スポーツ用品大手のデサントと、その筆頭株主である伊藤忠商事の関係が今夏以降、急速に悪化している。伊藤忠がデサントの経営掌握を狙って株の買い増しを進めたのに対して、デサント側はワコールホールディングスとの業務提携を伊藤忠に相談せずに断行。

両社の信頼関係はなくなり、ついには伊藤忠によるデサントを難詰する様子が週刊誌に暴露されるなど、泥仕合化している。将来は、敵対的買収(TOB)へと発展する可能性も出てきた。

 デサントと、大株主の伊藤忠の関係が急速に悪化したのは、6月のこと。伊藤忠商事の岡藤正広会長兼CEO(最高経営責任者)は、デサントの石本雅敏社長と面談。大株主に決算数字を説明する席で、伊藤忠側は韓国事業に利益が集中している「一本足打法」を危惧していることや、中期経営計画を下方修正したことなどを難詰したのにとどまらず、デサント株を買い増して子会社化するか、それがダメなら売却を検討することまで示唆したという。この会談の模様は、「週刊文春」(文藝春秋)の記事『伊藤忠のドン、岡藤会長の“恫喝テープ”』によって報じられている。

 こうなったのには、伏線がある。これまでデサントは2度の経営危機を迎えているが、そのたびに伊藤忠の支援を受けて経営を再建してきた。伊藤忠はデサント株を段階的に取得しただけでなく、1994年以降はデサントの社長を伊藤忠出身者が務めてきた。

 ところが、2013年に事態が急転。デサントの役員会で特別動議が出され、創業家である石本氏が社長に就任したのだ。これは創業家らによるクーデターで、事前に伊藤忠側には知らされておらず、伊藤忠側は激怒したという。
2度も救った「子飼いのデサント」に手を噛まれたとあって、報復措置を検討。一時はほかの大株主に呼びかけて石本社長を解任することも検討したが、結局は断念。

「伊藤忠としては、当面は石本社長のお手並みを見ようと考えて、一旦は矛先を収めたようだ」(デサント関係者)

 そして、石本氏が社長に就任して5年。伊藤忠の思惑をよそに、デサントは成長を続けた。韓国事業がヒットしたことが理由だ。営業利益は2013年3月期の54億円から、19年3月期は96億円を見込むまでに業績は回復した。こうした事態にしびれを切らし、岡藤氏が自ら決着をつけるべく動き出したのだ。

 6月の会談のあと、伊藤忠はデサント株の買い増しを断行。デサントに相談することなく、持ち株比率を25%から29.9%まで引き上げた。

 一方のデサントも黙っていなかった。伊藤忠に相談することなく、女性用下着メーカーのワコールホールディングスとの包括業務提携を8月に発表した。伊藤忠による敵対的買収から守ってくれる、「ホワイトナイト」の役割も期待しての提携だった。
また、石本氏は決算記者会見の席で、「(株式の買い増しは)事前にお伝えいただいていなかったので困惑している」と不快感をあらわにしている。

●TOBに発展か

 両社にはそれぞれ、言い分もあるだろうが落ち度もある。

 たとえば伊藤忠は、デサントへ通告せずに株を買い増ししたほか、6月の会談において岡藤氏が石本氏に対して恫喝めいた発言をした。岡藤氏は竹を割ったような性格で、思ったことをなんでも口に出すところがあり、「関西弁でまくし立てられて嫌な思いをした」と証言するアパレル業界の関係者もいる。

 また今回、トップ会談の中身が情報漏洩したが、実はこの会議に参加したのは、伊藤忠側2人(岡藤氏、小関秀一専務執行役員)、デサント側2人(石本氏、三井久常務)の合計4人。会議の中身はテープに録音されていた。「伊藤忠側は会談を録音していない。録音したのはデサント側」(伊藤忠関係筋)という。

 実際、「週刊文春」の記事は、伊藤忠にとって不利な内容となっており、伊藤忠側が情報を流したとは考えにくい。そうであれば、デサント側の情報管理力と内部統制力が問題となるだろう。アパレル業界関係者は「トップ同士の会談を録音してメディアに流すような会社とは正直、あまり付き合いたくはない。ガバナンスも問題だ」と話す。


 また、ホワイトナイト候補のワコールについても、「本当にホワイトナイトなのか?」という疑問の声が日増しに強まっている。というのも、ワコールの安原弘展社長は10月の決算会見の席上で、「現段階では、資本関係を結ぶつもりはない」ときっぱりと否定しているからだ。「純粋に互いの業容を拡大するための提携」と断言しており、資本提携への発展や、ホワイトナイトとして伊藤忠と対峙するという展開は、ほぼなさそうだ。アパレル業界関係者も「ワコールは、伊藤忠の動きを抑制したいと考えるデサントに担がれたのではないか」と疑問を呈する。

 両社の状況を知る金融関係者は、こう分析する。

「現在、デサントの株価は実力以上に高くなっており、伊藤忠が買収する潮時とはいえない。逆に、思い切って売却するのがいいと思うが、一方でデサントは歴代のアパレル事業担当者がかかわってきた会社だけに、安易に売却するのも難しい。岡藤氏は伊藤忠の『中興の祖』として長期政権に向けて盤石の体制を敷いているので、デサントの業績が悪化するなどの理由で株価が落ち込むのをじっくりと待って、敵対的買収などに踏み切るのではないか」

 デサントが好業績といっても、韓国事業一本やりであり、収益基盤が多様化しているとは言い難い。また、中期計画では19年3月の最終利益目標を100億円としていたが、今年5月にはあっさり65億円に下方修正するなど、株主を軽視している面も否めない。デサントの株価が落ちた時の伊藤忠の動向に注目したい。
(文=石井和成)

編集部おすすめ