この秋は、思わず見てしまいたくなる連続テレビドラマが目白押しですね。やはり恋愛ものが多いようですが、一筋縄ではいかない系の恋愛ドラマが多い印象です。
そんななか、『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)は、「女医が若年性アルツハイマー型認知症を発症する恋愛ドラマ」と聞き、私としては見なければならない気分になってしまいました。
しかも、ムロツヨシとサンドウィッチマンの富澤たけしが出てくるなんて、私にはツボ。しかも主題歌を歌うのはback number! 主演の戸田恵梨香は、実はあまり見たことのない女優さんなのですが、12日に放送された第1話を見たところ、ムロツヨシとの空気感も良いし、見かけに頼らない自然な演技が目を引きました。良い良い!
私が「若年性アルツハイマー」と聞いてすぐ思い出すのは、映画『アリスのままで』(キノフィルムズ)。現在公開中の映画『コーヒーが冷めないうちに』(東宝)で、薬師丸ひろ子も若年性アルツハイマーに侵された女性を演じています。
今回の『大恋愛』もそうですが、どの作品も共通して、将来自分が認知症を発症し、人格がなくなってしまう恐怖、そして実際に発症し、思い悩んだ自分すら思い出せない本人と、過去の記憶を頼りに今を乗り越えていく家族のかたちが描かれています。このドラマは、主人公・尚の葛藤が恋愛とリンクして描かれていくのでしょう。
●現実の若年性認知症患者で、もっとも多いのは50~60代
若年性認知症は認知機能障害の進行が、老年期発症のものより早いといわれています。「若年」とは、65歳以前の発症を指しています。私の尊敬する認知症専門の先生は、「やはり50代から60代前半の発症が多いかな」と語られていました。その先生が診たなかでもっとも若い若年性認知症患者は37歳くらいだそうですので、ドラマの設定はかなり早い発症ということになります。
若くして発症した方のなかには、診断されると「腑に落ちた」とおっしゃることもあるそうで、この言葉に、そこまでの苦しみが見えてきます。
若年性認知症の問題は多数あります。ご本人の問題はもちろんですが、ご本人が社会活動を継続するうえではご家族のサポートが必須になります。高齢の親が介護にあたるケースももちろんあり、社会が多方面からヘルプをしていかないといけません。そしてやはり、肉体は健康でも早期から認知機能に障害が生じれば、長寿は難しくなっていくのです。
女医友達のひとりが、親が早い段階でアルツハイマー型認知症を発症し、自分も積極的に頭部MRI検査を受けていたと聞いたことがあります。職業柄、知識があるゆえの先読みも不安もあるわけで、自分の頭部MRI画像を見るときの気持ちは想像もできません。尚も自分が若年性アルツハイマー型認知症と診断されれば、容易にその先の自分の10年、20年は想像ができるはずですから、そのあたりが劇中でどのように描かれるのか、気になります。
●初期や軽度の認知症では画像診断が困難
しかしながら、若年性認知症の初期には画像での客観評価が困難なため、周囲から心理的・社会的な症状と誤解されてしまうこともあるようです。婚約者の井原侑市(松岡昌宏)が尚のMRIを見て、「説明できない。俺の直感」と語っていましたが、認知機能障害診断のポイントとなる海馬やその周囲の萎縮がなくても、頭頂葉やその周囲の萎縮のほうが目立っている場合には、若年性認知症を疑うことが重要と文献にもあります。さすがは、アルツハイマーの最先端の研究をしている侑市です。
そして、劇中にも出てきた「MCI」(軽度認知障害/mild cognitive impairment)は、アルツハイマー病の早期診断・治療のために注目されている概念です。
「仕事が複雑になるとわからなくなってしまう」「新しい作業が覚えづらい」など、診断基準を見ていると、思わず不安になってしまう言葉が羅列されています。今時のPCやスマートフォンも積極的に使いこなせるようでないと、余計な不安にさいなまれてしまいそうです。
●合理的でぶれない性格の女医が、どう変わっていくのか
さて、このドラマを見ていて私が「面白いな」と感じたのは、女医・尚のキャラクターです。自分に自信があり、行動にぶれのない尚。言葉尻に迷いはみられません。利己的な遺伝子に抑制されながら恋愛をしてきたようでした。
結婚前に感染症の検査をすることはあっても、採血結果を交換している医者は私の周りにはいませんでした。お互いのニーズを理解し合い、きちんと肉体の相性を確認したうえで婚約にいたった侑市と尚。なんと無駄のない2人でしょう。皆がこうやって生きていけたら幸せなのかもしれないとすら感じてしまいました。
運送会社に勤め、ボロアパートに住む間宮真司(ムロツヨシ)に、猪突猛進に当たっていくさまは、「あり得るな~」と苦笑してしまいました。欲しいものはなりふり構わず手に入れるといった感じでしょうか。地位や名誉、稼ぎのいい男よりも、自分に夢やロマンを与えてくれる、そしてアップルパイを食べたことのないという、自分にとって新鮮な男に惹かれていく女医。
真司がアップルパイを食べている姿を見る尚は可愛かった。尚は実家に住み、自宅兼クリニックを母と一緒に経営しているわけですから、お金にはまったく困ってないと予想できます。物質的な部分よりも、精神的なつながりが今後のドラマの見せ所なのでしょう。
そして真司。いるな~、こういう人! 見た目と言葉使いが決してキレイではないのに、いい匂いがしてしまうと女は惹かれるのかもしれません。私だけでしょうか。
第1話を見ただけで、こんなに「面白いな」と思ったドラマは久しぶりです。
尚と真司の10年を語るドラマということなので、毎回の展開が早そうですね。初めて愛した人に対する尚の行動はどうなっていくのでしょうか。そして真司という人がどうやって尚を愛していくのかが楽しみです。尚は、もしかして認知症を発症したから、理性をなくして真司を愛してしまうのでしょうか。
(文=井上留美子/医師、松浦整形外科院長)