●利益率の低いビジネスにあえて参入した私の友人
     
 視点を変えると物事はまったく違って見えるものです。私の仕事仲間で、介護ビジネスを次々と再生させている友人の話を聞きながら、つくづくそう思いました。



 介護関連産業は成長産業だといわれています。都内の住宅地にある私の自宅の近くにも有料の高齢者住宅や各種介護施設がたくさんあり、朝夕には「●●ケアサービス」などと屋号が書かれたワゴン車が高齢者の送迎をしています。

 高齢者の数は確実に増えていて、また公的な支出も確約されていることから、産業としては魅力的に見えます。しかし、個別の企業に焦点を当てると介護関連ビジネスの実態は相当に厳しいという印象があります。私がそう考える理由は主に3つあります。

 まず人材の確保が非常に難しい点です。かなりの重労働である割に介護報酬が低く抑えられているからです。他の仕事と比べて高い給料を払うことができないため、優秀な人材を集めようと思えばなおさらです。十数年前に介護事業の担い手を増やそうと、主に東南アジアの人々を対象に「研修制度」と称して人材を輸入しようという試みもありましたが、日本語の試験が非常に難しかったため、ほとんど合格できなかった、という状況もあります。

 また、施設としてサービスレベルを上げようとしても、介護報酬に国が定めた上限があるため、企業努力によって利益率を上げられる部分が、非常に少ない点も挙げられます。それによって、会社としてサービスレベルを上げるモチベーションが上がりづらいといえます。経営側が、どちらかといえばコスト削減に走りがちな事業構造です。


 それでも成長しようと考えれば、人件費を抑制するための設備投資くらいしか残された選択肢がありません。設備投資が十分なリターンを生むには回転率を上げるしかないのですが、従業員の数は増えませんし、施設の規模を拡大すると、これまた桁違いの投資が必要となってしまいます。

 私がざっとこんな考えを話すと、その介護施設を再生させている友人は、「その通りです。でもね、私はだからこそチャンスだと思うのです」と言います。私が「では、何がポイントなんですか?」と尋ねると、彼はこう答えました。

「はっきり言って、人ですわ」

●成長企業はできない人から辞めていき、衰退企業はできる人から辞めていく
     
 企業は人である―――あまりにも当たり前過ぎる言葉に、私は少しばかりがっかりしてしまいました。しかし、それに続く友人の説明を聞くうちに、私は自分のほうが先入観にとらわれた、ありきたりの考え方しかできていないことを思い知らされることになります。

 ある時期から、その友人のところに施設を買ってほしい、なんとかしてほしいという相談が入り始めました。当時の彼は介護ビジネスについてはまったくの門外漢でしたので、とりあえず持ち込まれた相談に関して関係者の話を聞くことから始めました。

 まず、すぐにはっきりしたこととして、彼のところに相談に来た介護施設の経営者は全員ダメだったと言います。先ほどお話したシロウトの私でも思いつくような理由を説明し、人によっては数字付きで詳細な分析を加えて、自分以外のせいばかりにします。

 また、そうした経営者は、例外なく現場の仕事内容を具体的に把握していませんでした。
そのため、現場の介護士から改善の提案が上がってきても、それがどう成果につながるのかイメージが湧かないために改善が行われません。当然、介護士の気持ちも理解できませんから人がついてこずに、短期間で辞めてしまいます。このような施設で働く現場の介護士も、たいていレベルが劣る人材が残りがちです。

 一般論として、成長している企業はできない人から辞めていきますが、業績の悪い企業はできる人から辞めていきます。まさにその典型でした。

 それでも、いくつか見た施設のなかに、経営者はダメだけれど、やる気があって能力の高い介護士が何人か残っている施設がありました。自分の仕事に対してプライドを持ち、現状に対して愚痴を言うのではなく、「こうすればよくなる」と具体的な提案を持っていました。さらに、まったく定性的で主観的ですが、彼の表現を借りると「目がキラキラしていて、性格がいい」。この人たちなら、もしかするとうまくいくかもしれないと感じ、その施設をほとんどタダ同然で買い受けることにしたと言います。

 友人が経営を引き受けるようになってからは、現場の介護士の提案を3カ月以内にすべて実現しました。やる気があって能力の高い人たちの提案は現実的かつ建設的で、その施設の収益の範囲で実行可能なことばかりでした。それに加えて、友人の提案で人間関係やコミュニケーションに関する研修を、外部講師を雇って週に1回、業務時間内に行いました。


 そうしているうちに赤字垂れ流しだったその施設は、半年後から黒字が出るようになりました。感触をつかんだ友人はほかの案件が持ち込まれたら、ただ一点、「目がキラキラしていて、性格がいい」介護士がいるかどうかだけを基準に、いくつかの施設を買い取り、同じ手法で再生していきました。そして、最初の案件への着手から3年ですでに10施設を運営するまでに成長しました。

 シンプル過ぎるほどシンプルな話ですが、この話には重要な視点が隠されていると私は思います。

 提供者側の企業ではなく、需要者側である利用者の視点で介護のビジネスを見てみましょう。

 介護サービスの値段はどこへ行っても同じです。それならば利用者はサービスレベルが高いほうを選ぶのが当然です。一般的なサービスであれば、レベルが高いほど高価で、低いほど安い。そこで、需要と供給のバランスが取れています。しかし、サービス価格が統制されている介護事業の場合は、よいサービスに需要が集中します。優れたサービスを提供する施設は、「介護報酬と従業員の給与の差額×稼働時間いっぱい」まで利益を出すことができます。利益が出れば、よりサービスレベルを高めるために投資することができます。
そうすればさらに利用者が集まってきます。一緒に働いて気持ちのよい人材が集まっていて、職場環境もよい施設であれば、さらによい介護士が集まる、という好循環が回り出します。

 介護事業は一般論としては厳しいビジネスです。しかし、そんな環境のなかでもちょっと視点を変え、人を活かすことでビジネスを成長させることができるということなのです。

 もうひとつ、例をご紹介します。

●髪を切れない理容室チェーンのオーナー社長

 これは、私の先輩経営者で、関西で理容室をチェーン展開している方の話です。現在は御年70歳を超えてリタイヤしていますが、彼の父親が戦後に開いた理髪店の後を継ぎ、その地域で一大チェーンをつくり上げました。お会いするといつもニコニコしていて、まさにお大尽と呼ぶにふさわしい人物です。

 周りの人からは「リーダー」と呼ばれ、その方の名前を冠したゴルフコンペがコース貸し切りで定期的に開催されるほど、慕われています。そのコンペに参加すると、もう3メートル歩くごとに挨拶です。「いやぁ、ご無沙汰してます」「最近どうですか」「この前はありがとうございました」。コースの従業員とも全員挨拶をかわします。


 挨拶する時は、彼はまず相手の名前を呼び、前回会った時の話もきちんと全部覚えています。その間、ずっと笑顔を絶やしません。

 一度食事に連れて行ってもらった時に、「ビジネスで成功できたのはなぜだと思うか」という質問してみました。するとこう答えました。

「商売は人だよ。人が喜んで働いてもらうこと以外にあり得ない。もちろん、商売の形を考えるのは自分の役目だ。たとえば、24時間営業にして、ほかの店よりも早く安くカットする、なんてことを考えたのは自分だけど、実際にお客の髪を切るのは社員のみんなだ。自分は理髪店を経営しているけど、一度もハサミを持ったことがない。資格も持っていない」

 これだけの事業を展開している経営者が資格を持っていないとは私も驚きました。でも、そのほうがうまくいくのだといいます。

 理由は、切るのはプロである社員の仕事で、自分の仕事は、プロに満足して働いてもらうことだといいます。
それには、会社の取り分を少なく、従業員への配分を多くすることが不可欠だといいます。

 この会社の特徴は、まず店長の給料が業界で一番高いことです。決して給料だけが大事だとは思いませんが、給料は一番わかりやすいといえます。儲かる仕組みを全員で考えながら、給料が上がる仕組みをつくればがんばるし、辞めない。実力があれば独立したいと考えるスタイリストもいますが、理髪店チェーンは規模が大きいから仕入れコストも安い。だから、社員も独立するより、この人と一緒にやったほうが儲かる、ということなのです。

 ビジネスの基本的な考え方は、現在のチェーンの元となった理髪店を始めた父親から教わったといいます。

「学校の勉強はしなくてもいいから、今のうちから商売の勉強をしておけ。商売の勉強というのはな、いいか、金の数え方や髪の切り方を学ぶことじゃないぞ。どうしたら人がついてくるかを考えよ。人に好かれるとか、人に任せるとか、そういうことを今のうちから勉強しておけ」と、ことあるごとに教えられたといいます。

 とはいえ、商売が大きくなってくると、まったく勉強しないというわけにはいかないのではないですか、と私は尋ねました。すると、こう答えました。

「それはね、勉強が得意な人にお願いすればいいだけの話だ。弁護士、会計士、税理士など勉強ができる人はたくさんいる。彼らに本当に自分のためにがんばろう、と思ってもらわないといけない。だから、自分も本当に彼らのためにがんばろうと思って仕事をお願いするんだ」

 経営者の仕事はビジネスモデルを考えることと、優秀な人が集まり、それを維持する仕組みをつくり、運営していくことだということです。
(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)

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