ヤマトホールディングス(HD)の山内雅喜社長が8月31日に記者会見を開き、子会社のヤマトホームコンビニエンスによる法人向け引越し代金の過大請求問題で改めて陳謝した。会見は、この日、社外弁護士ら第三者委員会による調査報告書が国土交通省に提出されたのを受けてのこと。
報告書によれば「悪意」を持った水増しが確認され、一部で組織ぐるみの関与もあったとされる。会見で山内社長は、再発防止に向けて、個人向けを含むすべての引っ越しサービスの新規受注を休止するとも発表した。
しかしながら、同社は今回の新規受注の休止を契機として、引越し事業そのものから撤退するのが、経営戦略的に正しい選択だと私は見ている。そのことは「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)セオリー」により説明できる。
●会社の評判を失墜させた引越し事業
第三者委員会により作成された報告書によると、引越しサービスを手がけるヤマトホームコンビニエンスの法人顧客への過大請求額は、伝票からさかのぼれる2016年5月~18年6月の2年2カ月間で約17億円。また過去5年間では約31億円と見積もっている。
過大請求には、採算性を高める目的など「悪意で上乗せした見積もりが約16%あった」と指摘された。これらは同社の四国や関西、東京など5カ所の統括支店で生じていたとされた。統括支店長が黙認していた組織ぐるみの上乗せは「四国以外には認められなかった」(委員長の河合健司弁護士)という。
ヤマトHDをめぐっては17年にも宅配ドライバーへの残業代未払い問題が発覚して社会的問題にまでなった。今回また、引っ越し子会社による意図的な不正が指摘されたことで、消費者や顧客企業に対するイメージ悪化は避けられない。主力の宅配事業にも影響が及ぶ可能性がある。
山内社長は同日の記者会見で、「すべてのお客様の信頼を裏切り深くお詫び申し上げる」と陳謝した。山内社長としては、昨年から取り組んできた配送料金の値上げが効を奏し、業績が上向き始めたこの時点での事案勃発となり、さぞ断腸の思いだろう。このような現場の暴走を、社長は絶対看過してはならない。不正を承知していた幹部は、たとえば現場のドライバー職などに格下げして、社長の大きな怒りを内外に示しておくことが必要だ。そうでなければ、それこそ「示しがつかない」。
●引越しの受注を休止したが、この機に撤退したほうがいい
ヤマトホームコンビニエンスは引越しの受注を当面休止するが、休止の期間、同社の社員は自宅待機でもするのだろうか。同社には5067名の社員がいる(18年4月現在、ヤマトHD資料による。以下同)。これだけの流通および配送の専門家は、もしヤマト運輸の宅配事業の応援に出れば、ヤマト運輸にとっては願ってもない援軍と歓迎されるだろう。何しろ、17年の残業代未払い事件を契機に同社は働き方の見直しに全社的に取り組んでいる。過去のように残業が管理されることなく膨らんでいくような状況ではない。
一方、宅配便の取り扱い個数が減ったかといえば、17年度の宅配便取扱個数が前年度と比べて1.7%減の18億3668万個になったにすぎない。
ヤマト運輸の社員数は17万1898人である。そこにアルバイトや契約社員ではないヤマトホームコンビニエンスの精鋭が5067名加われば、3%近くの増員となる勘定だ。
しかし、ヤマトホームコンビニエンスの懲罰的謹慎期間が終わって、これらの社員がヤマト運輸の宅配便の現場から立ち去ってしまうと、大きな混乱が起こるのではないだろうか。
山内社長に対する私の提言は、ヤマトホームコンビニエンスが引き起こした不祥事をさらに反省して、この際、同社を廃業してしまうことだ。それでなんの不都合が起こるというのか。社会的にはヤマトグループの反省という印象を与え、グループとしてはコンプライアンスとガバナンスを強化する選択肢となる。
ヤマトホームコンビニエンスの廃業は、グループに対してどれほどの影響を与えるのか。
ヤマトホームコンビニエンスの18年3月期の「外部顧客に対する売り上げ」は489億円で、グループ全体の3.2%でしかない。また、その営業利益は5億円強でグループ全体の1.5%しかないのである。
事業セグメント間での利益の推移はどうなるだろう。
一方、ヤマトホームコンビニエンスの直近の年間営業利益は5億円強なので、この子会社を廃業することによりグループ全体の利益は伸張するはずだ。それに、そもそもホームコンビニエンスは年間あたり8億円以上の過大請求をして問題となった。これを返金すると、引越し事業は現在でも赤字なのだ。
●PPMセオリーからも引越し事業からの撤退がよい
「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」は別名「BCGマトリックス」などとも呼ばれる。そのセオリーを提唱したのが、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)だったからだ。
PPMは企業が扱う複数の商品や事業、特に事業の優先順位を示唆してくれる。縦軸にその事業が属する業界の成長率、横軸に自社のマーケット・シェアを取り、それぞれの指標で「高」「低」に2分すると4つの象限が出現する。
ヤマトグループの場合、「宅急便ビジネス」は、2つの指標とも高い、それも飛びぬけて高いので、PPMでは「Star:花形」という象限にプロットされる。
一方、「引越し事業」はどうだろうか。アップル引越センターのHP上に掲載された記事「『引越し市場は縮小!?』のウソホント(17年12月4日付)によれば、「引越し市場は縮小傾向にあります(といっても、およそ前年比99.2~5%ですのでほぼ横ばいです、微減です)」という。
その引越し業界において、ヤマトホームコンビニエンスの「外部顧客に対する売り上げ」部門の年商(489億円)は、アートコーポレーション(991億円/17年9月期)とサカイ引越センター(807億円/18年3月期)に次ぐ規模であり、悪くない。
「市場の伸びは低い」かつ「マーケット・シェアは高い」という事業は、PPMでは「Cash Cow:金のなる木」象限に入る。このカテゴリーの事業にはあまり注力せず、そこから生まれる資金を「Problem Child:問題児」象限事業に提供して、もたついている「問題児事業」を「花形事業」に育て上げよう、というものだ。
ヤマトグループの問題は、次の「花形」に育て上げるような「問題児事業」が、グループ事業のポートフォリオに見当たらないことだ。とにかくグループ全体の売り上げの80%近くを「すでに花形」の宅配事業が占めてしまっていて、「問題児象限」に入っている事業はほとんどが宅配事業を補完、あるいはサポートする、相対的にはごく小粒な企業群にすぎない。次の「花形」となるような「柱事業」があるようには見えない。
だとすれば、同グループが取るべき戦略は、主力事業、それも突出して大きなパイを形成している宅配事業に、その経営資源を集中的に投入することだ。
セールス・ドライバーが絶対的に不足している。宅配便の個数は全体の市場としてはまだまだ伸びる。配達料金も改定に成功しつつあり、こんな事業をさらにドライブすれば、グループとしての業績は次の段階に行ける状況だ。
1959年に伊勢湾台風という大型台風が上陸し、各地に大きな被害をもたらした。
山内社長はもう一度謝罪会見を開き、ヤマトホームコンビニエンスの「廃業」を告げて大きな反省を示すのがよい。そして、謝罪に頭を下げたその陰で、そっと舌を出せばよいのだ。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)