定額の「飲み放題」は消費者にとってお得感が高く、今や外食チェーンに欠かせないサービスだ。居酒屋はもちろん、近年はファミリーレストランやファストフードにまで飲み放題サービスが登場している。
ただし、その内容は当日限りの「2時間飲み放題」などが一般的だ。お得な半面、利用者は元を取ろうとできるだけたくさん飲むことに必死になり、落ち着いて楽しめないという面もある。
そんななか、業界初の「月額定額制飲み放題」を導入して話題となっている居酒屋チェーンがある。これを額面通りに受け取ると、一定の料金を支払えばひと月にどれだけ飲んでもOKとなり、もう元を取ろうと必死にならなくてもよさそうだ。
しかし、こんな大サービスをして店は赤字にならないのか。果たして経営は成り立つのだろうか。そこで、全国500店を超える飲食店などが加盟する会員制サポート「増益繁盛クラブゴールド」を運営する、利益倍増アドバイザーのハワード・ジョイマン氏に「月額定額制飲み放題のカラクリ」について聞いた。
●月3000円!2回の来店で元が取れる驚異のコスパ
最初に「月額定額制飲み放題」の内容を紹介しておこう。
月額定額制飲み放題を打ち出したのは、全国に約350店舗の飲食店を展開するアンドモワの居酒屋業態30店舗だ。「柚柚」「北六」「酒と和みと肉と野菜」「竹取の隠れ家」「竹取の花しずく」「なごや香」などの店舗で実施される。
利用者は「ONE MONTH MOWA PACK(ワン・マンス・モワ・パック)」というカードを購入し、期間内なら何度来店しても生ビールを含めたドリンク全250種類が120分間飲み放題になるという。来店回数の制限はなしだ。
料金は期間に応じて変わり、「1カ月3000円」「2カ月5000円」「3カ月7000円」「6カ月1万3000円」の4種類。割高感はまったくなく、「6カ月1万3000円」なら1カ月あたり約2166円となるので、コストパフォーマンスはかなり高い。
それどころか、同チェーンの通常の飲み放題サービスは「120分1780円」となっているため、2回の来店で元が取れる計算になる。インターネット上では「店は潰れないのか」「品質が心配」などの声も上がるほど反響が大きい。
しかし、ジョイマン氏は「いくつかの条件をクリアすれば、店側にも大きなメリットがあるサービスだと思います」と語る。
●月額定額制飲み放題、店側にも多大なメリット?
ジョイマン氏が言う「条件」とは、まず料理の儲けだ。
この月額定額制飲み放題サービスでは、利用1回につき料理を2品以上注文することを条件にしている。いくら定額の料金をもらっているとはいえ、利用者がドリンクだけの注文で長時間滞在すれば、店は赤字になってしまうだろう。
「その場合に重要となるのは、お客さんにとって魅力的なメニュー構成です。たとえば、刺身や焼き鳥の盛り合わせなど、飲み会の際に悩まずに頼めるメニューを充実させることができれば、店側は利益をしっかり出すことができるでしょう」(ジョイマン氏)
もうひとつは、座席数がある大型店限定でこのサービスを導入すること。
「個人で回しているような小規模な居酒屋で月額定額制飲み放題を導入してしまうと、お客さんの回転が悪くなったときのリスクが高くなります。このサービスを行うなら、最低でも30席は必要ではないでしょうか」(同)
こうした条件を満たすことができれば、月額定額制飲み放題は集客の強力な武器になり得るという。
「アンドモワは個室居酒屋業態を多く手がけており、基本的に2人以上での利用を見込んでいます。その場合、ひとりの利用者が月額定額制飲み放題のカードを持っていると、同行したもうひとりも購入する確率が非常に高くなる。居酒屋が利益を出すには、ひとり当たりののべ来店回数も大切ですが、リピーターにつながる新規客の獲得もキモになります」(同)
多額の広告宣伝費をかけて来店してもらうよりも、月額定額制飲み放題サービスの利用者を通じて新規客を増やすほうが戦略的に手堅いというわけだ。
●月額定額制飲み放題の裏に厳しい業界事情
利用者にとってお得感が高く、店側にとってもメリットが大きいとなればいいことずくめだが、実はデメリットもあるという。
「客側にとっては、利用の仕方が重要になります。もっとも損なのは、期間内に1回しか利用しないこと。また、料理を頼みすぎてしまい、結果的に通常の飲み放題のほうが安上がりだったというパターンも避けるべきです。そうなると、『あまりお得じゃなかった』と不満を感じることになります」(同)
そして、店側にとってはこのサービスを長期的に運用していけるかどうかがポイントとなる。
「たとえば、短期的に見てリピート数が伸び悩んだりドリンク代の赤字が続いたりして途中でサービス継続を断念してしまうと、将来的な見込み客の獲得につながらず、結果的に損になります。先ほど言ったように、やはり儲かる料理メニューを確立させることがポイントです」(同)
もともと、この月額定額制飲み放題サービスが導入された背景には、居酒屋を含めた外食業界全体の厳しい現実がある。
現在、激戦の居酒屋チェーンで成功モデルとされるのは「鳥貴族」や「塚田農場」だが、塚田農場は2014年5月から48カ月連続で既存店売上高と客数が前年同月を下回る状況が続いている。
「少子高齢化が進む今、飲食店は限られたお客さんを奪い合っている状況です。さらに、ネットの口コミサイトの普及により、お酒や料理にこだわっているおいしい個人店の情報が手軽に手に入るようになりました。昔に比べて、外食文化そのものが底上げされてきています。そのため、チェーン店はより一層の差別化を図る必要に迫られているのです」(同)
つまり、月額定額制飲み放題は居酒屋チェーンのなかで頭ひとつ抜きん出るための戦略といえるわけだ。今後は、ほかの居酒屋にも同様のサービスが広がることが予想される。
アンドモワも、今後は全店で月額定額制飲み放題を導入することを視野に入れているという。消費者は、このサービスを上手に利用したいところだ。
(文=末吉陽子/ライター)