4月下旬以降、村田製作所の株価が上昇基調で推移している。従来、多くのアナリストが、村田製作所の事業ポートフォリオがスマートフォン関連の部材に集中しているため、変化への対応が難しいと考えてきた。
一概に、収益の多角化が是であり、それが進んでいないことを非と論じることはできないはずだ。当たり前だが、収益源の多角化には、新規の事業を育成しなければならない。それには、時間とコストがかかる。多角化に経営資源を再配分した結果、「メトロサーク」など主力分野でのイノベーションに割かれる資源が手薄になることもある。村田製作所がIT先端分野での競争力を磨き、より多くの業種、企業からの需要を獲得し、持続的な成長を目指すことを期待したい。
●iPhoneのヒットに支えられた村田製作所
過去6年間程度の株価の推移を見ると、村田製作所の株価は350%を超える上昇を遂げている。同期間、東証一部に上場する企業全体の、平均的な株価の動向を示す東証株価指数(TOPIX)の上昇率は120%程度だった。市場平均と同程度の株価上昇率を記録している企業には、トヨタ自動車などがある。言い換えれば、わが国の企業のなかでも、村田製作所は収益の増加率、その期待が高かったということだ。
背景には、同社がアップルから受注を取り付けたことがある。具体的には、iPhoneに使われる基盤などを提供できたことが大きい。歴代のiPhoneを振り返ると、高機能化と薄型化が同時に進んだ。これを支えたパーツの一つが、村田製作所が生み出した多層樹脂基板であるメトロサークだ。メトロサークは、接着剤を使わず熱圧着で完成する。また、多層でありながら曲げることもできる。それは、薄型化を実現しながら、より大量のデータ・情報の処理を行うのに欠かせない。
この経営状況について、国内株式のアナリストらのなかには、「村田製作所の業績はアップルのiPhoneの売れ行き次第」「村田製作所の成長はiPhoneに依存した一本足打法的なもの」との指摘があった。iPhoneのヒットが、同社の業績拡大を支えたことは間違いない。加えて、メトロサークの量産技術の確立が難しく、歩留まりの改善を確認することが、今後の成長をみるうえで重要と考えるアナリストも多い。
昨年後半、村田製作所の株価は伸び悩んだ。背景には、2017年、世界のスマートフォン出荷台数が初めて前年から減少したことがある。
●新たな成長分野の開拓
18年に入ってからも、村田製作所の株価は上値の重い展開をたどった。アップルのiPhoneXのシェア低下が指摘されるなど、村田製作所の成長を支えたiPhoneの売り上げ拡大は期待しづらい状況にある。
こうした市場環境のなか、多くのアナリストが村田製作所の株への“買い推奨”を取り下げた。アナリストらが注目したのは、収益源の多角化だ。スマートフォン向けの部材・パーツ生産に加え、新たな事業からの収益獲得が実現するか否かが注目されたのである。それは、収益源の多角化が実現すれば、業績のブレは小さくなり、株は買いやすくなるという発想だ。加えて、年初来、為替相場で円高が進んだことも村田製作所の業績予想にマイナスに響いた。
4月下旬、こうした慎重な見方が一変した。株価を見ると、それがよくわかる。
これは、市場参加者が村田製作所の成長を、従来にはない新しい視点で評価し始めたことの表れと考えるべきだ。最も重要なことは、同社が“新しい需要源(供給先)”を見つけ、それが今後の成長を支えるとの期待が高まっていることだ。言い換えれば、アナリストの予想が常に正しいとはいえない。また、彼らの予想は足許の動きにとらわれ過ぎているともいえる。
特に同社が、自動車の分野でも積層セラミックコンデンサーなどへの需要が拡大していることを示したことは大きい。これを受けて市場参加者は、村田製作所が新しい需要源(基盤やコンデンサーなどの供給先)を開拓できていると判断した。
トヨタの新型クラウンのようにスマートフォンなどのITデバイスとコネクトする自動車は増えている。その変化の先には、自動車がITデバイスの一つに位置付けられる展開があるだろう。自動車は移動の手段ではなく、データを収集・発信する機器としての性格を強めるということだ。この変化は、今後もより大きな範囲で、加速度的に進む可能性がある。
●変化を支えるテクノロジー創造の重要性
村田製作所の経営を見ていると、事業ポートフォリオの分散という意味での“収益源の分散”が、常に成長に必要とは限らない。
重要なことは、長い目で社会の変化を考え、変化を支えていくテクノロジーを生み出していくことだ。そのなかで、コンデンサーや基盤に関するテクノロジーを応用して、需要を生み出すことができれば、一般的にいわれるような収益源の分散がなくても問題はないだろう。ただし、特定の産業や業種、あるいは消費者などをターゲットにし、そこから収益を獲得することに固執してしまうと、環境の変化に適応することは難しいだろう。村田製作所はスマートフォンから自動車へと需要源の乗り継ぎをうまく進めているといえる。
村田製作所には、さらなる革新を期待したい。先端分野のテクノロジーの活用が見込まれるのは、自動車だけではない。私たちの生活のあらゆる場面でIoT(モノのインターネット)化が進んでいる。変化は今後も続く。将来的に“一家に一台、あるいは一人に一台ドラえもん”のような状況が実現してもおかしくはない。同社が“夢”を実現するためのテクノロジーを生み出し、それが活躍するイメージを示すことができればいいだろう。
太陽誘電株式会社など、村田製作所の国内外のライバル企業も、コネクテッドカーやEVの開発、IoTの加速からの需要を取り込み、業績の拡大を目指している。村田製作所が他社との差別化を図るためには、他社にはないテクノロジー面での優位性を確立していくことが欠かせない。それは、収益源の分散とは違う発想だ。
そうした取り組みがないことには、企業の持続的な成長はおぼつかないともいえる。特に、部材・部品メーカーの業績は、米国や中国の最終製品メーカーの考えや規格に左右される部分が大きい。村田製作所には、最終製品の性能に決定的な違いをもたらすテクノロジーの開発などを通して社会からの支持を取り付けていくことを求めたい。そうした企業が増えれば、わが国から世界をあっと驚かすヒット商品が生み出されることもあるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)