4~5月の10連休中に2つの航空会社の機体が成田空港到着前に「乱気流」に遭い、その1つが航空事故に認定された。いずれも5月2日に起きたもので、ローマ発のアリタリア航空機、ソウル発の韓国ティーウェイ航空機であった。

アリタリア航空機ではCA3人が頭を切るなどのけが(軽傷)、ティーウェイ航空機ではCA1人が足首を骨折する重傷を負い、国土交通省は航空事故と認定した。いずれも乗客は無事でCAだけが重軽傷を負ったこの2件を、どうみたらよいか。

 これは誰が考えてもわかることであるが、乗客やCAが乱気流によって死傷しないためには、航空機が乱気流に入らないか、入っても全員がシートベルトをしていればよい。しかし現実には、このどちらか、あるいは両方がなされていないために不幸が起きる。

 まず、この種のトラブルが報道されると必ず「乱気流」が原因とされる。しかし乱気流にはいろいろあり、低気圧や前線などで発生する雲の中に入ることによって発生するものと、ジェット気流による揺れに代表される青天乱気流がある。


 青天乱気流を航空関係者は「Clear air turbulence」、略してCATと呼んでいる。CATは強い偏西風や山岳波などが原因で、快晴でも起きる気流の乱れである。雲も気流の変化によって発生することに違いはないが、パイロット目線で分類すると、雲には大きく分けて層雲、積雲、そして積乱雲があり、このうち積乱雲のことを航空用語で「Cumulonimbus」、略してCbと呼ぶ。航空機が激しく上下動して、ときに天井にまで人間が持ち上げられたりするのは、ほぼすべてこのCbが原因である。

 薄く横に広がっている層雲や積雲でも大きな揺れが起きることがあるが、乗客乗員が天井で頭を打ったり、床にたたきつけられたり、カートが宙を舞うようなことにはならない。Cbとは簡単にいえば、夏によくみられる入道雲のことであるが、実は夏に限らず冬も含めて一年中季節を問わず約15分もあれば発生、成長する性質を持つ。


 Cbは外から見ればもくもくと絵になるかたちをしているが、乗務中のパイロットにとって乗務中は恐怖あるのみの存在である。発達したCbの中は激しい上昇下降気流と大きなひょうが降り注ぐ「地獄の世界」で、航空機がその中に入ると激しい上下動のみならず、機体そのものが損傷を受け、飛行の安全にも影響することもある。そのため、パイロットは昼間は肉眼で、Cbを厳しく監視しなければならない。気象レーダーにはCbの中心が赤く映るのですぐわかるようになっている。

●Cbとの戦い

 さて、ここからが本題であるが、よく乱気流に遭遇して死傷者が出る事故が報道されると、一般の方は気象状況が原因でやむを得なかったと考える傾向がある。

 しかし、本当の原因はパイロットがCbに気付かず突入したか、避けきれずにその中に入ってしまったかのいずれかである。
気象レーダーといっても最大約500キロメートル前方までしか雲をとらえることはできず、その距離は時間にして約30分ほどで、パイロットが頻繁に画面を見ていないとCbが目の前に近づいてくるのを見逃すことになる。

 加えて、距離に応じて気象レーダーのビームの角度を変える作業(ティルトと呼ばれる)を行わないと、画面に赤く映らない。つまり前方確認とティルトを定期的に正しく行わないと、Cbに突然入るという悲惨な結果が待ち受けているといってよい。その他、Cbを避けようと迂回していても十分離れていないと揺れに遭遇することもある。さらに前方にCbをとらえていながら、やむを得ずその中を飛行しなければならない場合もある。

 東南アジア便や赤道を越えて南半球に向かう便では、しばしばCbが壁のように連なって航空機の行く手を阻んでいる状況に出くわすのである。
そのような状況では経験上、ときにルートから100キロも横に飛行してそれを避けたりすることもある。

 また、管制官から迂回許可がすぐに得られないこともある。そうなると、パイロットは覚悟を決めて気象レーダーをうまく使い、できるだけ影響の少ない空域を選んで飛行するが、その間どうしても揺れが続くことになる。

 その場合、事前にCAにあとどのくらいでどの程度の揺れが起こるかを連絡し、乗客にもアナウンスを入れてベルト着用サインを点灯させる。連絡を受けたCAはカートを片付け、ロックをしっかりして全員がサービスを止めて着席することになる。こうしてCBによる被害を出さないように飛行しているのである。


●乗客にはベルトサイン点灯、CAには作業を許可のダブルスタンダード

 乱気流による死傷事故のもう1つの原因に、日本の航空会社でもかつてよく見られたベルトサイン点灯中のCAによる機内サービスがある。これはCAは一般の乗客よりも揺れに慣れていて、とっさに身の安全を保てるはずだからとして、ベルトサインを点灯させておきながらサービスのための離席を認める悪しき習慣のことである。

 実際、日本航空(JAL)でも過去にCAからどうしてもサービスをしたいと要求され、機長が「ではベルトサインは点灯しておくけれど気をつけてサービスを」というような指示を出していた時代があった。しかし、それによってサービス中のCAが天井に頭を打って死亡する事故など数多くの経験をしたことによって、現在ではベルト点灯中は一切のサービスを中止して席に戻り、ベルトを着用することになった。

 JALは世界でもっとも早くこの運用を始めた会社であるようだが、その理由として安全推進本部という専門組織があり、パイロットとCAの労働組合が安全について意見を出していたという事情もあると考えられる。

 しかし、残念ながら世界の多くの航空会社では、依然として先に述べた悪しき習慣を続けているのが実情である。
2日に起きた2件とも、CAだけが重軽傷を負っていることを見てもわかるように、この悪しき習慣を止めるのは難しい。例としてアリタリア航空の日本便では離陸から着陸まで巡行中も含めずっとベルトサインを点灯したまま、CAたちはその都度機長の許可をもらってからサービスを行っているという実態がある。揺れもないのにベルトサインを点灯させたままというのは、パイロットが日本で事故を起こせば状況によっては罪に問われるから、責任逃れに行っているのではないかとも想像する。

 今や世界の多くの国では、ヒューマンエラーによる事故でも再発防止のために乗員に本当のことを証言させ、そのかわりに故意によるもの以外は罪に問わない無罰主義に変わっている。しかし、日本ではその点でまだ遅れている実態がある。ベルトサイン点灯中のサービスは、限られた時間のなかでなんとか食事を出したいとするCAの熱心さゆえに起きるものであるが、この際、世界的基準をつくりCAたちの安全も確保すべきであろう。

●巡航中も常時ベルトを締めることで身を守ろう

 乱気流による事故等で乗客がいつも「突然航空機が激しく上下に揺れた」と証言するが、これはCbにいきなり突入したことが原因といってもよいだろう。たとえばジェット気流に出入りするときやCb以外の雲に入りかけると、必ず“カタカタ”という揺れが始まる。それはその後に起こるかもしれない大きな揺れの前兆の場合もある。この場合、パイロットは念のためにベルトサインを点灯させるから事故には至らない。

 ただし、乗客はすぐにベルトを着用できるものの、CAはカートをもとに戻しロックして、各々のジャンプシートに座ってベルトを着用する時間が必要だ。そのため私の現役時代では大きな揺れを予想する約3分前にはベルトサインの点灯を心がけるように教育し、指導も行われてきた。

 しかし、実際には雲に入るまでの目測を誤り、1分少々手前でベルトサインを点灯させることも少なくない。CAからしてみれば自ら前方は見えないので早めにベルトサインを点灯してもらいたいところではあるが、経験の浅いパイロットには難しいオペレーションなのである。

 さらに経験から言わせてもらうと、多くの外国の航空会社のパイロットはコックピットの中で巡行中、特に夜間飛行中どう過ごしているのかわからない。私自身勤務の都合で何度となく他社便に乗客として搭乗することがあったが、南半球への便ではいつも赤道付近で突然激しく揺れだし、遅れてベルトサインが点灯されるのを経験してきた。その頃は睡眠中が多く、いきなりたたき起こされることになり、“しっかり前方を確認して操縦しろ”とつぶやいていたものである。

 最後に、パイロットの心理としては、仮にうっかりしてCbに入ってトラブルになっても、正直にそれを言わないで乱気流に入ったと釈明するだろう。たしかに、ひょうなどで航空機に損傷が発生していなければCbに入ったと証明することは難しいと考えるからだ。

 しかし、実際にはブラックボックスでわかるものではあるが、航空会社側もそこまでは調べない。自然現象のせいにすれば責任を回避できるからだ。したがって乗客は巡航中、ベルトサインが消えていても常時ベルトを着用していたほうがいいかもしれない。窮屈なら体がベルトから抜けて放り出されない程度に緩くしめていてもよい。それは巡航中にいつも前方を確認してCbを避けてくれる仕事熱心なパイロットばかりではないという現状から、自身の身を守るために必要なアドバイスである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)