大阪府吹田市の吹田署千里山交番の前で、警察官が包丁で刺されて拳銃を奪われた事件で、強盗殺人未遂容疑で逮捕された33歳の飯森裕次郎容疑者は「私のやったことではない。私の思うことは、病気がひどくなったせい、周りの人がひどくなったせい、ということ」と供述しているようだ。

また、精神障害の障害者手帳を所持していたということなので、何らかの精神疾患によって被害妄想を抱いていた可能性が高い。

 しかも、飯森容疑者は、最近小中学校時代の友人たちの連絡先や住所を探っていたらしい。

 飯森容疑者は小学生のときに東京から現場の交番がある吹田市内の小学校に転校し、同市内の中学・高校を卒業後、東京の大学に進学したのだが、今年2月、SNSを通じて元同級生に連絡し、「同窓会を開きたい」との理由で友人の連絡先や住所を尋ねたという。他の友人たちにも同様の問い合わせをしていたようだ。

 事実とすれば、かつての友人たちをターゲットにして、あるいは以前通っていた小中学校の児童生徒たちをターゲットにして、無差別殺人をもくろんでいた可能性も否定できない。その場合、警察官を襲撃して拳銃を強奪したのは、無差別殺人に必要な武器を入手するためだったと考えられる。なぜかといえば、過去の無差別殺人を振り返ると、犯人が被害妄想を抱いていた事例が少なくないからである。

●被害妄想を抱いていた無差別殺人犯

 まず、2008年に秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大死刑囚には、中1のときの合唱コンクールで「みんなにバカにされた」と感じたことをはじめとして、「みんな俺を敵視してる」「みんな俺を避けてる」「(ツナギを)隠してた」と感じるなど、被害的に受け止める傾向が顕著に認められる。被害妄想と紙一重ともいえるほどである。

 また、2001年に大阪教育大附属池田小事件を起こした宅間守元死刑囚も、「被害者的に物事を考える」傾向が強いとして、「妄想性人格障害」と診断されている。さらに、1999年9月に池袋通り魔殺人事件を起こした造田博死刑囚も被害妄想と恋愛妄想を抱いていたし、池袋事件の3週間後に下関通り魔殺人事件を起こした上部康明元死刑囚も、「人類全体から嫌がらせを受けている」という被害念慮を抱いていた。

 こうした傾向が最も顕著に認められるのが、横溝正史の小説『八つ墓村』のモデルになった「津山三十人殺し」の都井睦雄である。
都井は、姉にあてた遺書に「不治と思われる結核を病み大きな恥辱を受けて、加うるに近隣の冷酷圧迫に泣き遂に生きて行く希望を失ってしまいました」「かほどまでにつらくあたる近隣の者」などと書きしるしている。

 しかし、生き残った村の者たちは、彼の肺病は、自分で思い込んでいたほどひどくはなく、そのために格別彼を避けたり差別したりしたことはなかったと証言している。したがって、当時の岡山地方裁判所塩田末平検事が指摘しているように、「自己の肺患並びに周囲の圧迫を実相以上に重く感じ、ほとんど妄想の程度に進んでいる」と考えざるをえない。

 このように、軽度の被害念慮から確固たる被害妄想に至るまで、その程度はさまざまだが、妄想観念は無差別殺人犯に、かなりの割合で見出される。これは、次の2つの理由によると考えられる。

(1)「やられたのだから、やり返してもいい」と攻撃を正当化
(2)過去の体験を絶えず反芻して怒りと恨みを増幅

 まず、他人や周囲の世界を、悪意を持って自分を迫害する対象としてとらえる傾向が強いせいで、危険が差し迫っているという不合理な恐怖を抱きやすい。無差別殺人の原因となる中心的な感情は、燃えたぎる怒りであり、そのための復讐として犯行に及ぶのだが、この怒りは、他人が自分を迫害している、あるいは不当に扱っているという妄想観念によってかき立てられることが多い。

 しかも、被害的に受け止める傾向が強いと、「やられたのだから、やり返してもいい」という理論で自らの攻撃を正当化しやすい。なかには、他人を殺害する正当な権利が自分にはあるはずと思い込んでいる犯人もいて、犯行後も反省や改悛の情を示さない。

 また、妄想的な人間は、長年にわたって、屈辱や侮辱を受けた過去の体験を絶えず反芻し、思い出しては憤慨するので、慢性的な怒りと恨みを抱き続ける。さらに、本人が「破滅的な喪失」と受け止めるような失職の脅威、経済的損失、離婚や別離などの喪失体験に遭遇すると、それまで積み重ねられていた屈辱感と怒りは、無差別殺人に凝縮される。

●治療の継続が必要

 もっとも、被害妄想を抱いているからといって、みながみな凶行に走るわけではない。
きちんと治療を受けていれば、むしろおとなしい方が多い。だが、なかには、自分が病気だという自覚、つまり「病識」がなく、治療を受けていない方がいる。

 これは、ある意味では当然かもしれない。というのも、妄想は、その定義上、現実離れした内容でも、本人が真実だと確信していて、訂正不能なものだからだ。本人が真実だと確信している以上、自分が病気であることを認めようとしない。当然、治療も受けようとしない。

 飯森容疑者は、精神障害の障害者手帳を所持していたので、過去に精神科できちんと治療を受け、診断書も書いてもらっていたはずだ。だが、昨年11月から都内のゴルフ練習場で清掃のアルバイトとして勤務していたということなので、しばらくの間病状が安定していたことに安心し、通院と服薬を自己判断でやめてしまった可能性も考えられる。その結果、病気が再発して、幻覚や妄想などの症状が出てきたため、今月12日から欠勤していたのかもしれない。

 誰だって、自分が病気であることを認めたくないし、薬も飲みたくない。だが、一時的に病状が安定したからといって、勝手に通院と服薬をやめてしまうと、症状が再燃する恐れがある。やはり、「病識」を持って、治療を継続することが必要だろう。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献
片田珠美『無差別殺人の精神分析』新潮選書  2009年
筑波昭『津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇』新潮文庫 2005年

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