで一時帰国中の泉さんにインタビューを行った。『KUNOICHI』出場の裏話やパルクールに取り組むスタンス、そして未来の展望などを聞いた。

●『KUNOICHI』はパルクールの応用でクリア可能?

--『KUNOICHI』での活躍を見た視聴者から、ネット上で「かわいい」と評判になっていますが、ご自身としてはどのような心境でしょうか。

泉ひかりさん(以下、泉) もともと、見た目やファッションには興味がなく、運動するのが好きというだけだったので、まさかそういう反応をされるとは思っていませんでした。変な感じです。


--『KUNOICHI』の出場選手は筋骨隆々な女性たちが多いなか、泉さんのように小柄で細身体型の選手は極めて珍しい存在だと思います。何か身体づくりで意識していることはありますか。

泉 あまり筋肉がついていないように見えるかもしれないですが、実は意外とついているんですよ。パルクールをするなかで「この動きを習得したい」と思ったら、同じ動きを何回も練習しますし、そのうちに筋肉が全身にまんべんなくついてきましたね。

 ただ、どういう筋肉をつけたいとか、そういうのは具体的に考えてはいなかったんです。初めて『KUNOICHI』に出場した際に筋力不足を実感してジムに通いましたが、実はそれまではジムでトレーニングはしたことがなかったぐらいです。だから、『KUNOICHI』で32kgのボールを押したり(第1ステージのキャノンボール)、10kg・15kg・20kgの重い壁を持ち上げたり(第2ステージのウォールリフティング)するのは、私にとってすごくキツいですね。

 でも私は身体の動かし方やコントロールの仕方を、パルクールを通して学んでいますから、それが『KUNOICHI』のクリアに役立っているのかなと思います。

--次の大会こそ、完全制覇を果たしてくれると期待しています。では逆に、『KUNOICHI』での経験がパルクールをするうえでプラスになることはありますか。

泉 この前の『KUNOICHI』(2017年7月2日放送)で、私が失敗してしまったパイプスライダー(第3ステージ最後の障害)がまさにそうなのですが、パルクールでは自分のチャレンジする障害が動くということを想定しないんです。でも、だからこそ障害がどう動くかを予測するという部分は、パルクールでよりレベルの高いことに挑戦するときに生かせるかもしれません。


--ちなみに、『KUNOICHI』ではほかの出場選手との交流も生まれますか。

泉 はい、みなさん仲よくなりますね。『KUNOICHI』はぶっつけ本番なので、大会当日は前の選手が挑戦している様子を見ながら「あそこはこうしたほうがいい」といった意見を共有し、選手同士で盛り上がるんですよ。

 また、大会が終わったあとに「パルクールをやってみたい」と私に声をかけてくださった出場者の方がいて、一緒に練習に行ったこともあります。

●注目度を利用し、パルクールを正しく広めることが自分の役割

--まだ日本のトレーサー人口は少ないようですが、そのエピソードからもわかる通り、泉さんに触発されてパルクールに関心を持ったという方は増えているのではないでしょうか。「今こそパルクールを広めるチャンス」といった使命感はあるのでしょうか。

泉 私はテレビに出たり取材を受けたりするのに慣れていませんし、正直「自分でいいのかな」と思うこともあります。でも私がメディアに露出することで、女性や身体が小さい人でもパルクールに挑戦できるということを伝えられますよね。それが自分の役割かもしれないという気がしています。

 パルクールは、一部のかっこいい動きだけが動画などで取り上げられがちで、「ああ、ビルからビルに飛び移るやつね」みたいなイメージを抱いている方も少なくないのですが、それは偏ったイメージです。私がパルクールについて正しく説明する機会を得られることで、みなさんの意識を「意外と気軽に始められるのかもしれないな」「そういうスポーツならやってみてもいいかな」といったふうに変えられたらと思います。

--泉さんは2012年、高校2年生のときにパルクールを始めたそうですが、何がきっかけだったのでしょうか。


泉 パルクールで街中を飛び回っても、かけている眼鏡が外れないという『眼鏡市場』のテレビCMを見たんです。そのときはパルクールのことを知らなかったのですが、後日、お昼の情報番組で「実はこれはパルクールというスポーツで、実践者が身体ひとつで街中の障害物を飛び越え、CGも一切使わず、ケガなくこなしています」というように紹介されていました。それを見て「すごい、私もやりたいな」と思い、大阪の初心者講習会に参加しました。

「忍者女子高生」のCMに出演したのは、パルクールを始めてからまだ2年というタイミングでした。あの頃の私はパルクールにのめり込んでいて、1年間所属していた高校の硬式テニス部もやめ、学校が終わるとすぐパルクールの練習に行っていました。

--泉さんにとって、パルクールの何がそこまで魅力的だったのでしょうか。

泉 たとえば「この障害物をこうやって乗り越えたい」と思っても、いきなりうまくいくものではありません。そこで「できないからやめた」とあきらめてしまうのではなく、その障害物を乗り越えるためには、どういう身体の動かし方を、どういう流れでしていけばいいのかと考えるんです。そして、それに必要な身体の動きのなかで比較的簡単なものからトレーニングしていって、最終的にはクリアできるようにする。そのときの達成感がパルクールの一番楽しいところです。

--自分の課題をひとつひとつステップアップさせていくという面では、パルクールはゲームの攻略に近い感覚でしょうか。昨年のハロウィンで、ご自身の「Instagram」に「スーパーマリオ」のコスプレ姿でパルクールをしている動画をアップされていましたよね。


泉 そうですね。ゲームは、コースをクリアするために必要な経験値や知識をためなければいけないですよね。運よくクリアできたとしても、次のエリアで通用するとは限りませんし、パルクールにもゲーム的な要素はあるかもしれないです。

 あと、「スーパーマリオ」はパルクールとは関係なく好きなのですが、今となってはマリオの動きを見て、「これってパルクールの動きと一緒じゃないか」という変な見方をしてしまいます。

 それに、パルクールを始めてからは街中を歩くのが本当に楽しくなりました。建物やビルの中で「あの段差、いい感じに飛び越えがいがありそうだな」とか「あそこは、ああいう動きで越えられるな」とか想像しながら見たりします。友達と買い物している最中でも、ひとりでそういう想像をしていることがあります。

●パルクールの発展のため、留学先では映像を専攻

--泉さんの留学生活についても聞かせてください。なぜカリフォルニアを拠点に選んだのですか。

泉 実をいうと私は英語が大嫌いで、高校に通っている間、ずっと苦手意識があったんです。でも、パルクールの情報は、日本よりも海外のほうがあふれていて、英語ができないとわからないことも多かったんです。

 日本はまだパルクールが発展していないと気づいたとき、「確立されたパルクールとは、どういうものなんだろう」と知りたくなりました。
自分よりもっとうまい人や、自分とは別のスタイルでパルクールをしている女性トレーサーと一緒に練習してみたいと思い、海外に行こうと決めました。留学前は英語の専門学校に1年間通って、必死に勉強しました。

 パルクールはフランスの軍隊から発祥したスポーツですが、カリフォルニアは英語圏のなかで特にパルクールが盛んな地域で、有名なチームが運営しているジムもあるんです。私の場合、パルクールのためだけに渡米したというわけではなく、カリフォルニアの大学への正規留学なので、学業と並行しながら練習会に参加しています。

--大学ではメディア・アート(映像関係)を専攻しているとのことですが、これもパルクールと関係があるのでしょうか。

泉 メディア・アートを選んだのは、動画の編集や撮影の知識を身につけたかったからです。パルクールの動きを文字に起こすのは難しいですし、パルクールの魅力を広めるうえで、動画という手段は欠かせないからです。

--確かにパルクールと映像表現の親和性は高いといえそうです。最後に、大学卒業後のプランを教えてください。

泉 大学の卒業予定は来年6月なのですが、何をするかはまだハッキリと決めていません。ただ、やはりパルクールの普及活動をしていきたいので、そのときの自分にできることをやろうと思っています。メディア露出だけでなく、裏方での情報発信や、練習会・講習会の開催など、方法はいろいろあります。
もちろん、今の勉強内容を生かし、映像コンテンツもたくさんつくり出していきたいです。

 パルクールは、人それぞれの身体に合った運動の仕方をするので、4~5歳くらいからでも始められます。海外ではおじいちゃん、おばあちゃんでもパルクールをやっている人はいます。パルクールのメインは、映像で見るような激しい動きではありません。実際は、私たちのライフスタイルに自然と溶け込んでくれるスポーツなんです。

--本日はどうもありがとうございました。
(構成=森井隆二郎/A4studio)

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