弁護士が主人公のテレビドラマは数え切れないほどあるが、今クールの『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』(テレビ朝日系)が好評を博している。
米倉涼子が演じる主人公、小鳥遊翔子(たかなし・しょうこ)は、弁護士資格を剥奪された元弁護士。
第1話(10月11日)は平均視聴率15.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、第2話(18日)は同3.1ポイントアップの18.1%を記録するなど、今クールの民放連ドラとしては1位を独走している。
「現役の弁護士が見ても楽しめるドラマです」
そう太鼓判を押すのは、弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士の山岸純氏である。前回記事『「リーガルV」現役弁護士も大絶賛!実はあり得るシーンばかり!小鳥遊の行為も合法!』に引き続き、山岸氏にドラマの内容について解説してもらった。
●公訴の「取り消し」
ドラマでは、小鳥遊が鉄道専門家として法廷で証言し、当日の列車の状況から被害者の供述の矛盾点を突いていく。こうしたシチュエーションは、実際の裁判であるのだろうか。
「元弁護士の小鳥遊が鉄道専門家というのは、たぶんにドラマ的な展開ですけど、専門家の証言を法廷で聞くということはよくあることです。ドラマでは小鳥遊は鉄道マニアで、鉄道雑誌にも記事を書き、鉄道検定1級を持っているということですから、弁護士を辞めてから鉄道の専門家になったということで、証人採用されることはありえます。
刑事裁判は民事裁判と違って、証人尋問をかなりの頻度で行います。民事裁判ではほぼ書類がすべてですが、刑事裁判では証人が原則なんです。伝聞証拠排除という原則があるためです。誰かから聞いた話というのは、そこに誤りが発生する恐れがあるので、直接それを話している人を法廷に出してください、というのが刑事訴訟法の大原則なんです。
直接主義という原則もあり、これは裁判官が直接その証拠に当たるということです。誰かが書いた陳述書や報告書を読むのではなくて、それを言った人、書いた人から直接聞くということです。小鳥遊は鉄道専門家として、被害者の女の子は被告の顔が窓ガラスに映っていたのを見たと言っているけど、その車両の窓ガラスにはテレビドラマの宣伝ポスターが貼ってあって見えないはずだったとか、途中の駅は乗り降りが激しいので入り口近くの乗客はホームに押し出されるので、痴漢されているのにまた同じ位置に女の子が行くのはおかしいとか、当時の電車の状況について詳しく述べるわけです。立証趣旨と関係があるので、あり得る話です。これが、小鳥遊が毎回違う専門家で出てきたら、笑っちゃいますけどね。料理研究家とかファッションアドバイザーとか、投資コンサルタントとか、いろんな専門家で出てきたら、それはそれでおもしろいでしょうけど」
小鳥遊の証言で、被害を訴えていた三島麻央は、裁判の途中で被害の訴えを取り下げる。これによって、安田は無罪となるのだが、これに疑問を感じた視聴者もいたようだ。
「痴漢は罪状としては、迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪が考えられます。どちらが適用されるかはさまざまな状況が勘案されますが、下着の上から触ったら迷惑防止条例違反、下着の中に手を入れて触ったら強制わいせつ罪というのがだいたいの線引きです。
ドラマでは痴漢されたというのが虚偽だったということですが、痴漢が事実であったとしても示談が成立すれば公訴は取り消しになります。非親告罪の場合に、女性が訴えを取り下げた場合、公判を維持するかどうかは検察官の判断次第です。ドラマを見ていて感心したのは、公訴の『取り消し』と正確な用語を使っていることです。
●一流弁護士と三流弁護士
小鳥遊たちは、君島化学に対し、「安田の不当解雇の損害賠償として100億円の請求」を内容証明で送りつけ、一方で「特許をめぐる君島化学の告発会見」を行うと予告することで、和解金を得ようとする。「100億円払わないなら告発会見を行うというのなら、これは恐喝ではないか」と君島化学の常務は怒りをぶちまけるが、君島化学の代理人「Felix & Temma法律事務所」 の海崎勇人(向井理)弁護士は、おのおの別途に行われているので巧妙に法の抜け穴を突いていて、恐喝にはならないと和解交渉をするように勧める。実際に、こうした行為は恐喝等の違法行為にはならないのだろうか。
「まず、あの状況だと不当解雇と見なされるのは間違いないです。裁判官が10人いたら9人は不当解雇だと言いますね。ただ、100億円となると額が大き過ぎて、恐喝か強要罪になってきます。せいぜい100万円単位であれば、通常の不当解雇に基づく損害賠償請求と見なされます。
ただ、今回特許が絡んでいますね。従業員がその職務の上で特許を取るに値する発明をした場合、これは職務発明といって、就業規則などでルール化しておけば特許を受ける権利は会社が取得します。ところが青色発光ダイオードの件などで何回か法律が変わって、従業員が発明した場合には、確かにその人が特許権者になることはできなくて法人特許になるのですが、相応の報償金をもらうことができるようになりました。それを絡めて、安田の不当解雇の損害賠償や特許の報償金として100億円を請求するという話だったら、これはOKです。
さらに、特許をめぐる内紛の告発について会見をやりますというのが、2つあっても別に問題ないです。
海崎弁護士は「こっちの負けですよ」と言うが、本当にこれで負けなのだろうか? 対抗手段はないのだろうか?
「そのあたりも、ドラマとしてはよくできています。あそこで『いやー、なにくそ』とか『こんなの勝てますよ』って言うのは、三流の弁護士です。特許の報償金でこれくらいの額が発生するだろうというのを理解した上で、記者会見をやられた時の会社側、そして会社のステークホルダーのダメージを天秤にかけて、和解交渉をしましょうと一瞬で落としどころを判断するのは、企業法務に長けた大手の法律事務所のエリート弁護士です。
それに『負けですよ』と言ってますけど、負けではないでしょうね。特許の報償金はもともと払わなきゃいけないもので、それは300億円でもおかしくない。100億円というのはいい値かもしれませんよ。小鳥遊は100億円をふっかけておいて、落としどころは3億だと言っていましたけど、3億円で解決したなら、これはむしろ完全に会社の勝ちです」
●検察官と裁判官は一体?
裁判というのは検察側と弁護側が対等にやり合って、裁判官が判決を下すものと思われている。ドラマでは、まるで検察官と裁判官が一体になっているように描かれている。
「東京地裁には刑事部が23部まであって、東京地検にも公判部が18部程度あって、それがセットになっているんです。弁護士は事件ごとに変わりますけど、裁判官と検察官はいつも同じです。それでちょっとなんかあると、検察官が裁判官室に行って打ち合わせとかしてますからね。
“A庁上がり”という法曹界の業界用語があります。検察官は最初100人単位で、東京地検や大阪地検などの大規模庁に配属されます。ここに2~3年いた後、地方に行きます。地方で経験を積んでもう1回、大規模庁に戻ってきます。これをA庁上がりといいます。やっと法廷になじんできた検察官ということですね。ベテランの裁判官は、A庁上がりの検事が自分のところの新しい担当になると、しっかりと教え諭すような態度を取ったりするんですよね。弁護人に対してはもっと厳しいですから。刑事手続きに関して、知らないことがあると、あからさまにバカにしてきますから」
ドラマでは青島らが現場に行って検証したり、目撃者を探すためにチラシを撒いたりするが、現実に弁護士がそのようなことをするのだろうか。
「これはよく聞かれることですけど、どんな法廷ドラマでも1週間に1個しか事件をやってないじゃないですか。現実の弁護士は、1人で何十件も抱えているんですよ。
京極法律事務所にはパラリーガルとして、元銀行員の伊藤理恵(安達祐実)、元警備員の馬場雄一(荒川良々)が勤務する。「法律を勉強している者がなるのがパラリーガル」というイメージがあるが、これはどうなのだろうか。
インタビューにオブザーバーとして参加いただいた、ALG&Associatesでパラリーガルとして働く磯嵜亜矢子さんに答えていただいた。
「私自身も専業主婦でしたし、他の法律事務所から転職してきた人もいますけど、ほとんどが法律に関係ない人ばっかりです。前職は保険外交員、証券マン、ウェディングプランナー、ネイリストと多様です。さまざまな方にお会いできるので、パラリーガルの仕事は刺激的で楽しいです」
キャストも豪華な『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』だが、今後の展開からも目が離せないドラマである。
(文=深笛義也/ライター)