東海道新幹線は、JR東海の超ドル箱路線として知られる。JR東海は系列会社も含めると鉄道事業・不動産事業・小売業など、さまざまな分野に進出しているが、本業でもある鉄道事業のシェア7割以上を東海道新幹線が占めている。
JR東海は、東京-大阪を最速で結ぶ「のぞみ」にリソースを集中させている。なぜなら、乗客の大半は東京-大阪の利用が占めているため、各駅停車の「こだま」、そして「ひかり」よりも「のぞみ」を大量に運行したほうが効率的に稼ぐことができる。
東海道新幹線「のぞみ」は東京駅を出発すると、品川駅、そして新横浜駅に停車する。新横浜駅の次に停車するのは、愛知県の名古屋駅だ。静岡県には停車しない。静岡県内には、東から熱海駅・三島駅・新富士駅・静岡駅・掛川駅・浜松駅の6つがある。静岡県は、横に長い。そのため、東名高速道路を走っているドライバーや在来線の東海道本線利用者からは、「いつまで走っても終わらない静岡県」などとも揶揄されてきた。
そうした地形的な事情もあり、「静岡県はJR東海に対して静岡県に『のぞみ』を停車させるよう要望していました。それが無理なら、せめて『ひかり』の本数を増やすように求めていました」と語るのは、静岡県の職員だ。6つも新幹線駅を擁しながら、「のぞみ」がまったく停車しない。
JR東海が「こだま」や「ひかり」の運転本数を削減し、静岡県を素通りする「のぞみ」の運転本数を増やすことを発表した際、静岡県の石川嘉延知事(当時)は「静岡県を素通りする新幹線には課税する」と怒りを露わにした。「のぞみ」が静岡県をスルーする問題は、静岡県にとって決して容認できない問題であり、JR東海が「のぞみ」シフトを鮮明にすることは、静岡県全体の経済・ポテンシャルにもかかわる話だ。
●首都圏第3空港
「のぞみ」が停車しないとはいえ、静岡県は東京からも近く、静岡駅から「ひかり」で約2時間しかかからない。東名高速を利用しても、約2時間半~3時間。近年では熱海や沼津といった静岡県東部から東京へと通勤・通学する県民も増えている。決して静岡県は交通の便が悪いわけではない。
そんな東京に近い静岡県は、1987年に静岡空港の建設を決定。静岡空港は羽田・成田と中部国際空港に挟まれた位置にあり、静岡県民からも「ごく一部しか使わないのではないか」と疑問を呈されてきた。
実際、静岡空港から静岡駅まではバスで約1時間の距離。発着便数や就航地といった利便性を考慮すると、静岡空港の存在意義は薄かった。空港の利用促進策として、静岡県は「首都圏第3空港」を打ち出して、静岡空港のPRを積極的に展開する。
静岡空港は、東海道新幹線が走るトンネルの真上にある。そのため、ここに静岡空港駅をつくり、新幹線の駅と空港とを直結させれば「東京から約1時間半でアクセスできるようになる」と主張。JR東海に、静岡空港駅を設置するように請願した。
しかし、静岡空港駅をつくっても需要は未知数。当時のJR東海は、東京駅-新大阪駅間を結ぶことに傾注していたこともあり、その中間に駅を新設することには消極的だった。途中駅ができれば、所要時間が長くなる。また、東海道新幹線のダイヤはすでに過密で、新たな各駅停車の新幹線を設定できる余裕はなかった。それらの事情から、JR東海は静岡空港駅に難色を示した。
JR東海が難色を示したことから、静岡県の静岡空港駅計画は小康状態のまま忘れられていった。
●東京、“空の渋滞”
しかし、ここにきて風向きが変わりつつある。今般、訪日外国人観光客が増加し、再国際化した羽田空港の発着回数が限界に近づいてきている。
従来、鉄道関連の政策・計画は国土交通省の鉄道局が担当する。ところが、静岡空港駅を水面下で検討しているのは、国土交通省鉄道局ではない。航空政策を所管する航空局だ。国土交通省職員は、その背景をこう説明する。
「今般、訪日外国人観光客が急増し、羽田・成田の需要は高まっています。しかし、羽田・成田のキャパシティは限界で、発着便数を増やすことは難しくなっています。国交省では、羽田の発着回数を増やす取り組みとして、さまざまなアイデアが出されました。羽田には全部で4本の滑走路があります。滑走路を増設することで、空港の発着回数を増やそうという案も出ました。しかし。
そうした状態にあるため、首都圏第3空港を東京圏域につくることはできない。国土交通省内では、羽田・成田と干渉しない首都圏第3空港の検討が水面下で始められている。東京からの距離を勘案すれば、有力候補として挙がるのは、茨城空港か静岡空港のどちらかしかない。
茨城空港は自衛隊基地と併用しているため、旅客機の発着本数を簡単に増やすことはできない。また、東京圏から茨城空港までのアクセスはバスしかない。横田基地を軍民両用化するという案も出ているが、「軍民両用化すれば飛行機が絶えず発着することになります。基地周辺は市街化しており、騒音問題が解決できません」(前出・国土交通省職員)との理由から横田の軍民両用化は難しいとの判断がなされている。
●援軍登場
一方、静岡航空に新幹線駅ができれば、東京から静岡空港へのアクセスは飛躍的に向上する。現在、東海道新幹線はダイヤ的な余裕はない。それも、中央リニアが完成すれば話は変わってくる。
「現在、静岡空港は国内線・国際線が発着していますが、なによりも好調なのは静岡空港と中国各地を結ぶ便です。静岡は世界遺産の富士山もありますし、海の幸も美味しい。そうした観光コンテンツが、たくさんの中国人観光客を呼び寄せています。羽田・成田のキャパシティが限界なら、その分は喜んで引き受けたい」
リニアは2027年に開業を予定している。静岡空港駅が実現に動きだすとしても、かなり先の話ではある。また、談合問題で完成が遅れるとの観測も流れている。だが、国土交通省の鉄道局ではなく、およそ新幹線とは縁遠い航空局ではあるものの、援軍が現れたことは静岡県にとっても心強いことだろう。
援軍の登場により、静岡県の悲願である静岡空港駅は実現に動きだすのか。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)