4月7日に投開票された大阪府知事選、大阪市長選は、大阪維新の会が擁立した前大阪市長の吉村洋文氏、前大阪府知事の松井一郎氏がそれぞれ完勝した。同時に実施された大阪府議選で維新は単独過半数を確保。

市議選は過半数に届かなかったが、ほぼ半数に迫る議席を獲得した。

 松井氏と吉村氏が立場を入れ替えて立候補した今回の選挙は、異例づくしだった。そこまでの奇策を弄して維新が実現させようとしていたのが、維新が一丁目一番地の政策として位置付ける大阪都構想だ。今回の選挙結果を受け、大阪都構想は一気に前進する。

 全国で一斉に実施された統一地方選のなかでも、大阪の選挙はもっとも目立つ扱いだったが、大阪府民以外が大阪都構想に関心を持つことはほとんどない。そのため、いまだ大阪都構想に対して誤った認識が見られる。


 例えば、一般的に大阪都構想と呼ばれているのは、実際は大阪府と大阪市を合併させたうえ、大阪市を廃止・解体するというもの。大阪市の市域は、それぞれ4つの特別区に分割されるというものだ。

 また、大阪が日本の首都になると誤解をしている人も少なからずいる。都構想で大阪府と大阪市が統合されても、名称は大阪府のまま。大阪“都”には、なれない。しかも、日本には首都を定める法律は存在せず、実質的に東京都が首都と目されているにすぎない。
そのため、首都は移転できない(ただし、「首都圏」を定める法律はある)。維新の掲げる大阪都構想でも、首都を移転する旨は書かれていない。維新は大阪を副首都にするべく取り組んでいる。しかし、首都が定まっていないのだから、副首都の議論も始めようがない、というのが実情だ。

 特別区は東京都にしか存在しないため、維新は「大阪都は東京のような都市になる」と主張する。大阪都になることで経済成長を果たし、大阪が発展するような幻想をバラまく。
しかし、それはまったくの間違いである。

●市への脱却目指す千代田区

 実は、東京23区制度は時代遅れと認識される向きが強く、各区からも「特別区制度をやめるべき」との声が出ているのだ。
 
 例えば、東京の中心に位置する千代田区は、15年以上前から千代田市になりたいと宣言している。千代田区が千代田市になったところで、名前が替わるだけだと思ってはいけない。

 東京23区は、本来なら自分たちの税収になる固定資産税・市町村民税法人分・特別土地取得税の3税を東京都に収めている。千代田区の場合、3税で約3300億円の税収を1年間で得ているが、これが一旦はすべて都に収奪されている。
ある千代田区職員は言う。

「千代田区が『市になりたい!』と宣言した約15年前、3税の合計は約2500億円前後でした。千代田区に企業が集中したこともあり、都に取られる3税の税収はさらに増えました。千代田区も『3300億円全額を千代田区の財源にしろ』と主張したいわけではありません。千代田区にはオフィスがたくさんあり、昼間人口は100万人近くまで増えます。そのオフィスで働く人や学生、買い物に来る人などのためにも案内板の設置、緑化や街の清掃、フリーwi-fiの整備、歩道や公園の整備、図書館をはじめとした公共施設の充実などをしなければならないのです」

 千代田区の人口は約5万5000人。
平たく言えば、約6万人で100万人を支えることになる。ゆえに千代田区はそれらの人たちのために、インフラ整備に取り組まなければならない。

 金持ち自治体の千代田区だから、こうしたワガママを言っているわけではない。世田谷区も同様に、特別区から脱却を模索している。世田谷区職員は言う。

「世田谷区の人口は90万人を突破していますが、まだ増える傾向にあります。
90万人といえば、政令指定都市に匹敵する人口です。人口規模だけを見れば、世田谷区が半人前の区のままなのはおかしい。住民サービスを充実させるためにも市になるという選択は、当然ながら検討されるべきです」

●実情に合わせた都市開発の妨げに

 特別区が奪われるのは財源ばかりではない。本来なら市が有する権限も奪われる。その一例が、都市計画における用途地域だ。東京23区には、用途地域と呼ばれる都市計画の権限がない。そのため、「地域の実情に合わせた都市開発が進められない」とこぼすのは杉並区の職員。

 従来、街には人が住む住宅地域、商店が営業しオフィスが立地する商業地域、工場などが操業する工業地域、食糧生産や酪農のできる農業地域といったように、人が住みやすいように地域の役割を明確化して、それに応じた計画が立てられている。

 極端な例を出せば、閑静な住宅街にガスコンビナートが立地していたら、住民は常に事故の危険性に怯えなければならない。小中学校の隣にラブホテルや風俗店が進出するのは教育上よろしくない。オフィス街に牧場を開設すれば、家畜の糞や肥料から発せられる臭気でビジネスに影響が出る。そうした混在を避けるのが、用途地域の目的にある。実態に合わせた用途地域が定められなければ、住民の生活は著しい混乱を生じる。

 近年、建築基準法の規制緩和で閑静な住宅街にもコンビニ出店が可能になった。これにより、来店客による騒音・振動問題をはじめ、店舗から排出される臭気、排気口や電気設備の騒音が不安視されている。また、コンビニが出店することで往来する自動車が増加し、その自動車のライトや店舗看板の照明等による光害も地域住民は悩まされるだろう。

「特別区には、それらを変更する権限がありません。東京都は東京都全体を管轄する立場にあるので、仮に区が都に陳情してもすぐには動いてくれないでしょう。都市開発においても、区が機動的に動けなくなるわけです。だから、都になったからといってメリットがあるとはいえないのです」(前出・杉並区職員)

 都制度の弊害を解決するべく、東京23区で構成される特別区協議会は「特別区の廃止」を表明している。23区の一部には特別区廃止にそれほど積極的ではない区もあるが、特別区協議会は東京23区すべてが加盟している。つまり、「特別区の廃止」は東京23区の総意と見なすことができる。

●大阪都構想は劇薬

 また、維新の「府市が一体化することで成長する」という主張も必ずしも正しいとはいえない。昨今、地方自治体関係者の間で、「もっとも伸びている都市」と衆目一致しているのが福岡だ。その福岡は政令指定都市が2つ存在する。いわば、県知事・福岡市長・北九州市長と、それぞれトップが3人いる。なおかつ、福岡県知事と福岡市長は対立している。

 統一地方選の福岡県知事選でも、福岡市長は対抗馬として出馬した新人候補への支持を表明。3選を目指した現職との対立が鮮明化した。それでも、福岡はすごい勢いで成長している。府と市、県と市の対立と都市の発展・成長に相関関係はない。

 選挙直前、大阪府の府内総生産額が愛知県の県内総生産額に抜かれたという衝撃的なニュースも流れた。都道府県の総生産は為替や海外市況にも大きく左右されるので、大阪府と愛知県の総生産額が入れ替わることは大きな出来事として受け止める必要はない。しかし、東の東京、西の大阪という長らく固定化されていた概念はすでに崩れた。

 東京都でさえ、足下から特別区を廃止する声が出ているのに、大阪は成長を名目にして「都」を目指そうと躍起になる。その間、愛知県や福岡県が急成長を遂げ、大阪の立場は揺らぐ。

 大阪市を解体する大阪都構想は、まさに劇薬。本当に、大阪都は大阪を成長させられるだろうか。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)