ファッションEC最大手ZOZOTOWNが、10月1日から配送料金を変更した。同日、同サイト上には次の記載が現れた。



「本日10月1日よりZOZOTOWNの送料は、お客様に自由に決めていただけるようになりました。お客様のご都合やお気持ちに合わせご自由に設定ください」

 新しい配送料金体系として、デフォルト(初期表示)では1件当たり400円という料金が表示されており、消費者は自由に料金を設定できる。これまでは、購入代金4998円(税込)以下の場合は送料399円(同)、それ以上の場合は無料だった。

 10月1日といえば、ヤマト運輸が一般の宅配料金の値上げを開始した日でもある。その逆の道を選んだのがZOZOTOWNで、あくまでもユニークな企業スタンスを崩さない、興味の尽きない会社だ。

●競合は百貨店

 ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイ(前澤友作社長)の業績は絶好調だ。同サイトは楽天のように外部の会社が商品を出品して販売するモール型ECサイトで、ファッションに特化している。男性ものも扱っているが、女性ものがメインである。現下の出店ブランド数は6000を超え、それらのブランドがZOZOTOWNで売り上げた年間商品取扱高は2120億円(2017年3月期、以下同)、そこから発生している同社の年間売上(主として販売手数料)は763億円、営業利益は264億円を記録した。

 ECサイト企業として高収入・高収益なだけでなく、急激な成長を続けていることでも知られてきた。今期に入ってZOZOTOWNの売上(取扱高)は前年比40%増ともいわれ、この8月には株価時価総額で1兆円を達成した。ZOZOTOWNがスタートしたのが04年だったので、実質的に13年で「企業価値1兆円」を実現した。


 同じくECサイトの雄、米アマゾンが1兆円を達成したのが、ちょうど設立13年目で、これより早く達成した大企業は米グーグル(9年)、中国シャオミ(5年)くらいしか見当たらない。もちろん日本企業としては最速だ。

 そんなスタートトゥデイは、自らをファッションのカテゴリー・キラーとして認識していて、競合は強いて言えば百貨店だとしている(柳澤孝旨副社長、「週刊東洋経済」<東洋経済新報社/17年9月23日号>より)。

 カテゴリー・キラーとしてのZOZOTOWNと、競合認識された総合百貨店の関係が、「イノベーションのジレンマ・セオリー」に当てはまるので解説したい。

●大きな会社ほど新しいビジネス・モデルに対応できない

『イノベーションのジレンマ』(翔泳社/01年)は、米ハーバード・ビジネス・スクール教授(当時)だったクレイトン・クリステンセン博士が著した経営戦略の名著だ。

 成功している大企業は、現在奉仕している大顧客の顧客満足度をいっそう高めようとする。その結果、現在商品や技術の機能改善、向上に全力を注ぎ、多くの場合、価格も改訂(値上げ)することができる。そんな企業は、市場の片隅に出現した新奇な技術や商品(=イノベーション)について力を注ぐことはできにくい。イノベーションの技術要素については大企業のほうが凌駕していても、である。そうこうしているうちに、イノベーションである新商品・サービスは急速にビジネス規模を拡大し、やがて既存大企業をも凌いでしまう、というのがこのセオリーの骨子だ。

 クリステンセン博士は、1990年代におけるコンピューターの記憶装置(ディスク)ビジネスの変遷を調査して上記を説明した。メインフレームに接続する大型ディスク・メーカーが、5インチなどの小型フロッピーディスクの出現に手をこまねいて、衰退していった。


 私は旧著『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(ぱる出版)で、写真フィルムとデジタル・カメラの例で説明した。デジタル・カメラを発明したのは、皮肉なことに倒産した写真フィルムの老舗、コダックだったのだ。

●象はなぜ子犬にまけてしまうのか

 スタートトゥデイがZOZOTOWNを開設したのは、04年のことだ。当初は収載していた商品は、ブランド数で17しかなかった。同社がマザーズに上場したのが07年のことなので、それ以降は業績が開示され、財務数値を追うことができる。07年3月期、つまりZOZOTOWNを開始して3年たって、ブランド数は680に、ブランド(出店者)の商品取扱高は112億円、ZOZOTOWN側の取り扱い手数料が主となるスタートトゥデイの売上高は60億円にすぎなかった。

 ZOZOTOWNが成長を加速したのは、05年に国内最大手のセレクトショップであるユナイテッドアローズが本格出店したことだといわれる。つまり、ZOZOTOWNはサイトを開設した04年から07年まで、業容的には本当に小さな存在だった。サイトの総売上が100億円にやっと届いた(07年)、百貨店の大型店舗ひとつにも及ばない存在だったのである。

 さらに特筆しておきたいのは、ZOZOTOWNでの販売手数料は30%ほどといわれるので、企業としてのスタートトゥデイの年商はその時代30億円に届かない状況と推定されることだ。この規模感は、まったくの中小企業だろう。

 ひるがえって、現在百貨店首位である三越伊勢丹ホールディングスの05年段階の年商は、伊勢丹だけで7600億円(06年3月期)、三越は8041億円(同年2月期)と、合わせて1兆円を優に超える流通ジャイアントだった。
ちなみに百貨店全体での服飾総売上は05年に3兆150億円もあった(日本百貨店協会による)。

 百貨店の企業価値は何かというと、良質な顧客にアピールすることだろう。その極地として「お帳場」などと呼ばれる、特定の富裕顧客に対する担当店員の張り付け、そして外商制度などだ。ファッションの分野でいえば、中流の上のカテゴリーに入る女性客に店頭でいかに比較的高額な衣料を売り込むかが、伝統的なビジネス・モデルだった。

 ZOZOTOWNが流通ジャイアントたちの視界に入って来ていなかった今世紀の初頭、百貨店がネット通販を行っていなかったのかといえば、そんなことはなかった。私は当時もお中元やお歳暮は高島屋などのネット通販を使っていた記憶がある。

 つまり、自前の技術もあれば、IT技術やプラットフォームに投資する資本もある、人材も社内にいなければいくらでも外部リソースを使うことができただろう。それが当時の百貨店の状況だ。

 つまり、欠けていたものは「意思」だけだったのである。

 出店社ブランドの売上が100億円に満たないZOZOTOWNのビジネス・モデルに降りていけなかった百貨店。その結果、百貨店の衣料品売上はこの10年間で3割以上減少してしまった。この10年間で日本の百貨店は総売上が約1.6兆円減少したが、そのうち衣料品の減少幅は約5000億円にも達している(日本百貨店協会の資料による)。
さらに、17年7月まで百貨店総計では、衣料品が21カ月連続で前年同期売上を割り込んでいて、回復の傾向は一切見られない。

 クリステンセン博士の『イノベーションのジレンマ』では、巨大百貨店に対抗するイノベーションであるZOZOTOWNの存在を「破壊的技術」と呼ぶ。ここでいう「イノベーション」とは単にテクノロジーだけの革新に終わらない。それはサービスであったり、ZOZOTOWNの場合はそのまだ唯一無二というべきビジネス・モデルだろう。

 同書によれば、「破壊的技術」は先行大企業のビジネスを破壊してしまう。だからこそ「破壊的技術」なのだ。

 衣料品流通の場合、破壊されるのは百貨店の衣料品ビジネスである。10年後に百貨店のファッション売り場は果たして残っているのか、そして主力売り場を失った百貨店というビジネス・モデルはどのように変容しているのだろうか。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)

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