以前ほどではないが、書店に安倍晋三首相を称える本、韓国や中国の危機を煽る本などが書店に並び続けている。愛国本や嫌韓本は書店の一角を占め、それ自体が特定の政治的主張を訴えるような印象も与えている。
普通の感覚を持っている人ならば、「あれ、なぜこんな恐怖心を煽るような本がこんなにも並んでいるのだろう?」と思うかもしれない。売れるから、というのは一つの答えだろう。しかし、売れるから並ぶ、というのは当たり前のことであり、なぜ売れるようにしているのか、という視点から考えなくてはならない。
鍵となるのは、取次を中心とする出版流通システムだ。
●取次の仕組みと愛国・嫌韓本
出版社が本をつくり、書店に販売するまでに、取次という本の問屋が介在する。取次は、本を出版社から全国の書店に送り込むと同時に、出版社に書籍の代金を渡すという役割を持っている。
出版労連がつくった『現場からみた これが取次だ 出版流通と労働条件の改善をめざして』というパンフレットがあり、取次の役割がていねいに記されている。これによると、取引出版社は発売予定の出版物の企画書や見本を持ち「仕入れ窓口」を訪れ、そこで配本部数や販売条件を交渉するという。その際に取次の仕入れ担当者は、本の内容や著者、定価、類書実績、そして出版社の過去の実績などを判断材料に仕入れ部数を決定する。その後、配本担当者は、仕入れた商品の特性や配本する書店の売上規模、商品構成、客層や過去の販売実績、書店の事前注文をもとに配本数を決定する。
つまり、どんな本をどのように売るかは、取次が決めるようなものだ。
これらの実績をもとに、右派系の本が書店に並び続けることになっている。取次の仕組みをよく分析し、そこに適合する本を流し込むというのが、愛国本の出版社がやっていることなのだ。そして、流し込めるだけの実績を、右派系の本は持っている。
一部の愛国本については、書店のランキングを操作しているということもある。出版業界では、紀伊國屋書店の「PubLine」という、販売部数を出版社などに提供するサービスがある。安倍首相の後援会が安倍首相を称える本を紀伊國屋書店で政治資金を使って数百冊買ったということが以前報じられていた。これは、紀伊國屋書店のベストセラーランキングに乗せることで、「売れている」ということを出版業界内に示し、さらに愛国本の力を高めようとするものだ。
また、一部の愛国本の著者は、自らセミナーを開き、そのセミナーの会員に本を売るようにしている。そういった著者は、著者紹介の欄にそのセミナーの案内を掲載している。こうして、右派系の本は書店店頭での力をますます持つようになっていく。
●右派系の本のつくり方
右派系の本は、読み手にわかりやすいようにつくられている。まず、危機感を煽るような表紙と帯があり、「わが国は大丈夫なのだろうか」「安倍首相でないと日本はだめなんじゃないだろうか」ということを、買う人に印象づける。ぱらぱらと開いてみると、書いてある内容自体はそれほど難しくはない。「ならば読んでみようか」という人も多い。もちろん、こういった右派系の本をよく買っている人もいるだろう。
実際に読んでみると、頭に入りやすいような内容を(ただし専門家の検証に耐えるものではない)、わかりやすい文章で書かれており、読者の溜飲を下げることができるようになっている。文章については、ゴーストライターの手によるものが多い。また、対談をまとめた本も多い。最近では、ビジネス書のゴーストライターは「編集協力」ということで奥付やあとがきに氏名が掲載されることが多いが、右派系の本については決して多くはない。
本文の組版も、ゆったりと組んであるものが多く、読みやすくできている。こういったつくりにより、難しそうなことをわかりやすく書いていると読者に思わせ、読者は賢くなったような気分になる。また、値段も大事である。単行本で1,200円から1,400円程度、あるいは新書のものも多い。とくに新書は、千円札1枚を出してお釣りがくるということになっている。そんなに、高いものではないのだ。このように、読者にフレンドリーでリーズナブルなつくりをしているからこそ、右派系の本は売れるのである。
「売る」ということを意識した本は、取次を中心とした出版流通システムに適合し、手に取ったあとも読者に優しくできている。こういった本が売れることは、決していいとは思わない。しかし、右派系の本が現在の出版流通システムに適合しすぎていることは、そうではない本を出している出版社にも考えていただきたいことだ。
(文=小林拓矢/フリーライター)