夏休みに故郷へ帰省した人もいるだろう。とかく「東京一極集中」がいわれるが、地方には地方ならではの良さもある。
だが、そうした人気店のなかには、東京都心に進出する店も目立つ。失敗する場合もあるが、試行錯誤しながら軌道に乗せた例もある。
今回は、ともに東京駅前の商業施設「KITTE(キッテ)」に店がある「平田牧場」(本店・山形県酒田市)と「サザコーヒー」(本店・茨城県ひたちなか市)に焦点を当て、東京都心に店を出した狙いと、現在の取り組みを紹介したい。
この2店を選んだのは、以下の3つの理由からだ。
(1)どちらも県庁所在地ではない地方都市(人口十数万人)で存在感を高めたこと。
(2)ともに直営農場を持ち、川上(養豚とコーヒー豆栽培)から川下(飲食店経営)まで一貫して事業に取り組むこと。
(3)時期は違うが、同じビルに入居するようになったこと。
地方人気店の都心戦略として、参考にしていただきたい。
●特別な豚肉、「金華豚」専門店として訴求
「当社は直営店としてレストランを10店展開しています。うち山形県に5店、東京都内に4店ありますが、東京駅前にあるKITTE店は、フラッグシップ(旗艦店)の位置づけです。この店は特に、『平田牧場金華豚』という豚肉の専門店として訴求しています」
こう話すのは、平田牧場社長の新田嘉七氏だ。
同社は、嘉一氏が米作農業から養豚業に転じて以来、豚肉の品質向上に取り組んできた。1974年からは生活クラブ生協連合会(東京)と二人三脚で、無添加で良質な豚肉づくりに注力。長年、生協への直販ルート(BtoB=企業対企業)で事業基盤を固めた。それが2002年(酒田市の店)からレストラン業(BtoC=企業対一般消費者)に進出した経緯がある。
現在「平田牧場三元豚」「平田牧場金華豚」というブランド豚肉を手がけ、平田牧場三元豚は年間約20万頭を出荷し、単一の豚肉としては日本でもっとも出荷頭数が多い。一方、平田牧場金華豚は世界三大ハムのひとつで、高級中華食材「金華ハム」の原料豚でもある。「三元豚」は競合も手がけるが、「金華豚」や、さらに希少な「純粋金華豚」を手がけるのは2社しかない。
筆者も今年は数回、仕事仲間と「KITTE店」を利用したが、昼は会社員や東京駅利用客のランチとして、夜は接待や会食で利用されることが多い。話題の金華豚は、とんかつを食べた男性(同行者)は「ふだん食べるとんかつよりも、あっさりした味」と話し、しゃぶしゃぶを食べた女性(同)は「肉も甘く、これまで食べたことのない味」と話していた。米は山形県産「つや姫」、コース料理の前菜では「山形の三品」など郷土色も打ち出す。
●「茨城のコーヒー屋」を知ってほしい
一方、現在のカフェ業界で一目を置かれているのが、茨城県に本店がある「サザコーヒー」だ。高品質のコーヒーにこだわり、南米コロンビアには「サザ農園」という直営農園も持つ。昨年には、コーヒー職人であるバリスタの国内選手権「JBC(ジャパンバリスタチャンピオンシップ)」決勝進出者6人のうち3人が同社社員だったことも、業界の注目を浴びた。
「サザコーヒーは茨城県のお客さまに育てられてきました。長年、茨城のみで店を展開していましたが、2005年に品川駅構内の『エキュート品川』に出店して以来、東京都内に3店展開しています。都内の店は“茨城のコーヒー屋”である当店を知っていただく役割もあります」
サザコーヒー創業者の鈴木誉志男会長は、こう説明する。同社は1969年に鈴木夫妻が1店から始め(現在は妻の美知子氏が社長)、茨城県内に9店、首都圏に4店を展開する。7月13日に「KITTE丸の内店」を出店したばかりだ。こちらの店舗戦略は、品川店を手がけた長男の太郎氏(副社長)が陣頭指揮をとる。太郎氏は、KITTE店の特徴を次のように語る。
「1杯450円からあるコーヒーを提供する一方で、お酒のメニューも充実させました。たとえば新メニューの『東京アマレットコーヒー』は、ケニア産のコーヒーに1ショットのアマレット(リキュール)を加えています。
「人生にはコーヒーとともにお酒が必要」と考える太郎氏だが、東京駅前という場所柄もこだわった。これらの商品はテイクアウトもでき、新幹線や特急乗車時に車中で飲めるのだ。
●「東京駅前」は特別な場所
前述したように、平田牧場もサザコーヒーも、いきなりKITTEに出店できたわけではない。平田牧場はKITTE開業時から入店するが、東京都内での店舗運営実績が評価されての出店オファーとなった。そこに至るまでの、両社の都心進出経緯を簡単に紹介しよう。
実は、平田牧場の最初の都内進出は、東京都調布市だった。京王線・つつじヶ丘駅近くで焼肉店を出店したのだ。世田谷区内で「牛角」のFC(フランチャイズチェーン)店を運営した時期もある。こうして飲食店ノウハウを積み上げ、自社の強みである「豚肉」に特化して都心に進出したのが、コレド日本橋店だった。
ここで「都心店の運営」「ブランド豚肉」の訴求力を磨いた後、六本木ミッドタウン店に続いて出店したのが、2013年のKITTE店だった。
一方、サザコーヒーは創業以来36年間、水戸市など茨城県内での出店だった。
そんな両社でも「東京駅前は特別な場所」だと口をそろえる。東京の玄関口として「地方から来たお客にも注目されやすい」「情報発信地の役割としても大きい」からだという。
●「高価格帯」の商品開発も不可欠
両社の山形県酒田市や茨城県ひたちなか市の本店は自社所有物件だが、東京都心の店はビルイン店として高い家賃を支払う。飲食店の経営では「FLR」コストという経営指標もある。
FLRコストとは、F=フードコスト(原材料費)、L=レイバーコスト(人件費)、R=レンタルコスト(家賃)を合わせた費用を、売上高で割った比率を示す。これは、70%未満が理想といえる。もし店単体では難しくても、それに近づける努力は必要だ。
そのため都心店は、店舗演出や接客とともに、高価格帯の商品開発が欠かせない。たとえば平田牧場の夜のメニューは、5500円から1万円(税別)までのコース料理を揃えている。
レストランに比べて客単価が低いサザコーヒーは、前述した「東京アマレットコーヒー」(900円)や「東京いちごシェイク」(1000円)でも訴求する。さらに東京土産の需要に応えるため、同社オリジナルのコーヒー豆を数多く販売。売れ筋は「レインボーパック」(ドリップオン9袋で1000円)だが、200グラムで3300円の自社農園「サザ農園ゲイシャ」(ゲイシャは品種名)という希少価値の高いコーヒー豆もある(いずれも税込み)。
近年、東京駅前は再開発も進む。2020年開催の「東京五輪」に向けて、さらにインバウンド(訪日外国人)も増えるだろう。KITTEのような商業施設は、一定の上質感を保ちつつ、立ち寄れる気軽さのバランスもとる。そうした諸条件を踏まえて、国内外の消費者に「もう一度行ってみたい」と思われるよう、店舗戦略を磨き続ける必要があるのだ。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。