7月25日、水戸地裁法廷。証言台に立った丸刈り、白いTシャツ、灰色のズボン姿の男性被告に小笠原義泰裁判長は、「被害者の人格を踏みにじる卑劣な犯行。

被害者の屈辱や恐怖、苦しみは筆舌に尽くしがたい」と述べ、無期懲役を言い渡した。被告は被告席に戻り、何を思うか、じっとうつむき続けた。

 被告は、今から14年前の2004年、茨城大学農学部の女子学生、Hさん(当時21歳)が殺害された事件で、殺人と強姦致死の罪に問われた岐阜県瑞穂市の工員、ランパノ・ジェリコ・モリ被告(36/フィリピン国籍)だ。私は、この判決を聞き「事件発生から14年か」と小さくつぶやき、遺族や関係者らの、あまりにも長い痛みと苦しみの日々に思いをはせた。

 ランパノ被告が逮捕されたのは昨年9月だ。逮捕容疑は冒頭でも記したように強姦致死と殺人容疑だ。私は14年前の事件発生直後、週刊誌記者として約1カ月にわたり現地に張り付き、この事件を追った。同時に「スポーツが大好きで誰からも好かれ、未来に多くの可能性を秘めた学生」が強姦され、あげくの果てに心臓にまで達するような刺し傷を負わされた上、真冬の川に放り込まれるという残虐きわまりない非道な犯罪に強い憤りを覚えた。数多い事件取材のなかでも忘れられない事件のひとつになっていた。そして5年、10年と時を経るに従い、この事件は迷宮入りの可能性が強いと思い始めていた。

 それだけに、13年の時を経ての犯人逮捕の一報に「信じられない。奇跡だ。
執念の捜査だ」と感じた。

●捜査員延べ3万5000人を投入

 事件は04年の1月31日午前9 時頃、茨城大農学部近くの霞ヶ浦に流れ込む川の河口付近で遺体が発見され、発覚した。犬の散歩中の近隣住人が、うつぶせの衣服を着けない姿で水面に浮いていたのを偶然に発見した。。110番通報で駆け付けた警察の調べで、遺体は前夜から不明のHさんと判明する。

 当時の私の取材メモから、事件概要をもう一度、振り返っておこう。

・死体発見現場

 茨城県の中堅都市、土浦市にごく近い自治体、日本中央競馬会のトレーニング施設もある美浦村の船子地区清明川河口付近で遺体が見つかる。死体が発見された河口まで、被害者のアパートからは約6キロ前後。河口は国道から30メートル前後入った地点。犯人は土地勘ありか。

・遺体状況

 頸部、肩、胸にかけて深い傷。一部は心臓内に達する傷もあった。
死因は絞殺による窒息死。死亡推定時刻は前日の午前0時から同2時。死体遺棄現場付近に黒っぽいジャージズボンが放置。車で現場まで運ばれ遺棄の可能性。死体に複数の人間のDNA遺留物。犯行はグループか。

・被害者行動

 元彼氏の男性とHさんのアパート部屋で飲食。30日午後9時以降。男性うたたね。男性が起きると書き置きがあり、そこには「ちょっと散歩に行く」と走り書き。携帯、財布、眼鏡、コンタクトレンズなど部屋に残す。自転車で外出か。


 当時はHさんの行動が謎を呼んだ。携帯電話も財布も持たず、しかも視力0.1のHさんがコンタクトも付けず深夜0時すぎ自転車で出かけたことだ。なんのために、その行き先は。

 Hさんはトライアスロン部のマネージャーを務め、明るく陽気。そして活発で社交的。捜査関係者は当時をこう振り返る。

「事件は交友関係を当たっていけば早期解決かと思われた。しかし交友関係は次々にシロ。しかも捜査が進めば進むほど被害者はしっかりした学生で、人に恨まれる節もない。そのため捜査陣の間では徐々に『流し犯行説』が強くなり長期戦の赴きになった。外国人説などは出なかった」

 私も学校関係者や友人、バイト先にあたったが「とても犯罪に巻き込まれるようなタイプではない真面目な女学生像」のみが浮上するばかり。

 捜査当局も捜査員延べ3万5000人を投じて、事情を聴いた人数は延べ約1万人も及んだ。
しかし、いずれも犯人に結び付く決定的なものは得られず事件は迷宮入りの様相も帯びてきていた。

 しかし、表の「迷宮入り」様相とは異なり、水面下では着々と、まさに「執念」の捜査が進められていた。2010年の重大犯罪の時効廃止とともに、翌11年には未解決事件専従班が設けられ、地道な捜査が続けられていた。捜査関係者は語る。

「その専従班に、事件をほのめかしていた外国人たちがいたという情報がもたらされた。その情報を追跡すると、当時岐阜県に暮らしていたランパノが浮上したのです」

●犯罪の悪質さ際立つ

 捜査員が情報に基づき、ランパノらの当時の行動を追った。すると、ランパノは当時事件発生地近くの土浦市に在住していて死体遺棄現場、美浦村の電気関連工場で働いていたことが判明。さらに当時ランパノにフィリピン人の仲間2人がいたこともわかってきた。しかも仲間のひとりはHさんと目と鼻の先のアパートに住んでいた。

 その後、ランパノは、事件直後フィリピンに帰国。しかし事件の2年後にフィリピン人女性と結婚、8年前、家族4人とともに再入国して岐阜県の自動車関連工場に勤務していた。

「事件は急展開したのです。
捜査員が数年前に岐阜を極秘訪問し、ランパノのDNAを極秘採取した。それがHさんの手のひらに残されていたDNAと一致したのです。捜査本部では残りの仲間2人も犯行に加わった可能性が高いと推測、その当時、2人はフィリピンに帰国していたため、なんとか同時逮捕を模索。だが日本とフィリピンに容疑者引き渡しの条約もないため捜査は難航。そんな折、ランパノ被告がフィリピンに帰国するとの情報がもたらされたため、残りの仲間をあきらめて昨年9月に緊急逮捕となったのです」(捜査関係者)

 そして今回7月17日から始まった裁判員裁判の公判の検察側陳述で、さらに驚くべき事実が判明した。

 ランパノたちは事件前日、ランパノの部屋で酒を飲んだ。そしてコンビニに出かけ、その車の中で「女性強姦」を決めた。そして深夜自転車で走行するHさんを見かけ自転車の前に車を止め、自転車を制止、Hさんを車に押し込んで強姦し、空き家に連れ込み殺害したという。

 ランパノたちは初めから、強姦後に殺害しようと決めていた節がある。仮にHさんでない女性が同じ時間帯に同じ場所を通りかかっていれば、その女性が犠牲になった可能性さえあるのだ。その犯人たちの精神構造に震撼する。

●求められる真相究明

 事件は2004年、小泉純一郎政権の時代に起きた。
プロ野球では楽天とライブドアが新規参入争いを演じ、韓国ドラマ『冬のソナタ』がヒットして世の中には韓流ブームも巻き起こっていた。深夜に帰宅する女性は数多かったが、強姦して殺害する外国人グループが徘徊していたなど、当時取材していた私にはピンとこなかった。捜査関係者の間でも「怨恨説」が大きなウエイトを占めていたのも納得できる。

 一方では、こんな話もある。フィリピンの事情通は語る。

「フィリピンに逃亡している犯人のひとりが、Hさんと顔見知りで、それでHさんが狙われたという情報がある」

 偶然Hさんを見かけ狙ったのか、あるいは最初からHさんを狙ったのか。ランパノは逮捕され取り調べを受け、地裁判決も出た。だが、まだ真相がすべて明らかになったとは言い難いのだ。

 さらなる真相解明の意味でも、フィリピンに逃亡している2人のフィリピン人容疑者を拘束し、詳細な真相解明にこぎつけることが必要だ。なぜ未来ある若者がいとも簡単に命を絶たれたのか。なぜ犯行グループは殺害しなければならなかったのか。ランパノの公判だけでは納得できないこともある。

 すべての真相が見えない限り、被害者も遺族も、そして犯人逮捕をあきらめず節目節目で目撃者捜しのビラを配り事件風化を防いできた友人たちも納得できないのではないか。さらなる捜査のためにも親日家といわれるフィリピンのドゥテルテ大統領の協力、英断を望みたい。ランパノ被告は地裁の無期懲役判決後に「真摯に反省している。有期刑を」と控訴した。
(文=田村建雄/ジャーナリスト)

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