28日、安倍晋三首相が臨時国会冒頭で衆議院解散を宣言し、日本は総選挙へ走り出した。だが、「総選挙」といえば、衆議院総選挙ではなく、アイドルグループ・AKB48の「総選挙」を思い浮かべる人々も、世間には多いのではないだろうか。
実は安倍首相は、AKB48とは浅からぬ縁がある。2013年12月、東京で開かれたASEAN特別首脳会議後の晩餐会で、約220人の各国要人の前で、AKB48が『恋するフォーチュンクッキー』を歌ったこともある。AKB48総合プロデューサーの秋元康氏と安倍首相は、13年のクールジャパン推進会議で出会って以来、昵懇の仲。新聞各紙が報じる首相動静によれば、安倍首相はしばしば秋元氏と会食している。15年3月には、新閣僚が記念写真を撮る場所である首相官邸の西階段で、秋元氏が幻冬舎の見城徹社長ら5人で安倍首相を囲んで並んだ写真が、参加者メンバーのフェイスブックにアップされた。「閣僚ごっこ」と揶揄されたこの写真は、その後削除された。
そんなAKB48の毎年恒例イベントとして知られるのが「総選挙」だ。今年は6月17日、「AKB48 49thシングル 選抜総選挙」が沖縄の「豊崎海浜公園豊崎美らSUNビーチ」で開催される予定だったが、悪天候のために中止。テレビ放映のために、豊見城市立中央公民館で、総選挙史上初めて「無観客」で行われた。
このイベントに、沖縄振興交付金から2800万円が注がれていることを、現在の外相である河野太郎衆議院議員が7月6日の自身のブログ「ごめまの歯ぎしり」で問題にした。いうまでもなく、このお金は国費。もともとは国民の税金である。
「この沖縄振興交付金の使われ方は不自然だ」と指摘するのは、『国家戦略特区の正体』(集英社新書)の著者であり、立教大学経済学部の郭洋春(カク・ヤンチュン)教授である。
「沖縄振興交付金で運営される戦略的課題解決型観光商品等支援事業に、AKB48選抜総選挙が選ばれたということで、会場運営費などとして2800万円が出されたということです。時系列から見ていきましょう。同事業の公募が始まったのが今年の2月15日で、締め切りが3月18日。本審査が始まるのが3月29日で、採択事業を発表したのが5月18日です」(郭教授)
この発表については、「戦略的課題解決型観光商品等支援事業 沖縄観光 デザインアクション2017」のサイトで、事業内容が以下のように紹介されている。
<国民的アイドル「AKB48」グループが行う毎年恒例の一大イベント「AKB48 49thシングル選抜総選挙」を沖縄で開催。このイベントを皮切りに、次年度以降は総選挙が行われた聖地として沖縄を訴求。AKBグループのアイドルフェスを毎年開催することで「アイドルアイランド」のブランドで沖縄県を世界にアピールします>
●数々の疑問点
郭教授が続ける。
「しかし、AKBが沖縄で総選挙を行うと発表したのは、3月20日なんですよ。つまり、同事業に採択されるはるか以前に、沖縄でやると発表しているんです。開催日が6月17日なので、5月18日の発表から準備しても間に合わない。そうすると最初からAKBありきで話が進んでいたとしか思えないです。
そうすると、新たな疑問が湧いてきます。今回、AKB総選挙は9回目。すごいビッグネームで、テレビ局もスポンサーもついている国民的なイベントなわけで、特定の事業資金を手に入れなくても十分に成り立つのに、なぜ交付金を入れたのかということには、相当な違和感を感じます」
文字通り沖縄の振興のための、沖縄振興交付金である。そこからも疑問が湧いてくる。
「同事業の公募要項には『持続性及び発展性が見込まれ、自走化に向けた計画が明確な取り組み』と書かれています。そうするとAKB総選挙は、次年度以降も沖縄で行われるということでないと、条件を満たしません。しかし、これまでの8回を見ていくと、6回目までは東京で、同じ場所でやったのは日本武道館で2回、あとは味の素スタジアムやJCBホールなどと、場所を変えている。7回目が福岡で、8回目が新潟。9回目を沖縄にしたということは、いろいろな場所でやって広げていこうという狙いだと思うので、今後沖縄でずっとやるっていう発想がAKB総選挙にあるとは思えません」
今年、無観客の総選挙で1位に輝いた指原莉乃は「今回の沖縄でのイベント、6月に野外でということに無理があったと思っています。すみませんでした。
同事業の募集する事業のなかに「観光客数の落ち込むボトム期の解消に係わる観光集客力の高いイベントの取り組み」とある。6月の開催はボトム期での集客を見込んでのことだが、この時期は梅雨で台風も多く来る時期だからこそボトム期なのだ。
「マリンスポーツが盛んなので、閑散期だから人が来るイベントとしてAKB総選挙を選んだという論理でしょうが、台風のシーズン、梅雨のシーズンにイベントを野外でやるという発想がおかしいんです。そういうシーズンなら、屋内でできるようなイベントを考えるべきですよ。あるいは台風のリスクもあるので、そこは外して繁忙期にもっと盛り上げることを考えてもいいわけです。自然相手で、特に沖縄に来る台風の威力は強いですから、飛行機が飛ばなくなることもある。そういう客観的状況を考えずに、『閑散期にAKBを呼べば人が集まる』というのは、あまりにも短絡的な発想です。
また、同事業の採択要件に係わる留意事項というのがあって、そのなかの3つめに『アンケートの実施と報告』という項目があるんです。『事業実施の際に参加者等に対しアンケートを必ず実施し、参加者の傾向が反映された分析結果を提出すること』とある。無観客になって参加者がいないので、アンケートは採れない。するとこの採択要件から外れることにもなります。
●誰のための「沖縄振興」か
AKB総選挙は日本のどこでやっても、集客が見込めるビッグイベントだ。沖縄でイベントを行うことに、AKB側に特段のメリットはない。AKBが全国から集客してくれるのだから、宿泊や飲食などで多少とも地域経済は潤うことになり、沖縄にはメリットがある。沖縄県がAKBを呼びたかったというのが、真相ではないか。
「地域振興につながるということで、自然な発想としてはそうなるでしょう。AKB側としても、福岡や新潟でやってきて、今回もいろんな候補を選んでいたはずですから、その時に沖縄から誘致があれば、やろうかなということにもなるでしょう。ただそこで、交付金をそういうかたちで使うことが、果たして妥当だったのかどうか。同事業に採択されるということを前提に、沖縄県がAKBと約束していたということになると、国費の使い方を沖縄県が間違えているのではないか、という批判は当然出るでしょう」
沖縄は日本のなかでも、音楽の盛んな土地だ。本土で民謡といえば古いものだが、沖縄は今でも新たに民謡が生まれている。沖縄独特のポップスもあり、沖縄出身で日本全国で活躍しているアーティストも多い。
八重山諸島にある人口40人ほどの小さな島、鳩間島では、毎年音楽祭を開き、今年で20回となった。比嘉盛雄らが沖縄民謡で盛り上げたのをはじめとして、宮沢和史、夏川りみも出演。会場には、島産のヤギ汁や島野菜、近海魚に特製カレーなどが並んだ。約1300人の参加者は、沖縄独特の歌や踊り、味に魅了された。
鳩間島音楽祭の主催者によると、イベントは自力で行っており、沖縄県の支援は受けていないとのこと。支援を受けるための公募の存在も知らないという。
「そういう沖縄らしいイベントにお金を出したほうが、地域の活性化という観点からするとふさわしいわけですよ。AKBは勝手にどこででもできるわけですから。集客によって沖縄に多少のお金は落ちるかもしれないけど、ファンはチケットを買って、投票するためにCDを買って、ほとんどのお金はプロダクションとか音楽業界に流れていくわけです。これから新しく事業を立ち上げようとしているところとか、もう少し資金援助すればもっとうまくいくだろうというところにお金を出して、その先、自立できるようにするというのが正しい使い方。うまくいっているところに国費を注ぎ込んでも、しょうがないわけです」
当事者の見解を聞くべく、沖縄県観光整備課に連絡し、メールで質問を送った。返信がないため再度連絡すると、担当者は休みとのこと。
国費が間違った使い方をされたという疑問に、沖縄県観光整備課は答えることができないようだ。
(文=深笛義也/ライター)