「結婚できない」という言葉を、イギリスで聞いたことがない。しかも20代後半という「適齢期」でイギリスに住んでいたというのに、だ。
アメリカのニュース・ワールド&リポートによると、日本は女性が住みやすい国ランキングで80カ国中17位。先進国のなかでも女性が比較的住みやすい国で、アジアではトップである。まずはそれを誇りに思いたい。政治家や企業役員における女性比率の少なさという課題は抱えつつも、世界のなかでは「かなりいい感じに女性が暮らせる」国である。
であれば、他国のもっと暮らしやすい国のことも知って「さらに楽になれればいい」という願いを込めて、イギリスに約6年住んだ人間として出羽守(でわのかみ)をさせてもらおう。イギリスは同ランキングで13位。日本の少し上にいる、ちょうどいい先輩といえるだろう。
●恋愛は少数派のものになる日本
偉そうにイギリスの話をする前に、日本のトレンドを振り返りたい。日本では恋愛至上主義がどんどん弱まっている。
2018年にペアジュエリーブランド「THE KISS」が実施した「いまどき20代の恋愛・カップルに関する調査2018調査」では、20代男性で彼女がいるのは3人に1人。大多数は恋人のいないクリスマスを過ごしている。さらに4割はこれまで交際経験がない。
また同年のLINEリサーチの調査「クリスマスの過ごし方」によると、「クリスマスはいつも通り自宅で過ごす」「仕事やアルバイト」の回答が7割を占める。クリスマスというカップルの一大イベントも、いまや普段通り過ごす人が大多数だ。
筆者は年に100~200人規模でヒアリングを実施するが、そこでもクリスマス、バレンタインといった「恋人同士で過ごすイベント」の重要度が下がっていることを痛感する。それも「本当は恋人同士と過ごしたかったが、彼氏彼女ができなかった」というトーンではない。そもそも「恋人をつくるべき」「世間のカップルを盛り上げるイベントへ便乗すべき」という意欲そのものの減退が起きている。
●ヒアリングから浮かび上がる「恋愛意欲」減退
2018年12月にお話を聞かせてくれた会社員のAさんはこう語る。
「仕事が楽しいですね。30歳になってがっつり任されることも増えて。体力づくりもしたいから週3~4回ジムに通ってます。彼氏は欲しい、結婚したいって思ってますよ。ただ、今の仕事のペースをスローダウンさせたくはないかなって思います」
確かに、女性の「結婚適齢期」と言われがちな27~32歳は、ちょうど仕事で管理職となり裁量権が増える時期だ。著者は以前、総合商社の課題について詳しいヒアリングを行った。
取材をした2016年から、日本の社内教育制度が大幅に変わったわけではない。そして恋愛よりも仕事が楽しいなら、彼氏彼女は「できたらいいな」というレベルに優先順位が下がるのも納得できる。
●少しずつ変化する職場環境
ただ、以前と異なるのは周囲の環境だという。原料メーカーに勤める30代の社員、Bさんはこう語る。
「10年前と比べてセクハラは明らかに減ったと思います。私が入社した頃は『いつ結婚するつもり?』と聞くことがセクハラになるなんて考えてもみなかった先輩が多かったはず。
ですが、セクハラ研修や実際の処分もあって、そのへんセンシティブになったと思います。過ごしやすくはなりましたね。私も後輩に気を遣いますけど、でもそれって当たり前のことですし」
「いつ結婚するの?」「子どもは?」「絶対結婚したほうがいいよ」といったお決まりのセクハラワードは、徐々に職場から消えつつある。
●男女両方にとって、日本の未来は明るい
ここまでお読みいただいた方には、冒頭の「結婚できない」というフレーズがなぜおかしな響きを持つか、なぜ、より女性が暮らしやすいイギリスでは発されないか伝わったと思う。「結婚できない」という言葉には「結婚する人間は社会的に優れた人間だ」という前提がある。だが、「結婚する人も、しない人もいて当たり前だよね。それが人間の優劣を決めないよね」という前提が共有されているならば、「結婚できない」と自虐したり、他人をけなしたりはしないはずだ。
2018年は東京医科大学の不正入試や#MeTooなど、男女差別に光の当たるニュースが多かったが、今まで堂々とまかり通っていた不正やセクハラが明らかになっただけでも進歩が見える。
恋愛をする20代男性が3人に1人しかおらず、4人に1人が生涯未婚の今、結婚しない人が全員「劣っている」などという差別は減っていくだろう。日本から「結婚できない」というフレーズが消える日も近いと、筆者は見ている。
(トイアンナ/ライター、性暴力防止団体「サバイバーズ・リソース」理事)