今年5月、63歳の阿川佐和子さんが6歳年上の元大学教授の男性と結婚したことが話題になった。かつて“結婚できない女”といわれた阿川さんの“熟年結婚”に祝福ムードが広まったように、近年は中高年の恋愛・結婚が肯定的に受け止められるようになってきている。
実際、最近は熟年向けの婚活ビジネスも盛んで、中高年層の参加者が増加している。一方で、熟年世代が結婚相手に何を求め、どのような事情で婚活に励んでいるのかは、あまり知られていない。
そんななか、熟年世代の婚活事情を6年以上前から取材し続け、今年6月に『熟年婚活』(KADOKAWA)を上梓したのが、作家の家田荘子さんだ。家田さんが目にした熟年世代の恋愛、そして婚活事情とは。
●デート代に800万円…金目当ての熟年女性も
本書の取材のために、家田さんは東京や大阪の婚活バスツアー、婚活パーティー、婚活サロンなどに何度も足を運んだという。
「婚活ツアーや婚活パーティーの取材では、参加されている方々に許可をもらい、その人の人生もひっくるめて話をうかがうことが多かったですね。もちろん、婚活の理由やきっかけは人それぞれです。ただ、多くの方が『残された人生を厚みのあるものにしたい』と考え、新たなパートナーを探していたのが印象的でした」(家田さん)
子育てまで視野に入れて婚活する20~30代と違い、熟年の婚活はパートナーとの充実した時間を求める傾向がある。とはいえ、やはり男性と女性では目的が微妙に異なるようだ。
「女性の場合、『結婚して安定したい』という人が多い印象です。60歳を過ぎたら仕事から離れてしまいますし、現役で働いていたころの賃金が低ければ、年金も少なくなってしまう。そのため、結婚相手にある程度の経済力を求める人が多いですね。
参加者のなかには、完全にお金を目的にした女性もいる。婚活バスツアーで知り合った女性と8カ月間交際した結果、デート代など約800万円も使った会社員の男性がいたという。こうした熟年男性は、相手の女性に何を求めているのだろうか。
「これはエージェントさんから聞いた話ですが、男性には『将来、自分の介護をしてほしい』と考える人が多いそうです。シニアの婚活では看護師の女性に人気が集まりがちなのですが、そうした事情があるのかもしれません」(同)
また、20~30代の婚活と大きく違うのは、結婚経験者が多数を占めるということ。離婚や死別で妻や夫と離れてしまったが、「再び新たなパートナーを得たい」と考えて、婚活現場に足を運ぶのである。
「参加者からは、よく『今後はパートナーと一緒に旅行や趣味を楽しみたい』という声を聞きました。20~30代の若い人なら、ひとりで旅をするのも平気ですが、一度結婚して誰かと一緒に何かをする喜びを知っているシニアは、今後ひとりで過ごすことに寂しさを覚える。旅先で同じ花を見て『きれいだね』と言い合う相手がほしいと感じる人も多いのです」(同)
●熟年婚活に立ちはだかる“しがらみ”とは
ただし、家田さんによると、熟年世代の結婚には特有の障壁も多いという。最たるものが、それまでの人生の“しがらみ”だ。
「特によく耳にしたのが『お子さんに反対されてうまくいかない』というケースです。婚活クラブで知り合って成婚までいった69歳の男性と49歳の女性がいたのですが、男性側のひとり息子が『財産目当ての結婚に違いない』と反対して、ずいぶんもめたようです。
たとえ再婚であっても、パートナーが亡くなれば法律上は財産の半分は相手のものとなる。このため、自分が受け取るはずの財産を横取りされることを恐れた子どもが、熟年世代の親の結婚に反対しがちなのだ。
こうした家族のしがらみのせいで、同棲や事実婚はしても入籍までには至らない熟年カップルも多いのである。
「子の場合、親に反対されても自分の意思で籍を入れてしまいがちです。ところが、不思議なことに親の場合は子に反対されると結婚をあきらめることが多いのです。あらためて考えると、親が築いた財産に子が口出しするのはおかしなことなのですが……」(同)
さらに、平均寿命が伸びている日本では、熟年世代の親がまだ存命中ということも珍しくない。そうなると、今度は介護問題が障壁となる。
「若いときに愛し合って結婚し、一緒に年を重ねた後なら、相手の両親の介護もしやすいかもしれません。一方、熟年世代の場合は、結婚と同時に今まで他人だった人の親を見ることになる。かなり決心がいることでしょう」(同)
そのため、熟年世代の婚活では、相手に「もう親は見送りました」と自己申告する人もいるそうだ。
●熟年婚活でも、女性は1歳でも若いほうがモテる
長く生きてきたことによるしがらみは、財産や親の結婚に口出しする子どもだけではない。それまでの人生で築き上げたキャリアや長年住み続けた場所など、若者世代よりも背負うものがはるかに多くなる。
熟年同士であれば、自分だけでなく相手も同様だ。住んでいる場所が離れていたり、生活スタイルがまったく違っていたりするケースもある。
「若ければ、相手のために仕事を辞めたり今まで住んでいた土地を離れたりということも、比較的簡単にできるかもしれません。ところが、年齢を重ねていくと、積み上げてきたものを手放すのは難しいのです」(同)
そして、生きてきた年月が長い分、それまでの人生で培ってきた価値観を相手に合わせて変化させるのも至難の業だ。そう考えると、もはや熟年世代が理想の相手を見つけられるのは“奇跡”に近いとすら思えてくる。
「デートにこぎつけても成婚まで至らない方は多いです。熟年世代が結婚を成就させようとするなら、相手の価値観を尊重し、互いにじっくり話し合うことが何よりも大切です。あとは、『積極的にアプローチするほうが成功率が上がる』と、取材をしていて思いました」(同)
ちなみに、婚活市場で人気のある熟年はどういうタイプなのだろうか。ルックスでいうと、男性は“おじいちゃんスタイル”はNGだという。日よけ帽子やベスト(チョッキタイプ)など、孫と歩いているときのようなファッションは人気がないそうだ。女性の場合は、フワッとしたスカートをはいた優しそうな人に人気が集まるという。
「加えて、熟年の婚活でも、女性は1歳でも若いほうがモテます。
●90代でもセックス、老人ホームで不倫…
それにしても、人間はいくつまで恋愛し続けるのだろうか。成婚の確率が高くないとはいえ、家田さんから聞く熟年世代の婚活事情を見ると、若者と同じくらい積極的にパートナーを探して交流を楽しんでいることがわかる。
「人は死ぬまで恋愛をすることができます。1年間、ある養護老人ホームに毎週通って入居者の方に話をうかがいましたが、そこでは多くの高齢者が自由に恋愛をしていました。70~90代になってもセックスを楽しむ人もいました」(同)
ホーム内では、妻のいる熟年男性とホームのマドンナ的存在の熟年女性が不倫関係になったり、90歳の女性が同じく90歳の男性の寝込みを襲ったりと、まさしく「死ぬまでセックス」という光景が繰り広げられていたそうだ。
しかし、そうなると新たな問題が浮上する可能性もある。家田さんが危惧するのは、「性の老難民」の増加だ。
「今後、高齢化社会を迎える日本では『性の老難民』が増えるのではないかと、切実に心配しています。介護職の方からは、熟年男性にお尻をさわられたり、体が動かないはずの男性が突然元気になって襲いかかってきたり、という話も聞きました。熟年の婚活や恋愛が周知されていくなかで、これからは熟年世代が発散できる場を、もっと増やしていくことも大切ではないでしょうか」(同)
とはいえ、肯定的に捉えれば、それは決して悪い話ではない。家田さんは「いくつになっても、いい恋愛をするのは素敵なこと」と話す。
「熟年女性は、婚活に参加することで、またお化粧を始めてきれいになっていく。熟年男性も、相手に本当に好かれたいと思ったら、身の回りのことをきちんとし始めますから。恋愛が、生きていく上での張りや励みになるようです」(同)
以前の日本では、“おじいちゃん”や“おばあちゃん”が恋をしたり結婚相手を探したりすることは一般的ではなかった。むしろ、「高齢者が恋愛なんて気持ち悪い」と否定的に捉えられるケースが圧倒的に多かったのではないだろうか。
「しかし、現実にはいくら歳を重ねても恋愛をしたい人がいて、最期まで恋やセックスができる人もいる。それは自然な欲求であり、今後はこうした事実に蓋をすることは難しくなっていくのではないでしょうか」(同)
この先、超高齢社会が到来すれば、「熟年婚活」はますます一般的になっていくだろう。そのときには、世間の見方も変わっているのかもしれない。
(文=喜屋武良子/清談社)