ベトナム人留学生のホアン君(仮名)は昨年3月に来日して以降、東京・世田谷区内の朝日新聞販売所で働きながら日本語学校に通っている。午前2時に起きて朝刊を配達した後、午前中は日本語学校の授業を受ける。

授業が終わると、午後には夕刊配達の仕事がある。休みは週1日だけというハードな毎日だ。

 ホアン君には、仕事先の販売所に不満がある。今年2月末から、販売所の都合で突然、仕事が増えたことだ。

「仕事が増えても、給料は変わりません。しかも日本人は原付バイクで配達しているのに、僕たちベトナム人だけは自転車しか使わせてもらえないのです」

 ホアン君の就労時間は週32~33時間に上る。留学生のアルバイトとして入管難民法で許された「週28時間以内」を超えるものだ。そんな違法就労を強いつつ、販売所は残業代すら払っていない。何もホアン君に限った話ではない。新聞配達の現場では、多くの留学生が彼と同様、残業代なしの違法就労を強いられている。

 東京など都会の新聞配達は、人手不足が最も深刻化した職種の1つだ。仕事の特殊な時間帯、しかも肉体労働とあって、日本人が嫌うからである。
都会の新聞配達は、かつては地方出身の新聞奨学生が支えていた。大学などに通う奨学金を支給してもらい、販売所に住み込んで働く学生たちだ。しかし最近では、新聞奨学生の希望者は少ない。

 人手不足が深刻化している肉体労働では、「実習生」として外国人労働者を受け入れてしのいでいる職種もある。だが、新聞配達では実習生の受け入れは認められていない。そのため留学生に頼る状況が生まれる。東京都内では、配達員がすべて「ベトナム人」という販売所もあるほどだ。

 新聞販売所で働く留学生には、2つのパターンがある。新聞社の奨学会に採用されて来日する奨学生と、日本に入国後、個々の販売所で雇われた留学生アルバイトだ。現在、外国人を奨学生として受け入れているのは、朝日新聞の朝日奨学会だけである。冒頭で紹介したホアン君も、朝日奨学会の奨学生として来日し、世田谷区の販売所へ配属された。

 朝日奨学会では毎年春と秋、東京事務局がベトナムなどから外国人奨学生を受け入れている。
その数は公表されていないが、販売所の人手不足によって急増中だ。関係者によれば、昨年は300人近いベトナム人奨学生が来日した。今年は春だけで250人を超えている。一方、日本人奨学生は100人にも満たない。ベトナム人に他国出身の奨学生、そして販売所で雇われた留学生アルバイトを加えると、首都圏の朝日新聞販売所だけで外国人配達員の数は1000人近いはずだ。1人が300部として、約30万部の朝日新聞が外国人によって配達されているわけだ。

●声を上げることができない留学生たち

 もちろん、外国人の配達自体に問題はない。ただし、留学生のアルバイトには「週28時間以内」という法定上限がある。販売所の仕事は、定時のシフト制ではない。朝夕刊の配達に加え、広告の折り込み作業などをしていれば、販売所がよほど注意しない限り、仕事は「週28時間以内」では終わらない。

 しかも購読者減少の影響で、販売所の経営は軒並み悪化が著しい。人件費を節約しようと、配達区域を統合する動きも増えている。
ホアン君の販売所でも最近、区域が統合された。その結果、彼の担当区域は広がり、配達する朝刊の数も数十部増えて400部近くになった。

 ホアン君は朝刊配達を3時間ほどで終える。筆者は彼の配達に同行した経験があるが、驚くほどのスピードだった。休憩もまったく取らず、ひたすら自転車をこぎ続けていた。つまり、どんなにがんばっても「週28時間以内」では終わらない仕事を割り振られているのだ。

 現在、配達現場では、原付バイクや電動アシスト自転車を使うのが大半だ。同じ販売所で働く日本人も原付バイクで配達している。しかし、彼を含む5人のベトナム人留学生には自転車しか与えられていない。「ベトナム人」というだけで差別を受けているのだ。

 ホアン君の働く朝日新聞販売所は、残業代なしの違法就労と自転車による配達についてどう考えているのか。経営者に取材を申し込むと、書面でこう答えてきた。


「今後とも、法律を守るように努めます」

 具体的な返答は一切ない。反論しようにもできないのである。

 残業代を支払えば、販売所は違法就労を認めたことになる。その点を逆手にとって、残業代を支払わない。一方で、ホアン君らは不満があっても、声を上げることもできない。販売所とトラブルを起こし、ベトナムへと強制送還されることを恐れているからである。

 ホアン君を採用した朝日奨学会東京事務局にも認識を問うてみた。以下、ファクスで送られてきた回答の一部である。

「外国人奨学生が在店する朝日新聞販売所(ASA)には、『毎週少なくとも1日の休日を与えなければならない』とする労働基準法や『週28時間以内』の勤務時間を定めた入国管理法(※入管難民法=筆者注)の順守を、日頃からさまざまなところで呼びかけています。ASAはそれぞれ独立した企業ですので、個々のASAでの労働環境について逐一把握しているわけではありませんが、外国人奨学生からの相談があった場合は、奨学会として真摯に対応しています」

●朝日奨学会の無責任さ

 ホアン君らベトナム人奨学生の休日は週1日だけだ。一方、同じ朝日奨学会に採用された日本人奨学生は「隔週2日(4週6休)」の休みがある。奨学会自体もベトナム人と日本人の差別待遇を認めているわけだ。


 違法就労については、奨学会や朝日新聞とは関係ない「独立した企業」の問題だと突き放す。販売所で不祥事が起きると、「取引先の問題」と突き放すのは新聞社の常套手段である。だが、ホアン君らは奨学会に採用されて来日している。単に販売所に法律を守るよう「呼びかけ」、あとは知らん顔ではあまりにも無責任だ。

「外国人奨学生から相談があった場合は、奨学会として真摯に対応しています」というのは嘘である。ホアン君らは奨学会に対し、自転車での配達や違法就労に関してすでに相談をもちかけている。だが、まったく対応がなされていないのだ。

「週28時間以内」を超える留学生の就労は、入管難民法違反で警察の摘発対象となる。3月にも、有名ラーメンチェーン「一蘭」で社長らが書類送検されてニュースとなった。

 新聞販売所のケースは「一蘭」よりも悪質だ。留学生に違法就労させたうえに残業代も払わず、労働基準法にも違反している。新聞配達現場のベトナム人たちは、いつまで理不尽な状況に耐えなければならないのだろうか。

(文=出井康博/ジャーナリスト)

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