韓国の男性アイドルグループBTS(防弾少年団)が、原爆の写真がプリントされたTシャツやナチスをイメージするパフォーマンスなどで批判された問題。“原爆Tシャツ”を着た当人が東京ドームで開かれたライブで謝罪したほか、所属事務所が反省と謝罪の文書を発表した。

これで騒動としては一件落着なのだろうが、いくつか気になることも残っている。

●原爆投下をめぐる韓国社会の歴史認識

 嫌韓筋は、原爆Tシャツをネタに、BTSは反日だと大盛り上がりだったが、このアイドルグループにそういう憎悪感情があるわけではなく、原爆投下に対する韓国社会の歴史認識が反映された出来事だったのだと思う。

 原爆投下が、日本に降伏の決意をさせ、戦争を終結させたという“神話”がある。確かに、満身創痍だった日本にとって、「新型爆弾」による広島、長崎の被害が痛手でなかったはずはない。しかし、なかなかふんぎりがつかなかった日本政府と軍部に無条件降服を決断させたのは、それよりもむしろソ連の対日参戦だった。

 絶望的な戦況に追い込まれていた当時の日本政府にとって、唯一の望みはソ連を仲介役にした和平交渉だった。無条件降伏を避けるべく、日ソ中立条約を頼みに、条件付きの降服を模索しようとしていたのだ。

 そんななか、ソ連は1945年8月8日に突如、対日宣戦布告を行い、翌日150万の兵が国境を越えて満州に攻め入った。ソ連からは条約の期限延長を拒否する意向は伝えられていたが、破棄通告は1年前とされていたため、日本にとっては不意打ちとなった。兵力の多くを南方に投入していたこともあり、関東軍はほとんど抵抗できなかった。これにより、日本側は10万人の死傷者を出し、20万が捕虜となりシベリアに抑留されることになった。

 昭和天皇実録でも、ソ連の参戦によって万策尽きたと判断した昭和天皇が、すぐさま側近に対応を指示した様が記録されている。
原爆のような非人道的な兵器を使わずとも、日本は無条件降伏を免れなかった。

 それをあえて、アメリカが原爆を使用したのは、終戦を決定づけたソ連参戦の意義を薄め、戦後のソ連の影響力を削ぐためだった。終戦前から、戦後の米ソ覇権争いは始まっていたのである。

 アメリカでは今でも、原爆こそが戦争終結を早め、米兵のみならず多くの日本国民の命を救ったとして、使用を正当化する考え方は根強い(もっとも、最近はこうした考えにも変化が出ていて、若い世代は原爆投下を「間違っていた」と考える人が「正しかった」とする人を上回る世論調査結果も出ている)。

 韓国でも、原爆が日本の降服を導き、それによって自国が解放されたと理解している人々が、まだまだ多いようだ。

 BTSのメンバーが着ていて問題になったTシャツは、日本の統治からの解放日とされる8月15日の光復節を記念して昨年つくられたもので、原爆の写真のほか、「愛国心(PATRIOTISM)」「我等の歴史(OURHISTORY)」「解放(LIBERATION)」などの文字と、解放を喜ぶ人々の写真がプリントされていた。

 Tシャツのデザイナーは、「反日感情と日本に対する報復のために作製したデザインではなかった」としながら「原爆が投下されて日本の無条件降伏により光復がもたらされたという歴史的な事実と順序を表現するためのものだった」と説明している(韓国の中央日報日本語電子版より)。

 今回の騒動となったTシャツの写真を見て、多くの韓国人が痛快さを感じたというのも、原爆と自国の解放を結びつけているからだろう。そのために、原爆の非人道性に関心が向かない。韓国では関連ニュースに次のようなコメントが寄せられた、という。

「日本はもう1発食らうべきだ」「侵略者にそれくらいしてもいいじゃないか」「愛国心によるものなのに、何が問題なのか」(朝鮮日報日本語電子版より)

 極めて残念な話だ。

 こうした韓国の状況について、ハンギョレ新聞日本語電子版は識者の談話を紹介し、こう評している。


「韓国社会は原爆が解放をもたらしたという『光復フレーム』に閉じ込められていて、核兵器そのものの非倫理性には鈍感になっている」

 朝鮮半島出身者など、日本人以外で原爆の犠牲になった人たちもたくさんいる。このハンギョレ新聞の記事によれば、広島・長崎で約7万人の朝鮮人が被曝し、うち4万人以上が死亡した。日本の広島で生まれて被爆被害を受けた韓国人被爆者団体の代表が同紙の電話インタビューに答え、「原爆写真は光復の象徴として適切ではない。韓国は被爆者2400人以上が依然として生存している国だ。原爆が“痛快”なことではないはずだ」と語っている。

 今回の騒動が、韓国国内にもこうした被爆者の声を伝え、人々がこれまでの歴史認識を見直し、核兵器についても考えるきっかけになってほしい。

●嫌韓感情を煽るだけのヘイト言論と露呈された矛盾

 ただ、原爆が日本の支配から自国を解放したと肯定的に考える人々は、韓国人だけではなく、東南アジアにもいる。なぜ、そうした認識が広まったのか。日本は、誤った歴史認識を正す努力をすると共に、かつての植民地支配や軍隊の行為がもたらした加害の歴史を省みることも必要だろう。

 ところが、そういう視点は日本の報道やネット上で、あまり見られなかった。

 代わりに目についたのは、嫌韓PRの絶好の機会と言わんばかりに、憎悪感情を煽り立て、BTS叩きに走るヘイト言論。そして、自らに火の粉が飛んでこないように立ち回る一方で、嫌韓の土壌を広げるメディアの姿だった。


 たとえば、排外的なヘイトデモなどで知られる「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の創設者・桜井誠氏は11月5日、自身のブログに次のように書いて、BTSが出演予定だったテレビ朝日の番組のスポンサーに対する抗議行動を煽動した。

「テレビ局が一番怖がるのは、こうしたスポンサーに直接抗議されることだとか」
「これらの企業に対して、『日韓基本条約破棄判決が出たばかりの現在、国民世論が日韓断交で湧き上がっている中で、こうした韓国人を出演させることを是とするのか?』『貴社は反日企業なのか?』など問い糺したいと思っています。恐らく、こうした問い合わせは、桜井だけではなく日本中の心ある皆さんが行っていることと思います」

 これに呼応して、抗議電話をした人たちが相当数いるらしい。桜井氏は翌日のブログでこう書いている。

「皆様の声がテレビ朝日ミュージックステーションのスポンサー側に届いているらしく、現在、数社の広報担当が集まってテレビ朝日側と原爆少年団の出演について話し合っているそうです……この声を無視するのであれば、第二のフジテレビとしてテレ朝への抗議デモを実施すれば良いだけ」

 韓流ドラマを放送していたフジテレビは、2011年から12年にかけ、何度も嫌韓デモの対象となり、韓流ドラマのスポンサーまで対象となった。同じように攻めてやるという、いわば恫喝である。

 それにしても桜井氏は、たかだかメンバーの1人が、原爆の写真があしらわれたTシャツを着ただけのBTSを、ああだこうだ言える立場なのだろうか。彼が率いる在特会は、8月6日に広島でデモを行い、「原爆ドーム解体」「被爆者利権を許さない」「血税にたかる被爆利権者は日本から叩き出せ」「広島平和記念公園を解体するぞ」「核兵器推進」と叫ぶなど、被爆者の思いを踏みにじる言動を重ねてきた。現在、桜井氏が代表を務める政治団体も、「核兵器の保有を目指します」と明言している。

 ほかにも、BTSが被爆者を傷つけたとSNS上で叫んでいる人たちの過去のコメントを見ると、人権擁護や核廃絶とは逆行する発言がいくつもあった。ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に対しては「反日」などのレッテルを貼りながら、BTSのTシャツで被爆者が傷つけられたように言い募るのは、明らかに矛盾している。

 また、ツイッターでナチス礼賛や「南京もアウシュビッツも捏造だと思う」といった歴史否認のコメントをした高須クリニックの高須克弥院長が、ナチスのマークがついた帽子をBTSメンバーがかぶっていた問題などを繰り返し米ユダヤ人組織・SWC(サイモン・ウィーゼンタール・センター)に通報し、対応をするよう焚きつけていたのにも唖然とした。


 要するに、彼らは韓国に対する憎悪感情の発露に、被爆やナチス問題を利用しただけではないのか。

 抗議を受けたテレビ朝日は結局、『ミュージックステーション』へのBTS出演をとりやめた。その理由は明らかにされていない。同局が公にしたのは、次のような曖昧なコメントだけだった。

「以前にメンバーが着用されていたTシャツのデザインが波紋を呼んでいると一部で報道されており、番組としてその着用の意図をお尋ねするなど、所属レコード会社と協議を進めてまいりましたが、当社として総合的に判断した結果、残念ながら今回はご出演を見送ることとなりました」

 例のTシャツが発端であることはわかっても、具体的な出演見送りの理由は「総合的に判断」でごまかされている。

 このような対応では、排他的な人たちの攻撃的で声高な物言いが功を奏した、と受け止める人も少なくないだろう。特に攻撃した側は、これを“成功体験”と考え、別のターゲットに対して、また同じことをするのではないか。

 11月10日付スポニチ電子版は、BTSについてフジテレビ『FNS歌謡祭』が出演の打診を撤回し、12月下旬放送予定だったテレビ朝日『ミュージックステーション・スーパーライブ』も出演案が消滅。さらに、NHKは一時、紅白歌合戦への出場オファーを検討していたが見送ったと報じた。これが事実なら、排外主義者の脅しが効いている、ということではないのか。

 この記事は、さらに次のように書いている。

「10月30日には韓国最高裁が日本企業に元徴用工への損害賠償を命じ、1965年の日韓請求権協定で『解決済み』の請求権問題を蒸し返したばかり。
これに世界的に活躍するBTSのTシャツ騒動が加わり、テレビだけでなく、日本のメディア全体に“韓流締め出し”が広がってもおかしくない」

 本当は、このようなことで日本のメディア全体に“韓流締め出し”の風潮が広がったら、「おかしい」と書くべきだろう。文化やスポーツは、できるだけ政治的な対立の影響を受けず、自由に行われるよう、メディアはその自由を守る側にいるべきだ。それにもかかわらず、騒動は大きくなったほうがおもしろいという下心丸出しで煽っているのは、本当に嘆かわしい。

 その後、NHKが発表した紅白出場者のなかに、BTSはなかった。その理由もわからない。ただ、多国籍の女性グループTWICEは入った。すると、今度はネット上でこのグループについてのあら探しが始まった。韓国人メンバーの1人が元慰安婦を支援するTシャツを着ていたと騒ぎ始める者たちがいると、それをことさらに取り上げて、再び騒動が起きるのを期待しているかのようなメディアもある。

 いい加減にしたらどうか。このままでは、日本は文化的に狭量で排他的な国だと宣伝しているようなものである。

●たとえ自分には必要がなくても

 一方で、テレビから韓流を排斥しようという動きは、いささか滑稽でもある。

 若者たちはテレビをあまり見なくなり、ネットを利用する時間のほうが多くなっている時代である。
ファンの多くがYouTubeなどネットメディアやライブで贔屓のアイドルのパフォーマンスを楽しんでいる場合、いくら韓流芸能人をテレビから排斥しようと躍起になっても、彼らの活動にはさほど影響を及ぼさないだろう。

 政府による昨年度の「外交に関する世論調査」によれば、男性は多くの世代で65%以上が韓国に「親しみを感じない」と答えているのに対し、18~29歳の女性は66.7%が「親しみを感じる」と回答している。この若い女性層が今の韓流ブームの支え手。彼女たちは、テレビからの韓流排斥を叫ぶ嫌韓おじさんたちとは接点も持たないようにして、自分たちの流儀で好きなものを追い求めているのではないだろうか。

 私は、日本の漫画や音楽、映画などの大衆文化が厳しく制限されていた時期の韓国に、何度か行ったことがある。金大中大統領が「日本の大衆文化解禁の方針」を表明し、順次開放が始まったのは1998年10月だが、それ以前にもう若い人たちの間では日本のアニメや音楽がブームになっていた。ネットを活用し、あるいはファン同士で情報交換し合って日本の文化を楽しんでいたのだ。

 ある時、私が訪ねた女の子の家には、「日帝時代」を知っている祖母が同居していて、私の存在を知ると、「日本人なんか(家に)入れるんじゃないよ!」と叫んでいた。女の子は祖母の声を無視し、自分が集めたたくさんの日本のアニメや音楽のテープやデータ、日本人タレントの写真などを私に見せてくれた。

 いずれ日本は、あの当時の韓国のように、嫌韓おやじが「韓国人を叩き出せ」と叫んでいる家で、10代の娘がスマホでK-popを楽しみ、韓流アイドルの画像や映像を集め、お小遣いを貯めてライブに出掛ける……というようになるのだろうか。というより、すでになっているのかもしれない。

「韓流なんかいらない」--そう叫ぶ人たちも少なくない。私自身もK-popには興味がなく、個人的には必要性を感じない。

 しかし、自分に必要性がないものは排除してよいという発想は、よろしくない。そんなことになれば、声の大きい者が必要とし、力の強い者が認めるものばかりになって、文化の多様性はたちまち失われてしまう。

 自分に必要ない、興味がない、むしろ嫌いなものも、それを必要としている人、興味を抱いている人がアクセスできるようにするのが大事。それが、表現の自由を守る、ということだ。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

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