いまどき、不妊治療は決して珍しいものではなくなっています。働くハイスペック女子にとっても、不妊に関することがらは身近な問題のひとつとなってきました。



 体外授精は世界のなかでも日本で最も多くの件数が実施されています。日本産婦人科学会の調査によると、体外授精で生まれた子供の数は2014年時点で4.7万人、累計で約43万人となりました。全体の年間出生数がだいたい100万人ですから、100人に5人の赤ちゃんが体外授精で誕生していることになります。その9年前の2005年と比較すると、件数は3.1倍、出生数は2.5倍に激増しています。

 増加の主な原因は、やはり女性の婚姻年齢が高くなったことでしょう。いわゆる「晩婚化」といわれる社会現象です。厚生労働省が出している2015年の人口動態統計によれば、女性の平均初婚年齢は29.4歳、男性は31.1歳でした。1950年と比べると、5年ほど遅れています。女性のほうが男性よりも晩婚化が進んでいる傾向もあるようで、これにともない出産平均年齢も上昇傾向にあります。これが「晩産化」です。1994年には第2子の誕生時点での母親の年齢が平均で29.7歳だったのが、2009年には第1子時点で29.7歳となっていますので、15年間で約1人分の差がついていることになります。

 最近目立つのが、不妊や不妊治療ストレスからメンタル不調になる女子です。
不妊治療はさまざまな負担が重なります。実際の治療の身体的、金銭的な負担、またハイスペ女子にとってはキャリア形成の真っただ中のことも多く、葛藤の末、うつ病を発症してしまうケースすらあります。

●不妊治療ストレスからメンタル不調に

 35歳ハイスペック女子のMさん。外資系IT企業勤務です。以下、プライバシー保護のため一部事実を改変しています。社内では幹部候補だとみられていて、毎日夜10時頃まではふつうに仕事をしています。2年前に結婚し、その数カ月後に自然妊娠しましたが、残念なことに流産してしまいました。

 彼女は、その際に産婦人科で告げられた言葉に愕然とします。

「もう高齢なので妊娠を急いだほうがいいですよ。今年が勝負です」

 いまどきの35歳はまだまだ社内では若手。見た目もはつらつとして若々しいMさんにとっては、思ってもいなかった言葉だったのです。早く子供をつくらなければとの思いが日に日に強まってきます。
でも、なぜか子供を授からない。最初はなんとなく妊娠できたのに。

 流産から半年たった頃、主治医から不妊治療を提案されましたが、もう少し自分の力でなんとかしたいという思いもあり、漢方薬や鍼治療を始めています。仕事のほうはというと相変わらず忙しく、平日は残業が深夜にまで及ぶことが多く、ヘトヘトな毎日です。その一方で、会社の同僚は出産ラッシュ。産休に入る予定でお腹が大きい人やすでに育休中の人など、時短勤務をしている人も結構います。子供のいないMさんにそのしわ寄せがきて、以前にも増して仕事が忙しくなっているように感じます。

 数カ月後、彼女は人工授精をやってみることにしました。高額で体への負担も大きい治療のために全力を尽くしたいとは思うものの、相変わらず仕事は忙しく、こんなにストレスがかかっていて、いい卵子が取れるのか不安でした。残念ながら結局のところ、採取できた卵子のグレードは低く、人工授精は失敗に終わってしまいました。もう一度挑戦したいと思うものの、お金もかかるし、今のように仕事が忙しいといい卵子が取れない気がする。キャリアのためにはいっそうがんばらないといけないけれど、子供はどうしても欲しい。
周囲の女子は子育てを理由に負荷を下げてもらっているのに、「働くママになりたくてもなれない自分」が代わりにやっていることへの虚しさと、なぜ自分だけ子供が持てないのかという惨めな気持ち。そんな思いがかけめぐって、眠れない日が続くようになりました。

 産業医面談を受けに来たMさんとの話で明らかになったのは、仕事自体には不満や問題がまったくないということでした。仕事が終わって夜になると、自分だけがなぜ妊娠できないのかという思いがつのり、悲しくなって眠れない。同僚が子供の写真を見せ合って、さらには子供を理由に早退するのに、彼女たちの仕事を自分が代わりにやらなければならないときに情けない気持ちでいっぱいになると言うのです。Mさんは、私の勧めでメンタルクリニックを受診しましたが、妊娠希望があるため服薬はしませんでした。不眠症状は続き、ついには出社困難となって休職せざるを得ない状態になってしまいました。

●不妊治療とそれ以外の生活とのバランスが鍵

 このケースに関して、また同様のケース一般について、対処が難しい点は主に3つあります。

1.先行きが見えない不妊治療への不安があること。
2.不妊治療中の社員への周囲の理解不足があること。
3.不妊治療とメンタル不調に関する服薬治療の両立が困難であること。

 女性は30歳を超えると、卵子の老化とともに徐々に妊娠しづらくなります。
また、不妊治療自体も年齢の上昇とともに結果が出にくくなります。しかしながら、30歳で高齢と言われてもピンとこない女性がほとんどでしょう。そんなことは考えず、ひたすら仕事に没頭する20代が過ぎ、現実に直面するのです。女性の社会進出とともに妊娠希望する女性の年齢が高くなり、不妊治療を必要とする女性も増えました。特にキャリアウーマンは晩婚の傾向が強く、Mさんのように働きながら不妊治療を受けることは、最近では決して珍しいことではありません。

 不妊治療には大きなストレスが伴います。身体的な負担はもちろんのこと、精神的、経済的な負担も大きいものです。体外授精には1回30万から40万円ほどかかります。そのため1回のチャンスを最大限に活かしたいと思うのです。採取した卵子のグレードに落胆し、もっといい卵子をつくれるようにと高額な民間療法に手を出すケースもあります。周囲に知られたくない、でも仕事の都合で治療に通うのが難しい、いい卵子を得るために仕事の負荷を減らしてほしい、でも勇気を出して職場に告白しても、ちゃんと配慮してくれるかどうか心配している女性社員は意外に多いものです。このような状況で、不妊治療のために仕事を辞めたいという相談も増えてます。


 しかしながら、不妊治療が成功する保証はありませんから、キャリアの大きな変化につながるような選択は慎重に行う必要があります。このような背景から、雇用者側の意識も変化しつつあります。最近では不妊治療中の女性に対して、期間限定で在宅勤務を認める会社も出てきました。

 不妊治療が必要だと診断されたとき、長期的な不妊治療により気持ちのコントロールができないとき、仕事との両立に限界を感じたときなど、時期やタイミングはさまざまですが、メンタル不調が発生するリスクが高くなります。Mさんのように、不眠などのメンタル関係の症状が出てきたときには、早めに心療内科や精神科を受診しましょう。「妊娠したいので薬を飲みたくない。だから受診しない」「妊娠さえすれば気分が晴れるから大丈夫」と言って、受診を拒否する女性社員は少なくありません。しかし、妊娠はゴールではありません。まずは自分の健康を優先し、その上で妊活を考えましょう。地域によっては、行政が行う不妊専門相談センターやカウンセリングサービスなどもありますので、活用を検討してみてください。

 働くハイスペック女子にとって、結婚、妊娠、子育てとキャリアの両立は永遠の課題です。ひとりで悩まず、周囲が理解し支える。
なんら目新しい解決方法ではありませんが、これにつきます。ダイバーシティーが会社を、そして社会を強くします。たくさんのハイスペック女子がいきいきと活躍する社会は、いい社会だと私は思うのです。
(文=矢島新子/産業医、山野美容芸術短期大学客員教授、ドクターズヘルスケア産業医事務所代表)

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