いまだに余波が続く、電通の長時間労働問題。過労自殺した新入女性社員のツイッターには、毎日の激務のなかで心をすり減らしていく様子が克明に記録されていた。



 この痛ましい事件をきっかけに、企業の間で社員のメンタルケアに関する需要が高まっている。たとえば今、注目されているのが産業カウンセラーの見波利幸氏の著書『心が折れる職場』(日本経済新聞出版社)だ。

「人の心を折る側」に焦点を当てた本書は、発刊直後から大きな反響を呼び、特に企業経営者からの問い合わせが相次いだという。著者の見波氏に話を聞いた。

●部下の心を折る「アドバイス上手な上司」

「本書の出版後、研修や講演のご依頼を多数いただきました。それだけ今、多くの人が関心を寄せるテーマなのでしょう。本を読んで、『部下の心を折っているのは、自分かもしれない』と気づいたという声もいただいています」(見波氏)

 職場における「心が折れる要因」というと、おそらく多くの人が「長時間労働」や「厳しいノルマ」「高圧的な上司」などを思い浮かべるだろう。

 しかし、実際にカウンセリングしてみると、そうしたわかりやすいケースはそれほど多くはないという。この世間の認識のズレこそが、「心を折る職場がなくならない原因」と見波氏は語る。

「長時間労働やノルマをなくすこと=良い職場というわけではありません。メンタル不調の根本にあるのは、『間違ったコミュニケーション』です。よかれと思ってやっていることが、実は部下の心を折っている可能性があります」(同)

 不幸なことに、間違ったコミュニケーションをする人は、その自覚がない場合が多い。
その顕著な例が、「アドバイス上手な上司」だ。

 たとえば、デキる上司は仕事の進行が遅れ気味の部下に対して、「どんな状況か」「何が原因で滞っているのか」など情報収集をして、適切な対処法を教えるはずだ。しかし、一見、このなんの問題もないように思える対応に、部下の心を折る大きな落とし穴が隠れている。

「アドバイス上手な上司は、解決策を提示することが最善だと思うあまり、部下の心情や状況を置き去りにしがちです。本当に大事なのは、なぜ仕事が滞ることになったのか、その経緯を聞いてあげることです。仕事の遅れよりも、部下が何に困っているかに注目しなければいけないのです」(同)

 そして、優秀な人材が揃う職場ほど「心が折れる職場」になる危険性がある。

「優秀で頭のいい人は、論理的に物事を考えるのが得意です。そのため、部下に注意するときも論理的に詰め寄り、感情を後回しにしがちです。しかも、仕事がデキない部下に対する理解が薄いため、『こんな簡単なことが、なぜできないのか』という思考になりがち。これでは、部下の中に『上司に理解してもらえない』というフラストレーションが溜まっていく一方です」(同)

 このように強いストレスを受け続けると、徐々にメンタルがすり減っていく。「寝つきが悪くなる」「食欲が落ちる」「1日中、ずっと憂うつな気持ちになる」といったうつ症状が現れ、最終的に仕事に行くこともできなくなってしまうのだ。

●メンタルが強い人でも、突然ポキッと折れる心

 その一方、学生時代に体育会系の部活をやっていた人は「どちらかというと、心が折れにくい」と見波氏は分析する。
厳しい練習や絶対的な上下関係を耐え抜いたことにより、ストレスや理不尽さへの耐性が身についているため、社会に出てもメンタルを病みにくい傾向にあるという。

 しかし、「体育会系出身の部下だから大丈夫」と過信するのは禁物だ。

「体育会系出身者は、体力、精神力ともに自信を持っているので、極限までがんばってしまうんです。このため、心が折れるギリギリになっていることに、本人ですら気づきません。『メンタルが強いから大丈夫』と思っていた人が、ある日突然、ポキッと心が折れてしまったという例はたくさんあります」(同)

 どんなにメンタルに自信のある人でも、心が折れないとは限らない。だからこそ、見波氏は「多くの社会人に本書を読んでほしい」と話す。

「『心が折れる職場』は、その会社自体に良い影響を与えないと思います。メンタル不調は、現代人の課題です。本書をきっかけに関心を持ってくれる経営者が、さらに増えることを期待しています」(同)

 周囲からの要望もあり、今年4月には「メンタルを折られる側」に焦点を当てた本『やめる勇気』(朝日新聞出版)を刊行した見波氏。電通の新入女性社員の悲劇は、すべての会社にとって他人事ではないのだ。
(文=中村未来/清談社)

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