9月、経済産業省が「DXレポート」と題する60ページ弱の報告書を発表した。サブタイトルは「ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」。


 
 IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、AI(Artificial Intelligence:人工知能)、RPA(Robotic Process Automation:事務処理自動化システム)、ビッグデータ・アナライズといった21世紀型の技術でデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することによって、生産性を飛躍的に高め、働き方を大きく変えていこう、という内容だ。

 ただ、その前に、Windows7/Windows Server 2008やPSTN(固定電話網)、SAP ERPなどベンダーのサポートが終了し、基幹系システムの担い手が引退していく。東京オリンピックのあとの不況もあるだろう。副題にある「2025年」は、いくつかの主要なITプロダクトやITサービスのサポートが終了するざっくりした年次であって、コンピュータの西暦2000年(Y2K)問題のような時限を示すものではない。
 
 そうしたサポートが順次終了するうちに、IoTやAIの適用が広がり、自動運転やドローン、5G通信などが実用化される。既存の基幹系システムとつながらないと効果は限定的になる。「ところがその多くはレガシーシステムで、新しい価値を生み出さないのに金食い虫だ。それを解決しないとDXに突き進めない」と報告書はいう。

 IT予算とIT人材の多くが既存システムの維持管理に使われ、ビジネスの価値を高める「攻めのIT」が後手に回っている。レガシーシステムがDXの阻害要因というわけだ。これを放置すると2025年以降、日本の産業界は毎年12兆円を損失し、反対にうまく乗り越えることができれば、2030年の実質GDPが130兆円押し上げられると予測されている。

●DXの阻害要因

「DXレポート」の主張は理解できるが、これらの金額はこけおどしにすぎない。
「2025年の崖」により12兆円の損失が発生するとしても、別の方法で同額以上を稼げばいい。そのような選択肢もアリではないか。

 また、DXの阻害要因をレガシーシステムと特定していることには疑問符がつく。レガシーシステムを「老朽化したシステム」、つまり20世紀の集中処理型手続処理システム(ないしそれを単純にクラウド化したシステム)としているのだが、好意的に解釈すれば、あえて定義を単純化することで論点をわかりやすくしたかったのだろう。

 企業が特定ベンダーに囲い込まれる「ベンダー・ロックイン」もDXの阻害要因だし、千差万別のデータ構造(例えば氏名の表記で苗字と名前の間に1コマ空けるか空けないか、「株式会社」と書くか「(株)」と書くか等)、さらには21世紀型技術を生かせない組織や業務プロセスも阻害要因だろう。脱レガシーないしレガシー・モダナイゼーションの手法に「銀の弾丸」(決定的な方程式)はないので、企業がそれぞれの立ち位置と状況に応じて、それぞれのやり方で進めていくしかない。

 ただ、ITユーザーである企業は、多数のIT技術者を抱えていない。経営者が「ITはわからん」と毛嫌いし、「よきにはからえ」で済ませてしまう。一方、IT企業がベンダー・ロックインを解除される案件を喜んで受注するとは思えない。また、IT企業に勤務するIT技術者にとってもスキルアップにつながらないので、好んでやるとは考えにくい。

 そこで経産省の施策は、ユーザー側の企業がDX準備のための予算を増やすよう誘導することに絞られる。オリンピック後の不況のなか、仕事になるなら受託系IT企業はなんでも受注するし、ほかに仕事がなければIT技術者も納得する(というか諦める)。


 経産省の一部で「DX促進法のような法律をつくる」「レガシー度判定制度を創設する」などの案が検討されているという情報もあるが、そのような法制度は国や地方公共団体にこそ適用すべきだろう。民間に広げるとしても社会的コンセンサスが前提となるので、運輸・航空、物流、電力・ガスなどライフライン、石油化学、医療、金融といった重要インフラ系が中心となる。

●見逃されている2025年の数値目標
 
 以上が「DXレポート」の解説だが、筆者が目を留めたのは、レポートに掲げられた以下の数値目標だ。

(1)産業界のIT予算は2017年比1.5倍
(2)サービス追加にかかる期間は数カ月から数日へ(短縮)
(3)IT人材分布は「ユーザー5:ベンダー5」
(4)IT人材の平均年収は1200万円超
(5)IT産業の年平均成長率6%

「DX阻害要因を放置すれば12兆円減/年」「適正に対応すれば2030年のGDP130兆円押し上げ」を加えれば7項目となる。想定しているのは「2025年の崖」の先、2030年までの間ということになる。

 IT業界では、この数値の可能性が議論されることになると思われるが、多くの人にとっては「どうでもいい」ことに違いない。兆円、億円の単位で語られるGDPや産業界のIT予算はもともと縁遠い話だし、IT人材の分布も直接のかかわりはない。せいぜい「IT技術者の平均年収1200万円超」にちょっと驚いて、ひそかに「へ~」とつぶやくのが一般の人々の共通の感覚に違いない。
 
(1)の「産業界のIT予算は2017年比1.5倍」というのは、決して不可能な目標ではない。現在の事業を運営するラン・ザ・ビジネス(RTB)の費用と、事業の価値を高めていくバリューアップ(VU)の費用をどうバランスさせるか、RTBの費用を固定してDX(VU)の費用を増やしていけば、IT予算の総額は膨らんでいく。

 予算を増やさなくても、ここでいう「IT予算」は企業内情報システム部門の予算のことなので、現業部門がビジネスの生産性を高めるために投入するIT予算を参入すれば、「RTB:VU」の比は現在の8:2から6:4にも5:5にも変わるに違いない。

 また、「2025年の崖」がリアルな危機感となって顕在化すれば、産業界は受託系IT企業に頼らず、オワコン・プログラマーを再雇用せざるを得ない。
さらに現在は「ユーザー」に分類されている企業の多くがITサービス事業のウエイトを高め、「デジタル企業」が当たり前になっていく。「IT人材分布はユーザー5:ベンダー5」とは、10年後、今より多くの人が「IT技術者」になっている可能性が高いということでもある。

●DXを体感したければベンチャーか外資系
 
 最大の難関は(4)の「IT人材の平均年収は1200万円超」だ。筆者の周辺は「IT産業の多重下請け構造が解消しない限り難しい」と口をそろえる。だが、それは現状が「2025年の崖」の先も続いていることを前提としていて、前述した「デジタル企業」の登場を想定していない。

「デジタル企業」については稿を改めて詳述するが、現状でいえばネットサービス企業がそれに当たる。上場している「受託系」(システム開発・運用)211社の2017年度の就業者一人当たり年間売上高は1664万円、対して「ネットサービス系」187社は4125万円だ(筆者調べ)。受託系よりネットサービス系は生産性が2.5倍以上高い。ITをフルに活用するので従業員は少なくていい。

 見方を変えると、DXに出遅れた企業はDX社会からふるい落とされる。具体的にどのような企業かというと、「事業部長―部長―次長―課長―係長―主任」というようなヒエラルキーがカッチリしていて、何ごとにつけ上司の判断が必要な企業だ。そのような企業は安定しているようだが、変化についていけない。
日の丸のハチマキを締めて走っているような20世紀型企業は、間違いなく「2025年の崖」を転げ落ちる。経営陣がサラリーマン化していて、任期の間を無難に過ごすことを優先し、将来ビジョンを示すことに興味がないためだ。

 しかもそこに勤めている人は現状に安穏としていて、転げ落ちる危機感がない。そうして気がつけば、21世紀型ベンチャーが世の中を動かしているというわけだ。DXに取り残されるかDXを追いかけるか、DXの先端を走るか。DXの実態を体感し、年収1200万円超を追求したければ、ベンチャーか外資系への転職をお勧めする。
(文=佃均/フリーライター)

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